第13夜【リョウメンスクナ】

 古来より伝わる妖怪伝説、怪異譚の中には、そのまま記すと問題のある事件や事象を、戯画化して面白おかしいアレコレを付け加えたもの、すなわち「聞いた人たちの中の何人かが、何となく、あれ、これって……?って思ってくれたら、それでいい」系統の怪談が少なからず存在する。

 例えば妖怪退治の伝承が、中央政府による地方の権力者抹殺を戯画化したものだつたり(酒で不覚をとる人間臭い妖怪の多さよ)、河童や天狗が川辺や山中で暮らす人々を比喩したものだったり……私の後輩である余寒君が得意とする民俗学の世界になってしまうので、この辺にしておくが、つまりは、語られた内容をそのまま「実際に起きた話」として捉えるのではなく、何かしらの告発、或いは継承していきたいコアな部分を膨らませて作られたオハナシなのではないか……と妄想していくと怖くなるタイプの怪談もあるという事だ(勘のいい方はお分かりだろうが、以下に書き連ねる妄想塗れの文章について、言い訳を先にしておいたのである)。

 昔は妖怪のミイラ、はく製というものが見世物として流通していた時代があった。しかし、現在ではお寺等に祀られている、ごく一部のものしか現存していない。「人魚のミイラは、猿やエイを加工した物」という知識を早々に得ていた小学生時代の私は、「まぁ、どうせ動物を加工して作った如何わしい代物ばかりなんだし、処分されるのも仕方がないよな」と呑気に捉えていたものだ。

 ところが、水木しげる御大は著書『怪感旅行』(中央公論新社、1984年/初版刊行当時は「不思議旅行」)の第一話「妖怪のミイラ」において、「怪物の材料が、いずれも小児だということである」(同書p12)という説を開陳しているのだ。水木御大は、あくまで根拠のない「気味の悪い推理」(同書p13)と断ってはいるが、少なくとも、口伝えによって継承されたであろう秘伝に基づいて妖怪ミイラを作る「高度の技術を持った特殊技術者」(同)が居たのは間違いないとしている。

 水木御大はそれ以上の言及はしていないが、一部の妖怪ミイラに関しては、破棄された理由が曖昧なものもある。「どう見ても猿じゃなくて、人間を加工している気がする、ヤバいんじゃないか」と考えて処分されたミイラが無い、とは言い切れないだろう。

 さて……2ちゃんねるに書き込まれた、リョウメンスクナの話である。建築関係の仕事に就いている投稿者は、岩手県で古寺を解体していたのだが、その際に同僚が長い木箱を発見する。箱には白い紙が貼り付けられており、両面スクナヲ……封ズ……などと書いてある。元住職が、自分が引き取りに行くまで絶対に開けるな、と警告してくれたのだが、中国人留学生のアルバイト2人が間違って箱を開けてしまう。箱の中には「頭が両側に2つくっついてて、腕が左右2本ずつ、足は通常通り2本」(原文)ある異様なミイラが収められていた。結果的にアルバイトの一人は心筋梗塞で死亡、もう1人は精神病院に送られ、現場の作業員も3名が高熱で倒れ、投稿者も釘を足で踏み抜く事故に見舞われたという。

 住職の息子が語るには、このミイラは、大正時代に、とあるカルト教団の教祖である物部天獄なる人物が、見世物小屋から買ってきた人間たちを密室に閉じ込めて殺し合いをさせる人間版蟲毒のような儀式を行い、意図的に生き残らせた双生児を、即身仏の要領で餓死させて作成したものなのだという。天獄は、ミイラの腹にいわゆる、まつろわぬ民の骨粉を入れて呪物として使用し、日本国家を標的として次々と有名な大災害を引き起こした。その証拠に、教団が移動した場所で決まって歴史的大災害が起きていたという。天獄は関東大震災が起きる直前に「日本滅ブベシ」という血文字の遺書を残して自殺したそうだ。

 これがリョウメンスクナの粗筋である。何やら『帝都物語』『湯殿山麓呪い村』を彷彿とさせる、角川映画ファンの見た悪夢のような筋書きだが、このお話は以下のように解釈できないだろうか。

 「特殊技術で子どもの死体を使って妖怪ミイラを作成したカルト教団が、大正時代に災害の起きた場所を訪れては、この災いは自分たちが起こしたのだと風潮し、信者を募っていた。しかし立ち行かなくなり、結局教祖は困窮の末に自殺した」と。

 ミイラ製造時のおどろおどろしい逸話は、教団側がミイラに箔をつけるために必要以上に製造工程を脚色した、と考えれば説明がつく。また、見世物小屋の人間たちを買い取り、地下に監禁するという筋書きは、自分たちに豊富な資金力があるというアピールにもとれるではないか。

 投稿者たちを見舞った災いは、異様なミイラを見てしまったことによる心身の不調から生じたと解釈できる。つまりリョウメンスクナの物語に超自然要素は無いのだ……と、ここまで書いた原稿を、私は知人の一言多い女性に読んでもらった。

 ツイキャスで考察した時よりも深い内容になっているぜ、まぁ全部、俺の妄想だけどな……と自嘲していると、彼女は、ウンウンと頷きながら、こんな事を言ってきた。

「この天獄っていうオッサンは、まぁ純粋な日本人ではなかったのではないか、と元の投稿に書かれているけれど、そういった出自による理不尽な苦労の果てに、歪んだカルト教団を作って日本人と戦ったドン・キホーテってわけだ。だけど私は、彼の最後の思いが呪いとして発動して関東大震災と現代の災いを引き起こした……っていう説も皮肉で捨てがたいね」

「本当に天獄が震災の数日前に亡くなっていたとしても、偶然だろ。残されたミイラを利用して一儲けしよう、と考えた教団関係者が尾ひれを付けて話している可能性が高い。まぁ所詮は妄想だけどな」

「いやね、私は天獄が日本人を滅ぼすために起こした災害で、かえって日本人ではない方々の命が多く奪われる結果になった(関東大震災では、無責任なデマのせいで朝鮮出身者を中心に多くの罪のない人たちが惨殺された)上に、現代においても呪いで亡くなったのは中国からやってきた留学生2人だけだとしたら、こんな皮肉なことはないと思ってね。まぁ実際には君の言った説が正しいと思うけれどさ」

「……確かに」

「あちらさんはこっちの都合じゃ動かない。いつでもね」



 

 

 


 

 

 

 

 

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