道摩法師(3)
闇の中で何かが
衣擦れの音がし、月明かりの下に
「気づいておられましたか、
親しげな声。その声は、
道真は数年前まで陰陽寮に仕える陰陽得業生であり、晴明の陰陽道の弟子のような存在でもあった人物である。
「私が気づかぬわけがないだろう、道真」
「失礼いたしました」
道真は頭を下げる。布作面を被っているため表情を読み取ることはできないが、声から察するに道真は以前と変わらぬ様子であった。
「
「元方の怨霊にございますか」
「そうだ」
「
道真の声は笑っていた。それは道真が噂を流した張本人であると告白しているようなものだった。
悪霊民部卿というのは、藤原
「悪いやつよ。どこぞで、そんな悪知恵を磨いた」
「これは晴明様の教えですよ」
「馬鹿なことを言うでない。私はそのようなことを教えた覚えはないわ」
晴明は笑ってみせる。だが、心の中では手強い相手が敵についたものだと思っていた。かつての愛弟子、それが葛道真であった。晴明は陰陽道に関することや、陰陽師としての振る舞い方など様々なことを道真には仕込み、時には陰陽寮内で自分の式人のような役割もさせており、陰陽師としての表も裏も知る一人だった。
「播磨に帰ったと聞いていたが」
「ええ。播磨に帰って、静かに暮らしておりました。しかし、私を
「その者の名を教えては貰えぬのだろうな」
「言えば私が殺されてしまうでしょうから、たとえ晴明様であっても教えられませぬ」
そう言って道真は笑ってみせた。
「まあ、良い。道真、お前は陰陽法師になったというわけだな」
「はい。本日はそのご挨拶にでもと思い、参上いたしました」
「なるほど。道真がどのように生きようとも、私には口を出す権利はない。ただ、私の邪魔をするようであれば――」
「
「何が言いたい、道真」
「そのままのことですよ。それと、私はもう
道真改め、道摩はそれだけ言うと、すっと闇の中へと姿を溶け込ませて消えた。
面倒な男が敵についたものよ。晴明はそう思いながら、道摩が消えていった闇をみつめていた。
「晴明様。すみません、見失いました」
しばらくして戻ってきた式人が晴明に声を掛けた。後を追ったが、道摩を見失ったのだ。
さて、どうしたものか。晴明は悩んでいた。敵対するのであれば、殺してしまった方がいいだろう。だが、道摩を殺すのは難しいだろうし、殺すのは惜しい気もしていた。何と言っても、道摩は晴明にとって可愛い弟子だったのだ。
「道摩法師か……。まあ良い。やつのお手並み拝見といくか」
再び雲の中へと姿を消してしまった月を見上げながら、晴明はつぶやいた。
第六話 道摩法師 了
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