第148話 助演
「…とは言ったものの、どうもそんな空気じゃなさそうだな」
ルベリアとの戦闘から暫く、北海道内に蔓延る全ての羽虫を掃討し終え、そろそろ一度拠点に帰ってみるかという時に生命探知で感知したテンマの異常。
最初のうちは、急速に気配が薄れていくのが面白くて放っておいたが、いよいよ笑えないところまで来てしまい今に至る。
訳だが…
「こんな事ならやっぱり一度も拠点に戻らずに直行した方が良かったか?」
いや、でもそうなるとシャワーを浴びることは愚か、寂しがっていた鈴と遊んでやることも出来なかった訳だからな。それは俺の精神衛生上も良くないだろう。殺しても微塵も心が痛まない害虫が相手とはいえ、生理的に受け付けない生物を長時間直視したい奴はいない。
「ま、結果オーライか」
見たところ状況はすこぶる悪いが、手遅れと言うにはまだまだ時期尚早過ぎる。集まっているメンバーを考えれば、なんだかんだでもう2時間程度は耐えていただろう。我ながら絶妙なタイミングの到着だ。
とはいえ、ここからどうしたものか。
個人的には俺の到着によって最低限の保証はされたも同然だし、このまま決着がつくまで傍観するのも悪くないと思っているが、それだとせっかく足を運んだのにやや味気ない気もするしな。
「傍観か、介入か…選択肢があるだけに悩みどころだな」
…と、俺が今後の動きを思案しているその時。
——ブォォォンッ
風切り音を上げながら、俺を目掛けて瘴気を纏った電柱のように太い尾が振りかぶられる。
俺はそれを軽く後方に跳んで回避する。
「…何れにせよ事態の把握は必須か」
そして、それらの行動によって粗方の今後の方針を定めた俺は、未だ尚、俺の登場に驚く面々を他所に、そこでようやくこの場で一際異彩を放つ巨大生物へと目を向ける。
「…急に現れたかと思えば、1人でゴチャゴチャと…貴様いったい何者だ」
「そりゃこっちのセリフだデカブツ。その見た目で器用に人語まで介しやがって…一体どういう理屈だ」
巨大な全身を覆う鱗に鋭利な爪や牙…その特徴は完全にファンタジーの代名詞であるドラゴンそのもの。東日本を縦断し、多くの竜人を葬ってきた俺でさえ、コイツみたいな個体は知らない。
突然変異による新種か…とも考えたが、辺りにそのミニチュア版みたいな個体が複数転がっている時点でその可能性は限りなく低いだろう。となると、散見されるミニチュア版が銀次の言っていた上鱗騎士で、一際デカい奴が真鱗騎士ってのが可能性としては有力だな。
あの爆弾女と様相が大分異なるのが多少気になるところだが、アイツも所詮は序列5位の下っ端。具体的に真鱗騎士が何匹いるのかは知らんが、上位序列の奴等と多少の差異があっても何ら不思議ではないだろう。
「まぁ、いいか。多少興味をそそられる部分ではあるが…この際、お前がどんな理屈で喋っていようと、お前の正体が何であろうとどうでもいい。何にしたって俺には関係のないことだ」
「この期に及んで関係ないだと?クク…貴様、よもや私の邪魔立てをした挙句、侮辱までしておいて、このまま逃がしてもらえると思っているわけではあるまいな」
「邪魔立てはともかく、侮辱をした覚えは全くないが…まぁそうだな。お前の言うことにも一理ある。回避したとはいえ、1発は1発だ。無関係を謳う以上は、精算するものはきっちり精算しないとな」
そう言い終わるや否や、俺は身体強化を発動し、一瞬でデカブツの懐にまで移動する。
そして…
「?!」
「…それに久しぶりの再会なんでな。積もる話もある。だからお前は少し遠くで遊んでろ」
その言葉を告げるの同時に、吹き飛ばすことに特化した全力の掌底を叩き込む。
——ズドォォォォォンッ
掌が深くめり込む感覚と共に、地面と辺りに漂う瘴気を抉り飛ばしながらぶっ飛んでいくデカブツ。
「…見てくれ通りの頑丈さだな」
端から致命傷を与えるつもりのなかった掌底…とはいえ、テンマや銀次以外に繰り出すのは、浅霧との一戦以来初めての全力の一撃。
しかし、その手応えは派手な演出に反してなんとも微妙なものだった。きっとこの程度の感触ならすぐに復活してくる。
「ま、今はこれで十分か」
まだチラホラと周りに羽虫がいるが、一先ずは無視でいいだろう。今し方の一撃もとい自分よりも格上の奴がぶっ飛ばされる姿を見たら、余程のポンコツでなければ様子を見ることを選ぶ。
そして、ひとまずの目的を達成したことを確認した俺は、ここでようやく漏れなく疲労と驚愕の表情を浮かべた面々の前へと立つ。
「ふっ…さっきも思ったが、揃いも揃って凄い格好だな。服も破けて、血に濡れて、まるでハロウィンの仮装パーティーだ。ミイラにでもなりたかったのか?」
「はは…そういう君は場違いなくらい綺麗な装いだね。とても東日本を縦断してきたとは思えないよ」
「そりゃ潮風に当たって来たんだ。緊急時とはいえ、シャワーぐらい浴びるだろう。まぁ…場にそぐわないって言うなら、一度帰って着替えてくるけど?」
「…いや、一生のお願いだからここにいてよ」
「はっ、また一生のお願いかよ。約10ヶ月振りの再会だが、どうやら相変わらずみたいだな、浅霧。調子も良さそうで何よりだ」
「はは、本当にそう見える?」
「あぁ、今にも死にそうな顔色はともかくな。少なくとも怠けていなかったのは分かる」
街一帯を覆うほどの巨大な氷の結界。
半径にして10Kmか、15Kmか…何にしても並の市町村であればすっぽりと覆ってしまうほどの大規模での技の展開。
その内部に明らかに氷とは異なる物質があることからして、恐らく銀次との合作なのだろうが、その分を差し引いてたとしても十分驚異的だ。
きっと日に10回じゃ収まらない程のマナの枯渇。時間というアドバンテージがあった故に現時点では総量こそテンマに劣っているものの、その成長速度はきっとテンマ以上だろう。
「願わくば万全な状態で会いたかったもんだがな。こんな状況じゃ仕方ない。再戦はまた次の機会だな」
「個人的にはそんな機会は今後2度と来て欲しくないんだけどね。君の規格外振りは健在、どころかすごく成長しているみたいだし」
「男子、三日会わざればなんとやらさ」
「はぁ…こんなに若者の成長を喜べないのは初めてだよ」
計算か、はったりか…ここで堪えた様子を見せながらも、手に負えないという類の発言をしない辺りが浅霧の非凡たる所以であり、俺の興味が尽きない理由だ。
俺の本スキルをまだ知らないというのも理由としては大いに関係しているのだろうが、才能に裏付けされた自信という奴なのか…コイツは俺と同様になんだかんだ最後に立っているのは自分だと思っている節がある。
やはり面白い。
「…お前も久しぶりだな、森尾一冴。お前に関しては、殺人ピエロの時以来だから約2年振りか?」
「そうですね。お久しぶりです…夜叉。いえ、今後は一希と呼んだ方がいいのでしょうか?どうやら私には知らず知らずの内に弟が出来ていたみたいなので…」
「ははは、そういやそんな設定もあったな。なら、今後は俺も姉さんとでも呼ぼうか?」
「弟は姉の言うことに従う…ということならその呼び方も悪くないですね」
嫌なら嫌とはっきり言えばいいものを…コイツの性格の良さも相変わらずみたいだな。
だが、どうやら全てが前と同じという訳でもないらしい。
恐らく、浅霧がスキルを獲得したことでスキルに対する理解度が上がり、能管内でもスキルに対する認識、いやもっと言えば改革のようなものがあったのだろう。
体系化でもされたのか…以前のスキルオーブの一件の時、森尾の相手をしたテンマから話を聞いた限りでは、あまり殺人ピエロの時との変化は見られなかったが、こうして久しぶりに相対してみると明らかに纏う雰囲気が変わっているのが分かる。
その横で恐竜でも前にしているのかというくらい俺を凝視し、警戒を露わにしている奴もそうだ。外見的特徴的に確か名前は火焚とかいう火を操るテンマや浅霧と同様、属性系の能力者だった気がするが、コイツも以前テンマから聞いた時ほど雑魚には見えない。
この様子だときっと浅霧とは比較すれば微々たる程度だろうが、森尾や火焚もマナの枯渇を経験している。この場にいる者の殆どが疲弊を露わにしている中、未だに余力を残しているのがその証拠と言えるだろう。以前のままの実力であったなら、確実にここまで戦線を保てていない。
まぁ、それは逆に言えばこの土壇場まで本領を発揮できていないということでもあるのだが、それはこの際いいだろう。何れにせよこの瘴気の最中であることを考えたら大健闘だ。
むしろ予想外だったのはこっち側…
「……で、俺が居ない間のパーティーは楽しかったか?見たところお前らも随分と楽しんだみたいだが?」
「…面目ない」
俺から向けられた視線に「俺がついていながら」とでも言いたげに、拳を強く握り締める銀次。
その視線が俺が目の前にいるのにも関わらず、未だに膝をついて顔も上げられずにいるテンマへと向いている事から、凡そ見当違いな責任でも感じているのだろう。全く幼馴染というのも難儀なものだ。
「まぁ、お前等に言いたいことは腐るほどあるがな。それは一先ず置いておこう。どうもそこまでの時間はくれないみたいだ…」
瞬間、俺がデカブツを弾き飛ばした方向からバカでかい耳障りな鳴き声が響く。
そしてその直後、全てを振り出しに戻すかのような勢いで、大きな音を立てて元の位置にデカブツが着地する。
——ドシィィィーンッ
「体感では少なくとも5Kmはぶっ飛ばした筈なんだが…お前の戻りが思いの外、早いところを見るに、どうやらそれでも飛ばし足りなかったみたいだな」
「ククク…危うく結界を破壊しかけたのに飛ばし足りなかっただと?舐めた口を…軽く10Kmは飛ばされたぞ」
「ほー、そんなに飛ぶとは予想外。見た目より随分と軽いんだな。にしても、結界を壊さないように配慮してくれるとは、存外優しいところもあるじゃないか。俺が思うにそれはそれでお前等にとっては好都合だったような気もするが?」
「少し前であったならな」
否定はしないか。
てことは、やはりコイツ等の狙いは俺の読み通り、元より厄介な戦力が疲弊してきた頃合いに騒ぎを起こし、引き寄せ、一斉に叩く事にあったんだな。
本州の中でも比較的中心部にある長野で騒ぎを起こせば、一人北方方面に出向いていた俺は除いたとしても、それ以外の比較的近場にいた奴等が事態解決の為に赴く事は容易に想像できる。
恐らくアヴァロンとして1番避けたかったのは、「ここまで被害が拡大してしまったなら仕方ない」と政府に開き直られることだろう。そうなれば、政府は問答無用で最大戦力をアヴァロンの制圧へと投入する。
その点に関しても長野という立地を選んだのは最適解だった訳だ。比較的自然が多く、仮に対処が遅れ被害が拡大したとしても人への被害は他県に比べれば軽微なもの…正に政府が見切りをつけるギリギリのラインと言える。
「今や浅霧梁という存在は我々の脅威になり得ない。ならば結界を維持させる方が我々にとっても好都合というもの。尤も、其奴は此方が意図せずとも結界の維持を優先するだろうがな」
「だろうな」
瘴気の影響で放っておいても弱体化するんだ。なら現状、環境をこれでもかと味方につけられているコイツ等が、その優位を手放す利点はゼロに等しい。
そして、それが分かって尚、浅霧もまたその状況を崩さないだろう。
俺のようにその気になれば簡単にその他を切り捨ててしまえる人間ならまだしも、政府側の人間であり責任が伴う立場にある浅霧はそうもいかない。少しでもその他に影響が出る可能性があるのなら、それを身を挺してでも排除し続ける必要がある。
窮地に陥っていると判明した時から分かっていた事だ。でなければ、これだけの戦力が揃っていながらたかだか真鱗騎士程度を排除出来ない訳がない。
「それが公僕ってもんだ。傍から見ると不自由で仕方ないがな」
「ククク…そればかりは完全に貴様と同感だな。だが、そう口では言いながらもその不自由を甘受している辺り、どうやら貴様も同類の様だな…」
「まぁ今回に限ってはな。お前等に嫌がらせをするにはその方が都合がいい…いや、ここは包み隠さず丁度良いハンデと言うところか?」
「クク…クハハハハハッ…この明らかに劣勢な状況下で…言うに事欠いて丁度良いハンデだと?どうやら貴様は余程、我々を挑発したいと見えるな。だが、流石の貴様と言えども、それは状況を楽観的に捉え過ぎだ…夜叉よ」
デカブツから発されたそのすっかり定着しつつある呼び名に俺は僅かに口角を上げる。
「へー、気付いてたのか」
「私を侮るのも大概にしろ。先に見せたその小さな体躯に見合わぬ膂力と身体能力…そして、その輪にかけたような傍若無人さとその特徴的な身なり。これだけの情報が揃えば、どれだけ鈍い者であろうと気が付く。例えそれが現実的に不可解な事であったとしてもな」
ふむ。アヴァロン内で情報共有がある程度済んでいるのなら、つい数時間前まで北海道にいた俺がこの場にいるのはおかしい…と、気が付くのにもう少し時間が掛かると思ってたんだけどな。存外早かったな。
どうやら、アヴァロン内での俺の評価は思いの外、高い位置にあるらしい。だが、今し方のコイツの反応を見るに俺があの爆弾女を含め北方方面の敵を一掃した以上の事は知らないみたいだな。
もし仮に詳細を…俺の治癒能力を知っているのなら、俺の正体に気がついた時点でもっと必死になっていなければおかしい。
「それで…よもやあの半端者を倒した程度で、私も同じだと勘違いしている訳ではあるまいな」
「違うのか?俺からするとその派手な見た目以外は、お前とアイツの差はそこまでないように見えるが?」
「ふっ…曲がりなりにも我が主様と肩を並べるというから警戒してみれば、私とあの半端者の差も分からぬとは…所詮は貴様も浅霧梁と同様、過大評価の紛い物だな。本物とは程遠い」
「はは…おい、聞いたかよ浅霧。俺とお前は紛い物だってよ!」
「いや、聞いてるけど何で喜んでんの?」
おっと、あまりの言い草に思わず笑みが溢れてたな。
だが、それも仕方ないだろう。本調子ではないとはいえ、力の一端を見せた俺や浅霧を前にコイツは紛い物呼ばわりしたんだ。そんなの竜王の強さに期待しろと言っているようなものだ。
「俄然興味が湧いてきたな…竜王。早く会ってみたいものだ」
「世迷言を…今後2度と青空を仰ぐ事すら叶わないというのに、何を夢見ている」
「それはお互い様だろ。お前こそ何を夢見ている」
「何?」
「お互い様だって言ったんだ。お前の方こそ何を根拠に勝ち確みたいな発言をしてるんだ?まさかとは思うが、コレの事じゃないよな?」
と、俺は周囲に漂う不快な瘴気を振り払うように勢いよく手を振る。
「無色無臭だろうが何だろうが瘴気は瘴気。人体に有害である以上、必ず違和感はある。逆に気が付かない方がおかしいだろう」
大方、派手に着地した時にどさくさに紛れて散布したんだろうが、こんな小細工に引っかかるのは普段から注意力散漫なバカだけだ。
「伊達にブラックネームと呼ばれているわけではない、か。やはり一筋縄ではいかぬな…だが、依然として我らの優勢は揺るがぬ。これまでの者達と同様、貴様もじわじわと痛めつけ、その身が朽ち果てるまで存分に味わわせてやろう」
「これまでの者達と同様ね…まぁ、やる気になっているのは結構だが、もう忘れたのか?ついさっき俺は確かに言ったはずだぞ。俺には関係ない…ってな」
その俺の言葉にデカブツだけでなく、背後からも少なくない動揺が感じられる。
「…貴様、ついに狂ったか。一体この場の何処に、貴様以外で私の相手が務まる者がいるというのだ」
そして、デカブツから発された至極真っ当な疑問に、場内の緊張感が高まる。
しかし、俺はその疑問にも迷わず、もはや虫の息といっても過言ではないテンマへと視線を向ける。
「何処に…っているだろ此処に。俺が出るにはまだ早過ぎる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます