第8夜【オブサルモノ】他

【オブサルモノ】


「……みたいな名前のブログだったんですよ」とT君。

 彼がネットサーフィンの最中に、たまたま見かけた個人ブログの題名である。どれも坂道を上ったり下ったりしている、時間帯も年代も性別もバラバラな人物の後ろ姿が、恐らくは当人の承諾を得ずに撮影され、貼り付けられていた。

「誰一人、何も負ぶさってないんですけどね」

 寝る前に変なブログを見てしまったせいか、夜中に悪夢を見た。男の子を背負った中年男性が、何やらブツブツ言いながらマンションの外廊下をウロウロしている。気味が悪いから折角の休日なのに外出できない。どんどん太陽が下がっていく。イライラしながら、ドアスコープで外の様子を窺っていると、カシャカシャという音が聞こえ始めた。あのオッサン、何を撮影しているのやら。しかし五月蠅いな、いつまで撮っているんだ……。

「で、その……机の上に置いてある自分の携帯が、何やら撮影しているカシャカシャッて音で目が覚めまして。いや、僕は一人暮らしなんですがね」

 携帯電話は、翌日ショップに行って、彼曰くキャリア変更というやつをしたそうだ。機種変更の事だろうか。まぁ、何と言っていいのか、カッコいいよね、キャリア変更って響き。


【何事にも理由がある】


 Sさんは、廃墟となったレストランの前に、ずっと佇んでいるオジサンが気になって話しかけてみることにした。いや、普通はしないよね。理由を聞くと、ホームレス然とした見た目でも無かったので……と言われたが、あまり説明になっていない気がする。それはさておき、彼女の話は続く。

 オジサンは首を横に振りながら、「いやいや、あたしは、此処で誰かを待っているわけじゃなくてぇぇぇぇぇぇぇ」と「え」を延々と引っ張り出した。暫くしたら「え」も途切れて、続きが聞けるだろうと三分くらいは其処で待ってみたが、何度も息継ぎしながら「え」を発音し続けるばかりなので、次第に厭な気持になってきて(ようやく、と言うべきか)帰ることにした。

 近くにバイパスが出来て、そうなると、もう道としては曲がりくねって不便なだけだから、結果的に誰も通らなくなっちゃった場所に、そのレストランはあるんですよ……と、ウンウン頷きながら独り言つ彼女に、「そんな場所に、あなたはそもそも、何をしに行ったんですか」と尋ねたら、真顔になって少々沈黙した後に「特に誰かと待ち合わせていたじゃなくて……」と、演技とは思えない様子でそう言って、そのまま口を「え」の形に保ったまま真剣に考え込み始めたので、私は「特に怪談の取材でもないのに、変な体験ありますか、なんて軽はずみに聞かなければよかった」と後悔した。あ、やばい。一繋ぎの文章になってるぞ、駄文だ。

 ちなみに、私もそれなりの時間待ってみたけれども、答えは出なかった。


【赤いマジック】

 40を過ぎても常識のない哀れな中年男性として日々を過ごしている私だが、先日、一時期スイッチが入って買い貯めていた禁忌や迷信にまつわる書籍を、積読したままなのも悪いので乱読していて……戦慄した。

 自分の胸の内に秘めておくのも嫌なので、カクヨムネクストさんを使って読者の皆様にお裾分けしようと思う。申し訳ない。

 皆さんはご存じだろうか。「赤い文字は絶交、絶縁を意味するので使ってはいけない」というのが日本人の常識だったらしいのである。ご存じの方もいらっしゃるだろう。ヤバい、仕事で知らないとはいえ、普通に赤いペンで名前を書いていたぞ!と赤面したのも束の間、私の脳内に大学院生時代の記憶が蘇ってきた。ちなみに、当然だが本人を特定できないように若干シチュエーションは変えている。

 大学院当時、私には同級生の女の子二人組が居て……とても優しい人たちだった。彼女たちは、同級生のバカな男たちの、ちょっと行き過ぎた突っ込みや、男尊女卑を丸出しにした発言を、その時は笑って受け流して、その後で……当事者がいなくなった後で……私は講師と雑談するのが好きなので、教室に残っていた事が多かったのだが……。

 「赤マジックやな」「うんうん」と二人で頷きあって、恐らくは男性の名前を、紙に書いてゴミ箱に捨てるという、当時の私からすると、よく分からない行為を繰り返していたのだった。

 何してんの、といった顔をしていたであろう私に、彼女たちは笑って、「おまじない、おまじない」と繰り返していた……。 

 嗚呼、禁忌の本なんて、読まなきゃよかった。


 【森山(仮名)】


「そうだ、この前話した、大学の後輩の話なんですけど、続報があります」

「友達の友達が、何かの呪いで泳ぎが得意なのに溺れ死んだって話が、不審火で焼け死んだ話にトランスフォーメーションしている奴か」

「そうです。かぁなっきさんが『答えはお風呂、じゃないんだよ!』って突っ込んでたやつ」

「後生だから、そのくだりは忘れろ。それで、また話してたの?」

「ええ、女の子に話してました。横に2バージョン聞いている俺が居るのにね。ちなみに今回はひき逃げにあって亡くなっていました」

「大変だな、友達の友達も」

「でもね、今回聞いてて思ったんですけど、友達の友達の名前だけ、変わらないんですよ、森山直樹ってフルネームで」

「……なんだよ、それ。フルネームって件は、初めて聞いたぞ」

「僕も3回目で気づいたんですよ。あ、最初も2回目もフルネームだったな、たぶん同じ名前だったな、って」

「何なんだろうな……」

「どうしましょうかね」

「取り敢えず、定点観測するしかないよな」

「えっ?」

その後、森山直樹(当然、仮名である)はもう一度だけ、高所から落下して死亡する役回りで登場したらしいのだが、提供者が流石に気持ち悪くなって、それとなく後輩を避けるようになったので以降の事は分からない。










 


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る