第3話 異世界の目覚め:縄文の朝

アヤは、夜明け前の静かな森を歩いていた。彼女の足元は慣れ親しんだ土と葉の感触で、冷たい空気が顔を撫でていた。


彼女の目的は、村の長老が求めている特定の薬草を探すことだった。これらの薬草は、村の人々が冬を越すのを助け、病を癒すのに不可欠であった。月明かりと星の薄ぼんやりとした光の中で、アヤは地面を注意深く見つめながら、その緑色の葉を見分けようとしていた。




彼女はその日のために、母から教わった薬草の知識を頭の中で繰り返し確認していた。アヤは自然と一体になることを学んで育ち、森の中での生活には完全に適応していた。




その静けさの中で、彼女は時々、遠くの動物たちの動きや、風が木々を通り過ぎる音に耳を傾けた。それらの音は彼女にとって、外の世界とのつながりを感じさせるものだった。




突然、彼女は地面に軽く輝く何かを見つけた。それは月の光に照らされている小さな露だったが、その光の反射が何か違って見えた。




近づいてみると、それは珍しい薬草の一つ、ルミナ草の露だった。アヤは嬉しくなり、慎重にその薬草を採取した。




ルミナ草は特に珍しく、村では高く評価されていた。彼女の心は一瞬で満たされ、彼女の使命感がさらに強くなった。

彼女がその喜びに浸っている間に、ふと遠くから不自然な音が聞こえてきた。




彼女は警戒心を持ちながら、音の方向に目を向けた。森は通常、彼女にとって安全な場所だが、時には予期しない訪問者も現れる。




彼女は身を低くして、音の出所を探り始めた。彼女の感覚は研ぎ澄まされており、少しの異変も見逃さない。




音の方向に進むと、彼女は見知らぬ人物を見つけた。その人物は、自分とは全く異なる衣服を身につけており、見たこともないような様子だった。




アヤの心は一瞬で緊張で張り詰めたが、同時に強い好奇心も湧いてきた。この人物はどこから来たのか、そして何を求めているのか。




彼女は、村の安全を守るため、また新しい知識を求める自身の欲求を満たすために、静かにその人物に近づいた。




「あなたは誰?」アヤの声は柔らかく、しかしはっきりとした調子で問いかけた。彼女はその人物の目をじっと見つめていた。彼女の視線は警戒心を隠しながらも、深い

興味を隠せずにいた。この森での出会いは、彼女にとっても未知の経験だった。




アヤの声に、誠一郎は驚きとともに安堵感を覚えた。彼は、この見知らぬ女性が危害を加える意志を持っていないことを何となく感じ取り、言葉を選びながら応答した。




「僕は…佐藤誠一郎と言います。ここはどこなんですか?そして、あなたは?」彼の声は震えており、彼自身もどう対応すればいいのか、完全にはわかっていなかった。




アヤは少し驚いた様子で、彼の質問を理解しようとした。彼の言葉は彼女にはあまり馴染みがなく、彼がどの地から来たのかさえも不明であった。




しかし、彼女の好奇心が勝り、彼にもっと近づいて彼の顔を詳しく見た。誠一郎の顔は彼女の村の人々とは異なり、彼の服装も未知のものだった。




「ここはミナミの森です。私はアヤと言います。あなたは、どうしてここにいるのですか?」アヤの声には慎重さと、ある種の歓迎の意味が含まれていた。




誠一郎は、彼女の言葉から彼がいる場所が自分の知る日本ではないかもしれないという現実に心を強く打たれた。彼は自分の話をすることにした。




「実は、僕は考古学者で、ある遺跡を調査していたんです。それで、突然の地震があり、気がついたらここにいました。タイムスリップしたみたいなんです。」




アヤは誠一郎の話を聞き、彼が言う「タイムスリップ」という概念に首を傾げた。彼女の世界では、時間を超えるような話は古老たちの神話の中にしか存在しなかった。




それでも、彼女は誠一郎が真実を語っていると直感した。彼の表情からは、純粋な恐怖と困惑が見て取れたからだ。




「それは奇妙な話ですね。でも、もし本当にそうだとしたら、あなたを村へ連れて行くことができます。私たちの長老が何か助けになるかもしれません。」




誠一郎は、アヤの提案に安堵した。彼女の温かみのある言葉と彼女自身の落ち着いた態度が、彼にとってこの不確かな時と場所での小さな安心材料となった。彼は深く頷き、アヤに従うことを決めた。




二人は森を抜けて、徐々に夜が明けてくる中を歩き始めた。誠一郎は自分が見たこともない植物や、鳴き声を上げる鳥たちに驚きながら、アヤの後をついて行った。彼はこの新しい世界についてもっと学びたいと思いながらも、どうすれば元の時間に戻れるのか、その答えを見つける方法を必死で考えていた。





アヤとの間には言葉を交わしながらも、互いに多くの未知と疑問を抱えたまま、新しい一日が始まろうとしていた。




誠一郎とアヤは、夜明けの光が徐々に森を照らし始める中を歩いていた。朝の露が草木にキラキラと輝き、小鳥たちのさえずりが森全体に生命を吹き込むようであった。アヤは慣れた足取りで、薬草や食べられる植物を指差しながら、それぞれの名前や用途を誠一郎に教えていた。




「こちらはヘイケソウです。傷に良いんですよ。」アヤが指摘したのは、緑豊かな葉を持つ低い草で、小さな白い花が咲いていた。



誠一郎は興味深げにその草を見つめ、現代の医学とは異なる自然の恵みに心を動かされた。彼はアヤの知識と森への深い愛情が感じられ、彼女が教えるごとに尊敬の念を深めていった。




「本当にありがとうございます、アヤさん。こんなに多くのことを学べるなんて思ってもみませんでした。」




アヤは微笑みながら応じた。「私たちは自然と共に生きることを学んでいますから。あなたもすぐに慣れるでしょう。」




誠一郎はその言葉に励まされ、未知の環境に少しずつ適応していく自信を持ち始めた。それと同時に、彼の心の奥では、現代に戻る方法を見つける必要があるという強い焦りにも駆られていた。




やがて二人は森を抜け、開けた土地に出た。目の前に広がるのは、草木が生い茂る広大な平野で、その中に点在する小さな集落が見えた。集落は木と土で作られた家々から成り、煙を上げるいくつかの家からは人々の活動がうかがえた。




「あれが私たちの村です。ミナミ村と言います。」アヤが指さした先には、朝の光を浴びて輝くような平和な光景が広がっていた。




誠一郎はその光景に心を打たれた。彼の知る日本とは全く異なる風景だが、その素朴な美しさにはある種の懐かしさを感じた。彼はアヤに感謝の言葉を述べ、一緒に村へと歩を進めた。




村に近づくにつれ、子どもたちが彼らを好奇心旺盛な目で見つめ、大人たちは少し警戒しながらも歓迎の意を示していた。アヤは誠一郎を直接村の長老の家へと連れて行った。



「長老に会って、あなたの話をしてください。長老なら何か知恵を貸してくれるかもしれません。」




その言葉に誠一郎は緊張と期待で胸がいっぱいになりながら、アヤと一緒に、長老の家へと入って行った。長老の家は、村で最も大きく立派な建物で、長老の姿が、扉の向こうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る