ループ&ループ 2

 ユキハルが小学生三年生の時に子供たちの間でプチブレイクした作品、寿司レンジャー。

 

 リーダーのマグロレッドを中心とした五人組のヒーローだ。


 最終決戦では、海外からカリフォルニアロールマンが助けに来たり、敵だった『鬼のおいなり』が味方になったりと、総勢三十一人の寿司レンジャーが集まった時の圧巻ぶりと爽快感は、今でも語り草だ。

 

 朝の七時半から一年程放送していたこの番組は、当時の子供達を熱中させていた。

 

 当時のユキハルもその一人で、とりわけ夢中になったのが、タマゴボーイ。


 寿司レンジャーの中でも最年少のこのヒーローは、力は弱いが誰よりも優しかった。

 

 助けを求める人の声が聞こえる能力を駆使して、階段を上るお年寄りを運んであげたり、泣いてる女の子の横で一日中話を聞いてあげたりと、町の何でも屋さんみたいな位置にいた。


 怪人との戦いでは余り活躍するシーンが無かったが、困ってる人は絶対に見捨てないというタマゴボーイの事が、ユキハルは大好きだった。


 クラスメイトのやっちゃんも寿司レンジャーが大好きだったようで、よく話すうちに、気付けば二人は親友になっていた。


 だがある時、やっちゃんがクラスの中でいじめの標的になった。


 きっかけは特にない。ただ、いじめっ子がやっちゃんの事を気に入らなかっただけだ。


 机に唾を吐かれたり、教室の後ろで殴られるやっちゃん。


 ユキハルは、それがどうしても我慢できなかった。

 

 勇気を持っていじめっ子の前に飛び出したユキハルだったが、結果は惨敗。


 いじめを止める事は出来ず、やっちゃんは何処かへと引っ越していった。


 最後に見たやっちゃんの悲しい表情は、今でもユキハルの脳裏に焼き付いている。


「自分はヒーローにはなれない」


 憧れや理想は、現実から最も離れた位置に存在する。


 その一件以来、ユキハルはヒーロー番組を見れなくなった。


             ♦


 アラームが鳴った。


 ユキハルは再び自宅のベッドで目覚めた。


 「ん?はあ?なんで?」


 慌てて部屋を飛び出すユキハル。 


 テーブルには置手紙。


 もちろん全く同じ内容。 


 後を追う様に、テレビでは今日の一位発表が始まる。


 ユキハルは「嘘だろ…」と呟いた。


 『今日の第一位はしし座のあなた!最高の出会いがあなたに降って来る予感。勇気をもって一歩を踏み出してみよう。ラッキーアイテムは…』


 「何だってんだよ!!」


 思わずテレビにリモコンを投げつけた。


 動揺を止められないユキハルは、リビング内を右往左往する。


 「おかしいおかしい。一回だったらまだ分かるよ?いや、一回でも意味わかんないんだけどさ、まだ正夢だとかデジャブだとかで無理やり言い訳できる。でも、もう二回も同じことが起こってて、今回で三回目だ。こんな事ってもう……いやいやいや、それこそあり得ない。あり得っこないんだけど……もうそうだとしか思えないじゃんか……」


 「僕は、同じ朝を繰り返してるんだ」


 それ以外に考えられることは無かった。


 「でもなんで?なんで僕が?」


 頭を抱えながら座り込むユキハル。


 「こういうのって、何か不思議な事とか変な事に遭遇したからって相場はきまってるはずだけど……」


 今までの出来事を整理するユキハル。 


 まず、朝ベッドで起きる。


 付きっぱなしのテレビで、占いの結果が発表される。


 テーブルにはスクランブルエッグ丼と母さんからの置手紙。


 商店街では、鶴ばあが新作の団子を渡してくる。


 駅前で、女の子が空から落ちてくる。


「うん、普通に考えてこれしかないよな」


 異様に浮いている最後の項目が、原因の可能性が一番高いことは明白であった。


 もちろん確定では無いが、ひとまず考えの軸にするには問題ないぐらい不思議であり、変な事である。


 同じ世界の人間とは思えないあの女の子。


 ちょっとだけ可愛かったな。


 そう思ってすぐに、ユキハルは頬を強く叩いた。


 「僕はバカか。こんな事考えてる場合じゃない。とにかく、抜け出す方法を考えないと」


 頭を悩ませるユキハル。


 女の子が空から落ちてくる。大きな原因がそれだとするならば、そこに自分がいなければ解決するのではないか?


 女の子と出会わない状況を作る。


 それが出来れば、こんなループなどと全く関係なく一日を過ごせるかもしれない。


 ユキハルはベッドの中へ潜り込むと、腕時計を食い入る様に見つめた。


 一回目に死んだ時、時計の針は七時四十八分を指していた。


 考えが間違っていなければ、この時間に女の子があの場所へ落下する。


 その時間さえ超えてしまえば、ループを抜ける事も可能かもしれない。


 この方法だと、女の子を助けるなど出来ない。


 だが今のユキハルに、そんな事を考えている余裕は無かった。


 祈る様に針の動きを追う。


 「神様お願いします。もう主人公みたいになりたいなんて思いません。ヒーローに憧れたりもしません。何でも言う事を聞くので、とにかく普通に学校に通わせてください」


 手をこれでもかと強く擦り、何処にいるやもしれない神様に願う。


 刻々と時間は迫って来る。


 四十五分


 四十六分


 四十七分


 四十八分


 「来た!頼む!お願いします!」


 強く目を閉じた。


 同時にアラームが鳴る。


 ベッドから飛び出たユキハルが目にした時間は、六時五十分。


 「そ……そんなあ……」


 全身の力が抜けた。


 手に持っていたはずの腕時計は、机の上へと戻っていた。


 「どうしろってんだよ」


 何が何だか分からない。 


 ユキハルの頭の中では、今の状況を解決したい、という事よりも、逃げたいという思いの方が大きかった。


 次に取った作戦は「とにかく離れてみる」だった。 


 全ての事を無視し、電車へと駆け込む。


 一番早い電車に乗り、七時四十八分を迎えるまでに出来る限り遠くへと向かう。


 だが、四十八分を迎えた時点でまたもやベッドへと戻された。


 駅前のタクシーを拾って「どこでもいいからとにかく遠くに連れてってください!」と頼み込み、運転手を困らせたが、これも結果は同じ。


 苦し紛れに、駅の方向とは逆走し、とにかく全力で走ってみたが、全くの無駄。


 母さんに泣きの電話を入れてみたが全く繋がらず、特に意味も無く戻されたりもした。


 思いつく限りのありとあらゆる逃げる方法を試してみたが、効果は得られない。


 その後、考えられる限りの方法を試し、計三十二回のループを繰り返したユキハルは、精神的にかなり追い詰められていた。


 逃げるすべなどない。


 自分が何処にいようが関係ない。


 四十八分を迎えた時点で確定でループが起こる。


 トリガーは自分では無く、女の子が死ぬタイミング。


 空から落ちて来るなんて、あんなの助けようがない。


 ここで、ユキハルの中で恐ろしい考えが浮かんだ。


 だったら、僕が先に死ねばどうなる?あの子より先に死ねば、逃げられるのか?


 よろよろとキッチンへ向かうユキハル。


 台所から包丁を取り出すと、震える手で自らの喉へと向けた。


 「僕は弱い。あの時も、今だって誰も助けられないんだ。ごめんね。でも。僕に思いつくのはもうこれぐらいしか」


 切っ先を少しずつ近づけていく。


 喉に触れた。


 少しずつ赤い液体が溢れだしてくる。

 

 その時頭の中に浮かんできたのは、最初のループでの死。

 

 壊れた腕時計。二度と味わいたくない程の痛み。命が終わっていく感覚。

 

 その瞬間、ユキハルの恐怖限界値がマックスを大幅に超えた。

 

 「くそっ!くそっ!」


 包丁を投げ出し、ユキハルは床にシナシナと座り込んだ。

 

 「こんなに……こんなに……死ぬのって怖いんだ」


 逃げようとする自分が恥ずかしい。


 死ぬことすら選べない自分が情けない。


 どうにも出来ない自分が悔しい。

 

 一般男子が一人で出来る事など限られている。

 

 一人で……

 

 「待てよ。ループを認識できてるのって僕だけなのか?あの時話した感じだと、鶴ばあはたぶん知らない。でも、あの女の子が落ちるがきっかけでループしているとしたら、あの子はどうなんだ?」

 

 確定させる材料はない。

 

 だが、もしもそうだった場合……ユキハルの中で最悪のイメージが浮かぶ。

 

「もしあの子も僕と同じでループの記憶があるとしたら、空から落ちる事を分かったまま繰り返してるとしたら……。頭がおかしくなるどころじゃない。そんなの、そんなのあんまりだ。それにあの子、最初にぶつかった時たしか……」


 ユキハルは、あの時どうして彼女を助けたいと思ったのか理解した。

 

 「行かなきゃ」

 

 どうしたらいいかなど分からない。


 理解できたこともそう多くはない。


 だが、やりたいことはある。


 ユキハルは家を飛び出した。


 髪は乱れたまま、服はパジャマのまま、靴すら履くのを忘れたまま。


 向かった場所は駅前。


 女の子が落ちて来るあの場所。


 時間が来る。


 ユキハルは空を見上げ、叫んだ。


 「おーい!聞こえるか!僕は君の事を何にも知らない。何でこんな事が起こってるのかもさっぱりだ。僕はとんでもなく弱虫で、逃げてばかりで、どうしようもない奴だ。だから僕が出来る事なんてないのかもしれない。でも、もう決めたんだ。僕はキミを助ける。どうやったって絶対に。キミは一人じゃない。僕がいるから、何とかするから、必ず何とかするから。だから、だからもう……」


 泣かないで。


 最後の言葉を吐こうとした瞬間、ユキハルは女の子と再び衝突した。


 何かが解決したわけでも、何かが前に進んだわけでもない今回のループ。


 だが、ユキハルは確かに耳にした。


 ぶつかる瞬間に女の子がユキハルに囁いた一言。


 「私を、抱きしめて」

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