タイムトラベルカンパニーへようこそ! Last one

ぜろ

第1話

 収穫があったのでいつも通り買い出しをして炊き出しをしようと思っていた冬の矢先、訪ねて来たのは老夫婦だった。くたびれた顔をしてはいるけれど身なりは整っていて、カンパニーを訪ねて来た客でなければ暴漢に襲われても仕方ないような、そんな二人だった。僕は荷物を持ち直して、いつかのように話しかける。あの。


「何か御用ですか? ここ、一応貧民街の一部ですから、あんまり長居をするのは危険ですよ」

「あ、ああ、ごめんなさい。その、タイムトラベルカンパニーと言うのは」

「ここですよ」

「良かった、ここに用があって来たんです」


 ほっとした様子の二人に、僕はどうぞと案内をする。溶けるようなものはなかったから、取り敢えず一階に買い出し袋を置いておいた。ネズミはこの辺りにいない。僕が八歳の時に夏休みの宿題で作らされた超音波発信機があるからだ。つくづく、僕ってこのカンパニーのと言うより、ラベルちゃんの為に動いてるなあと思う。


 暖房は点けていなかった。色んな機械の排熱で廃ビルの中は冬でも温かい。逆に震えてしまうのは、僕がその排熱の直撃をいつも受けているからだろう。タイムトラベルカンパニーのエンド・プロダクト。タイムマシーン『イクォール』の、排熱に。

 寒いのが丁度良いぐらいのラベルちゃん――社長には、冬は適温の季節らしいけれど。今日はシチューの炊き出しだ。さっさとしないとまた子供が死んだり狂暴化する連中もいる。そう言うのは霧戒壇のみなさんに手伝ってもらって排除したりするけれど、大概はシチュー一杯で片付く問題だった。お腹が空いてるからイライラする。だったらその腹を満たしてしまえ、と言うのが、社長の方針だから。お母さんの、方針だから。


 コンコンコンコン、と応接間もとい社長室のドアをノックすると、はあい、と声が聞こえた。ドアを開ければ机に向かって爪を研いでいるラベルちゃんと目が合う。と、その視線はすぐに老夫婦に注がれた。少し眼を細めて、ラベルちゃんは難しい顔をした。なんだろう、と思うと、すぐにその顔はいつもの商売人になる。

 気の所為かな。不愉快そうな顔をして見せた気がするけれど。貧民街の外にラベルちゃんの影響力はない。だから知り合いもいない。精々僕が買い出しに行かされる雑貨店ぐらいだと思ったけど、と、僕はドアを閉じた。どうぞ、と応接用ソファーに二人を案内し、紅茶の準備。ちなみに排熱で自家栽培だ。そんなに熱いのも悪くはないんだろう。ディンブラを入れて、ラムキャンディなんて高級品も入れて、差し出すとありがとうございますとお礼を言われた。


 基本的にカンパニーにやって来る人達は行儀がいい。お金持ちが多いからだろうけれど、余裕があるって言うか。それはラベルちゃんもそうなんだけど、と、社長机にも紅茶を置く。ツインテールをリボンでぐるぐる巻きにした独特の髪型は、風通しが良いらしく冬も変わらない。


「さてご依頼人、この度は何の御用でこちらに? 匂いから察するに医者のようではありますが、まだ貧民街ではインフルエンザも流行しておりませんよ」


 ちょっとおどけた様子でラベルちゃんが爪をふぅっと吹く。止めてって言ってるのに止めない。細かくても塵は積もると言うのに。ふぅっと僕も溜息を吐いて、ラベルちゃんがどっかりと座っている椅子の隣に立つ。ほんとだ、消毒の匂いがする。よく解ったな、ラベルちゃん。


「孫を――孫と息子夫婦の、行方を捜しています」

「アバウトですね」

「十三年前、医師をしていた息子夫婦が貧民街の苦境を聞き、街に入りました。そこまでは分かっているのですが、その後の事はさっぱりと分かりません。生きているならせめて孫だけでもと探したのですが、治外法権の貧民街に入りたいと言う人もなく……」

「それでこのタイムトラベルカンパニーにやって来た、と」

「はい。蓄えはある方ですが、こちらのお眼鏡にかなうか……」

「おいくらでお探しです?」

「前金と謝礼金で、合わせて五千万ほど……」


 相場よりちょっとお安めだけど、まあラベルちゃんが目をキランとさせるには十分な額だった」


「ではこちらの書類にサインと、振り込みはこのポケコンでお願いします! それと息子さん一家がやって来ただろう日時をなるべく細かく! 写真があればなお良しです! それとこちらに電話番号を、十三年と言うと少しばかり時間がかかりますので準備が出来次第連絡をします! その際はお車でお越しの方が良いですね、ここらも物騒でないということはありませんから!」


 ぱたぱた取り出した書類を持って、僕は依頼人夫婦の元にそれを差し出す。ほっとした様子の夫婦は、顔を見合わせて笑い合った。

 しかし貧民街にお医者さんなんて居たっけなあ。僕が覚えている限りは解らないや。思いながら僕は、空を見る。


 曇天で嫌な予感がするって、先入観かなあ。

 偏見だろうか。

 でも、この天気は『悪い』。雪が降ってきそうだもの。

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