第7話 風紀委員
風紀が駆けつけ、自分のわかる範囲での事態を話す。
そして一番の怪我人である赤史を保健室へ運ぶ事になった。
先ほど感情に任せて出てしまった冷気によって廊下で風紀委員が滑って転びそうになっていたため氷を消す。
「……話を伺っても?」
「あぁ」
中の様子を見た風紀委員の一人に声を掛けられ、短く返事を返す。
後々その場に居た全員に話を聞くのだろうが、起きているのは今オレ一人、だから声を掛けたのだろう。
今回オレはやりすぎてしまったように自分でも思っている。
最低でも反省文を書かなければいけないはずだ。
それ事態は納得しているので良いのだが、赤史が傷ついた事に思ったよりも自分が動揺していることが驚きだった。
自分に何か出来ることはあるのかと考え、ふと思いついた担架を作ることにした。学校に備え付けのものがあるのは知っているが、どこにあるかまでは把握していないので探すことは早々に諦めた。
何も無い床に手をかざし、時間をかけて作る。早く作っても丈夫じゃなければ大怪我どころじゃなくなるかもしれないので。今日一日は絶対に壊れないように作り上げる。その横顔は正に職人の如き眼差し。「スゲェ」「すごいっす」などの鼓舞する掛け声に尚更気合いを入れた。
しかし冷たい事に変わりは無いので少し困った。
こうなったらオレが着ている服を……と脱ぎだし始めると風紀委員の二人が慌てて止めに入った。
「いやいやあんた何してるんですか!?」
「いや分かりますよ!分かりますけど、せめて俺たちに声掛けて上着借りるとか考えないんすか!?」
と言ってきたためキョトンと返す。
双子だろうか。
どこか二人は似ている。
「貸して、くれるのか?」
「いやまあハイ」
「うっす」
そう言って二人が上着を貸してくれたため担架に素早く広げ、3人で赤史を担架に乗せた。赤史が乗った担架は二人が運んでくれるらしい。他の倒れた者達はもうじき来る風紀委員が対処するとのこと。……ほっといてくれてもいいのに。
「
「……ここで、待ってる。コイツ、ら、の顔、覚えるから」
「わ、わかりました。くれぐれも、本当にくれぐれも手は出さないで下さいね!」
「ああ」
「で、でワ」
「後でっす!」
言えるだけ言った二人は息を合わせて担架を持ち上げ去っていった。保健室へは後で行けたら行くつもりだ。
二人が姿が見えなくなるのを見届け、倒れた者に近づき顔を覗きこむ。何も顔を覚えて後で危害を加えようなんて思ってはいない。それこそ問題が大きくなる。それはオレにとっても、きっと赤史にとっても望ましくない。
ただ覚えて、他の人間と対応を変えるだけ。危害は加えない。
ただ、それだけだ。
……にしても唇真っ青だな。
◇
とある風紀委員side
通報を受けてバディの奴と現場へ駆けつけてみれば通報場所の教室の前には氷の霜が薄く広範囲に広がっていた。
何事だと思い教室の中を外から確認した。……その時少し滑りかけたのは秘密だぞ?
そこには学園の有名人である書記サマが居た。
彼の周りにいた者全員に意識はなく、書記サマの一番近くに居る生徒が一番酷い状態であることは一目瞭然だった。いや、他の生徒に関しては顔色が悪すぎたけど。
頭の中である程度状況を推理し、唯一意識のある書記サマに声を掛けた。
「話を伺っても?」
「……あぁ」
静かに頷く書記サマにホッとしつつ、彼の隣に倒れている生徒に目を向けた。
不自然なぐらいに顔には傷を負っておらず、唯一傷があるだろう箇所にはハンカチで包まれた氷が置かれていた。
氷があることで彼がやったのだろうと自ずと簡単に行き着く。
そして思考の海から意識を戻したとき目をそちらへ向けると彼が何も無い空間に向かって手を向けていた。
そして次の瞬間には何も無かったはずの空間に何かに似た形の輪郭が見え始める。
「スゲェ」「すごいっす」
思わず声に出したが、たちまち出来上がったのは氷でできた担架。普通の担架よりも丈夫そうだ。でも普通よりも重そうにも見える。しかし自分たちは力自慢の妖怪達の末裔でもあるので心配はしなくていいだろう。日々鍛えている風紀委員の力を見せるときだ。
しかし感心している場合では無くなった。
突然彼がYシャツを脱ぎ始めたのである。上着はどうやら怪我人に被せているらしい。
「いやいやあんた何してるんですか!?」
「いや分かりますよ!分かりますけど、せめて俺たちに声掛けて上着借りるとか考えないんすか!?」
二人揃って慌てて止めに掛かるとキョトンと言わんばかりに白髪に隠れた切れ長な目がこちら側を見つめた。
その目に自分が写り込むのが見えた気がして少し動きが鈍った。
す、澄み切った目……!
「貸して、くれるの?」
「いやまあハイ」
「うっす」
ゆったりと語る言葉にしどろもどろと答え、言葉の通りに上着を脱ぎ渡した。素早くそれを受け取った彼がふぁさっと氷製の担架に直接肌が触れないほどに敷き詰めるように置かれる。
人が乗っても問題ない事を確認するなり三人で力を合わせて担架に乗せる。
その際にずれた氷を包んだハンカチをさり気なく元の位置に戻していた彼の姿を見てトゥンク‥と胸が鳴った気がしたが気のせいでは無いだろう。これが親衛隊持ち……。
いや今はときめいている時ではない、と自分を抑え彼に聞いた。
「氷鎧さんはどうしますか? ここで待たないで風紀室行ってもこのまま保健室へ行っても大丈夫だと思いますよ?」
「……ここで、待ってる。コイツ、ら、の顔、覚えるから」
その言葉を聞いた時、背筋が凍った思いをした。その言葉を発した彼が普段変わらない(らしい)表情で冷え切った目を倒れた連中に向けている。
特に長く話したのも今回が初めてな相手だが、普段はほわっとしているか完全な無の表情を浮かべ何を考えているかわからない人だ。
ここまで”怒”を表に出しているのを見るのは初めてだった。ウチの委員長と怒り方が似ているせいで余計背筋が伸びる思いになる。
顔を覚えるという彼に、それはまたなぜとはとてもだが聞ける空気ではない。
「わ、わかりました。くれぐれも、本当にくれぐれも手は出さないで下さいね!」
「うん」
「で、でワ」
「後でっす!」
隠しきれない動揺を晒しながらも担架を二人で持ち上げて教室を出た。
そうだ、今は怪我人を無事に届けなければと思考を切り替えて進む。角を曲がるまで視線を感じた気がしたが特に気になりはしなかった。多分、自分に送られた視線では無いと思ったから。
失礼だが、彼が人をちゃんと心配するような人なのだと少し意外に思った。
いや、普段喋らない人の思考を読めという方が難しいだろう。
――と、誰にともなくどこかの風紀委員は自分に言い聞かせたのだった。
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