男爵令嬢の宮廷女官は隣国の皇子に望まれる(愛が理由ではないそうです!)
鈴木やまね
第1話 ノラは馬車の中
「ノラ、手を組まないで。これで5回目よ?」
5つも年下のミラベルに注意され、ノラは渋々腕組みをやめ、両手を脚の上に戻した。
(手を組まないでと言われても、どう考えてもこの状況は異常よね)
そう思って、ノラはミラベルの顔を見た。
ミラベルは何の不自由も無いように、優雅に手元でレース編みを続けている。
(あなたが当事者じゃないから落ち着いていられるんでしょうけれど!?)
そう思ったノラは多少意地悪な事も言ってみたくなる。
「ねえ、ミラベル。あなたよくこんなに揺れる馬車の中でレースを編めるわね?こんな揺れる中でそんな事したら目が見えなくなるわよ」
「私器用なの。目が見えなくったって編めるから平気よ」
レース編みを続けながらミラベルは答えた。
ノラは諦めてぼんやりと、外を見た。
高級な色ガラスをはめ込んだ窓から見えるのは武装した騎士の隊列だ。
よく分からないが、ノラの婚家となる西のイレーニア国方面を担当する部隊の小隊が護衛をしていると知ってしまった。
どう考えても男爵令嬢の嫁入りには多すぎる護衛だ。
なぜこんなことになってしまったのだろう。
ノラは心の中で頭を抱えた。
*****
ノラは国境沿いの小さな領地を治める男爵家の娘だ。
男爵家の娘とは言えノラは正式には男爵令嬢といえるのか怪しい所だ。なぜなら、ノラの母親がノラの父と結婚した時にはすでに身重だった(らしい)からだ。
「身持ちの悪い女に騙されたアンドリュー様は本当に可哀そうだよ。アンタはアンドリュー様に迷惑を掛けず、一人で生きていくんだよ。」
何千回ともなく意地悪な乳母から、こんな言葉を聞かされて育ったノラは自分が父の子供ではなく、ただの「おこぼれ」を貰っている身なのだと、そう思いながら育った。
それ故にノラは、自分が家を出るのは当然だと成長するにつれて自覚した。
何も根拠もなく乳母の話を妄信したわけでは無い。
成長するにつれて、ノラも乳母の話が正しいと確信を得たのだ。
ノラの母親のアンジェラは美しいピンクブロンドと、青く透き通った瞳を持ち、そしてアンドリュー男爵も美しいブロンドに、群青色の瞳をしている。
ノラの5つ下の弟(レオ)も美しいブロンドに青い瞳をしている。
けれども、ノラは凡庸なブラウン色の髪に、こげ茶の瞳をしているのだから。
ノラの両親がどれほどノラの事を愛してくれようと、乳母の言っている事の方が正しいのだろう、と確信しながら育つうちに、どちらかと言えば冷めた現実主義的な性格になったのだった。
ノラは14の歳に家を出た。
都合よく、その年に宮廷で女官の応募が掛かったのだ(意地悪な乳母は丁寧にそれをノラに教えてくれた)。
アンドリュー男爵の世話にならず、自分の力で生きていける方法が見つかったのだ。
ノラは迷う事なく宮廷女官に応募した。最初は反対していたアンドリュー男爵も、最後はノラの熱意に折れ、しぶしぶ女官になる事を認めてくれた。
*****
そして、勤勉に勤め続ける事10年。
ノラは24歳になった。
10年も同じ職場に務めると、もうベテランの域となる。そうでなくとも、この宮廷女官というのはある意味では、花嫁の登竜門的位置づけなのだ、とノラも働き始めてすぐに気づいた。
なぜなら同僚の半分近くはまっっっっったく真剣に働かないからだ。
よく考えれば、それもそうだ。爵位を持っている家の娘は働く必要などない。つまりは良き夫となる人物を探す場としての宮廷女官の方がある意味では正しいのだ。
けれども、地味な見た目で、積極的に結婚したいわけでもないノラは、誰かの目に留まる事など無いと思っていた。
それゆえ、ひと月ほど前に女官長に呼び出され、
「隣国、イレーニア国の貴族の子弟が貴方を望まれています。一応あなたの希望を聞きますが、もしお断りする場合には明日にでも、適当な殿方と結婚して頂きます」
と、パワハラ&セクハラまがいの脅迫を受けたノラに残された選択肢はほぼ無かった。
1.望まれるがままに隣国に嫁ぐ
2.明日にでも(適当な?)殿方に嫁ぐ
3.逃走する(けれども恐らく生家に多大な迷惑が掛かる)
結婚相手として適当な殿方にも、伝手が無いのだからノラの選択肢はほぼ一つしかなかった。
ノラの心からの望みは女官としてこのまま何時までも働く事だった。
けれども貴族の子女として、望まぬ結婚をする同僚を何人も見送って来た。ノラもいずれは逃れられないのだと心の隅では思っていたところもある。
だから、ノラは答えたのだ
「喜んで、応じさせていただきます」と。
それがどうして一個小隊が護衛するようなことになるのか。
女官長はこうも告げた。
「子弟の方の家名や爵位、お名前は先方のご希望で国境を超えるまでは伏せさせていただきます」
という事で、ノラはどこの誰とも知らない隣国の貴族の子弟と結婚するために馬車に乗ったのだ。なぜか同僚のミラベルと共に。
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