第9夜【申し訳程度の公園】他

【どれ?】

 

6月13日未明の就寝中に「知らない女が、左手首を掌が外に下向く形でグニャリと曲げて、辛うじて掴んでいるスマートフォンの画面を、私に見せようとしてくる」という光景を、記憶が確かならば三回連続で眠りかけた刹那に見てしまい、非常に困ったのだが、どの話に纏わる誰なのか、サッパリ分からないので取り敢えずは放置しておく。


【茶碗の中セレクション/青山のヤバい産婆】


 小泉八雲の書いた怪談に『茶碗の中』という風変わりなテイストのものがある。簡単に言うと「物語が佳境に入ったところでプッツリと終わってしまう」話である。平安時代の説話集や江戸時代の読本では、現在残っている書籍のページが欠落している、或いは、続きを書く予定だったが、そのままになっている等の事情で、宙ぶらりんな状態となっているお話が少なくない。『茶碗の中』は、その手のお話の中でも、題材のオリジナリティ、展開の巧みさ、そして唐突に終わる場面が読者にもたらす余韻含めて、ピカイチの放置プレイ(言葉を選ぶべきだと思う)が炸裂する逸品だ。未読の方はぜひ。

 私など八雲の足元どころか床下の土台部分にも到底及ばない輩であるが、昔の本を読んでいて「えっ、なにそれ、終わりなの!?」と当惑した感情を読者の皆様と共有したくて、このセレクションを始めてみる次第である。

 今回は、柴田宵曲の編纂による、江戸時代に書かれた奇談を原文で集成した『奇談異聞辞典』(筑摩書房、2008年)を取り上げる。原題が『随筆辞典 奇談異聞編』、1961年に東京堂から出版された、近世期の随筆から興味深い記事をテーマ別に選んだ『随筆辞典』シリーズの一冊である。

 同書の序盤を飾る怪作が「青山妖婆」(恐らく、柴田先生による命名)である。「半日閑話」によると、文政六年五月、青山に住んでいた与力の滝与一郎宅で赤ん坊が産まれた。産婆さんが赤ん坊を抱いて……そのまま屋敷から飛び出して、空き長屋へ走って行ってしまった。混乱しているところへ本物の産婆さんが来て、誤解から取り押さえられる騒ぎに発展した。

 そして……「その内に出火、跡方なしに相成候由」と、ここで、この物語はプッッリと終わってしまうのだった。マジ妖婆半端ないっす。

 お恥ずかしい話だが、私は古文に精通していないので「えーっと、主語が無いな。偽産婆の逃げ込んだ住人のいない長屋が不審火で焼け落ちて、でも焼け跡から何も見つからなかったってコト? まさか、与力の屋敷が放火されて跡形もなく燃え尽きちゃった大事件じゃないよね……っていうか、与力の子どもが攫われて未解決ってヤバくない?」とハチャメチャに混乱しながらも、どう転んでも怖すぎる状況にひたすら戦慄したのであった。


【評価】


 М君は以前暮らしていたマンションの一階部分にある集合ポストからはみ出していた他人宛のハガキを、戻してあげようとして床に落としてしまい、結果的にハガキに書かれていた内容を盗み見ることになってしまった。

 そこにはグニャグニャに、のたくった字で三親等ほどの家系図が書かれており、男性らしき人物が一人だけ二重丸で囲まれて「この人だけは、カンジがヨイ!」と書かれていた。

 独り暮らしの学生専用マンションだったので、ハガキを送られた知らない部屋の住人にひとしきり同情したという。

 その時は。

「まぁ……半年くらい経ってから、俺にも同じようなハガキが送られてきたんで、引っ越したんですけどね」

 М君の場合は、誰も二重丸で囲まれていなかったそうだ。


【申し訳程度の公園】


「禍話の放送で、時々出て来るじゃないですか。申し訳程度の公園って表現。つまり、砂場とベンチくらいしかない、公園としても中途半端な大きさの、柵に囲まれた敷地。かぁなっきさんの言葉を借りれば『公園にするしかない場所』ってやつですね……俺の近所にも、そういった類の公園がありまして。十数年同じ場所に住んでいるんですが、何度もその前は通り過ぎたけれど、中に入ろうとは一度も思わなかったんですよ。ベンチと……ブランコくらいはあったかなぁ? ところが、この前ですよ。大学時代からつるんでる悪友と飲んで、今夜は俺の家に泊まるか、飲みなおそうって話になって、ブラブラ駅から家まで歩いて帰っていたら、そいつが公園の方を見て、オヤッという顔になるんです。どうしたんだって尋ねたら、ちょっと行ってくるわ、って速足で走って行って……そいつ、公園の入り口で靴を脱いで入っていったんですよ。なんだろうね、理屈じゃないんですが、そこで俺は、恐怖の最大瞬間風速に達しましてね、しゃがみ込んで目を閉じちゃったんです。しばらくしたら、十分くらいは経ってたかな、悪友が普通に歩いて戻ってきて、飲みすぎたかなぁ……って。二か月くらい前の話ですが、公園で何をしていたのかは聞いていません。っていうか、なんて聞いたらいいんですかね、そういうのは」

 

 ……そうですね、大人数でいる時なんかに、間に人とか挟んで「こいつ、この前さ、酔っぱらいすぎてワケわかんなくなってさぁ……」みたいに「あんまり覚えていない感じ」で話を振ったら、ワンチャン行けるかもしれません。でも行かなくていいです多分。

 








 

 


 

 


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