うちの天使に手を出すな!

猫山鍋田

第0話 天使に嫌われないために

 とある空き教室に一組の男女が向かい合っている。カーテンで閉め切られた室内は切れかけの蛍光灯の光で薄暗く照らされていた。

 まさにチープな恋愛小説で出てきそうなロケーションだ。

 そんなテンプレになぞらえるなら、男はこれから女に告白をするのだろうか?


 答えはノーだ。


 彼らはすでに付き合っている。むしろ、この学校で知らない人はいないほどの有名カップルである。


 ならば彼らは、あろうことか聖なる学び舎で逢瀬を重ねているのだろうか?


 それもノーである。


 どちらの視線も、恋人を見つめる甘さの欠片もない。むしろ、故郷を焼いた魔王を見るような、憎悪と嫌悪の混ざった表情を浮かべている。


「なんで、あんたみたいなシスコンと付き合わなきゃいけないのよ」

「それはこっちのセリフだブラコン。君があんな噓をつかなければ、こんな面倒な事にはならなかった」


 冷水を浴びせ合うような舌戦に、部屋の空気が氷点下まで下がる。苛立ちを隠せない様子で女の方が口を開いた。


「そもそもの原因は、あんたの妹が使を誑かしたのが悪いんでしょ」

「誑かした?寝言は寝て言え。そっちの弟が、使を惑わせたのが原因だろう。さすがは姉弟だな。強引な所がそっくりだ」


 男の方も口の端を歪めながら、憎々しげに吐き捨てる。

 その言葉に、彼女は視線を男から離し、床に落とした。


「だって……あの子には嫌われたくないんだもん」

 

 拗ねたように漏らした声に、彼は思わず彼女の顔から視線を逸らす。


「……俺だってそうだ。だからこうやって作戦会議しに来たんだろ」


 二人のすぐ側の黒板には「天使奪還作戦」という文字が大きく書かれている。


 しかし、そんな大層な題名とは裏腹に、箇条書きで書かれている内容は遊園地、水族館、カラオケといったデートスポットの羅列であった。

 その中に一際目立つように、何重にも丸をされた場所があった。


「……次の偽装デートは猫カフェでいいな」

「うん。猫でも何でもいるだけ気が紛れていいし、次のでっ、デートはそこでしましょう」


 『デート』という言葉を言いなれてない二人は、ほんのりと頬を染めながら偽りの逢瀬の約束を交わす。


 それぞれの天使に、嫌われないために……

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