第38話 現地講習
「それでは全員が揃いましたので、今から現地講習を始めたいと思います」
受講者全員が集まるのを確認すると、係官が口を開く。
現地講習とは言うけど、実際に現時点で行えることはそう多くない。異界迷宮内での注意点等は一日目の座学で既に履修済みであり、実際の具体的な探宮については明日(三日目)以降のクラス別講習にて、各専門職ごとに分かれて講習を行うことになっているからだ。
では本日行う講習とは何か?
「え~では早速ですが、私からは探宮者の安全を保障するために必至となる魔法具『ヴォイヤー』についての講習を行います」
そう、前にも話した異界迷宮内の動画配信システム『ヴォイヤー』……通称『覗き屋』と呼ばれる魔法具についての実地講習である。
「それでは受講者の皆さん。今から皆さんひとり一人に迷宮協会から無償貸与を致しますのでお受け取り下さい。なお、初期不良は無償で交換いたしますが、破損・紛失の際は有償での交換となりますので、十分お気を付けください」
見ると配布用『ヴォイヤー』の在庫の前に幾人かの係官が立っており、配布するので列に並ぶよう指示される。どの列に並ぶかは自由なので探宮部のみんなで一番右の列につこうとするが、フレアこと蘇芳さんが並ばずに立ち止まっていることに気付く。
「どうしたのフレアさん?」
「いや、あたしは並ぶ必要が無いからな」
「え?」
「シロ、フレアは貸与してもらわなくても個人持ちのがあるのさ」
蘇芳さんの代わってクロウこと玄さんが教えてくれる。
ああ、そうか。当然と言えば当然か。蘇芳秋良の娘なんだから個人所有の『ヴォイヤー』を持っていたって、おかしくない。
「まあ、そう言うことだ。ただ、協会貸与の初心者用ヴォイヤーは優れモノだぞ。低レベルのうちなら全く問題ない」
「そういうことだから……さ、行くぞ、シロ」
列の間隔が空いたので、クロウさんはボクの首根っこを掴むと前へと進んだ。
「あ、クロウさん。シロ君をぞんざいに扱わないで下さい、壊れます!」
ボクの扱いにラピスこと蒼ちゃんが目くじらを立てる。
「壊れる……ってラピス、君は少し過保護すぎると思うな」
「そんなことありません!」
二人がわーきゃー言うのを聞きながらも列は進む。
蒼ちゃんは真面目だから紫黒さんに揶揄われているのに気付いてないようだ。ここでボクが口を挟むと輪をかけていじられるので、あえてスルーする。
「では、こちらをどうぞ」
ようやく係官の前に立つと『ヴォイヤー』を貸与される。
ふむ、これが『ヴォイヤー』か……。
貸与品を渡されたので列から離れ、蘇芳さんのいた場所まで戻る。そして改めて手の中の魔法具をまじまじと観察した。
見た目は、よくあるシルバーのブレスレットだ。お世辞にもお洒落とは言い難いシンプルなデザイン。正確にはブレスレットと言うよりバングル(留め具の無いブレスレットの一種)と呼ばれるものらしい。
形状も腕全体を一回りするO型では無く一部が空いているC型と言うタイプだ。割と巾広で、けっこう厚みもあり、普段装身具の類をつけないボクとしては多少の拘束感を禁じ得ない。ちなみに地味に腕時計も苦手だったりする。
常時付けていると思うと、ちょっと戦闘中とか邪魔かな。
そんな感想を持ちながら、『ヴォイヤー』を手に取り、眼の前に持ち上げる。
一番、目を引くのは、やはり中央に埋め込まれた透明の球体――オルクスだ。起動時には射出され、配信を行う
次に『ヴォイヤー』本体に触ってみる。ブレスレット状の表面にはオルクスを中心に微かに凹凸や何本もの溝があり、各種コンソールになっているようだ。
確か、腕に嵌めて微力な魔力を流すとすぐに起動し、オルクスを展開してくれる仕様のはずだ。また、オルクスの動きやアングルは自分で操作する必要もなく、『ヴォイヤー』自身が最適解で操作してくれるという優れモノだ。
ただ、見やすい配信をするには撮られる側の方にもコツがあるので、今からの講習はそうしたノウハウを学習するためにあった。
「おい、見ろよ!」
「あれって、もしかして……」
ふと気が付くと周りの受講者がひそひそと噂している。
何だろうと思い、視線の先を眺めると、フレアさんこと蘇芳さんがいた。
どうやら自前の『ヴォイヤー』を装備しようとしているところらしい。ただ、身に着けるのはブレスレットタイプでなく額に付けるタイプの高級品のようだ。しかも、オルクスの数は七つ……?
な、何だと……。
ボクには蘇芳さんが注目されている理由がわかった。
「なあ、あれって……」
「ああ二世代前といえ、今でも第一線で十分活躍できる……最高級ヴォイヤー『VR-14SM』に間違いない」
「それって……」
「そう、いわゆる
「すげえ、本物初めて見た」
違う! 違うぞ! ボクが蘇芳秋良オタクだから断言する。
あれは……蘇芳モデルなんて生易しいもんじゃない。『VR-14S』――――『蘇芳オリジナル』だ。
蘇芳さん、何てお宝を持ち込んでんだよ……確かあのセットだけで高級外車が軽く買える筈だぞ。
お、落ち着け、ボク……。
まあ、そうは言っても蘇芳さんもボクらと同じ初心者だから、ヴォイヤーを使用するのは初めてに違いない。講習用に持参するのも仕方ないだろう。ある物を使うのは理に適っている。
適っているのだが……思わず声に出る。
「フ、フレアさん。あの……そのヴォイヤー、少し見せてもらっていいですか?」
◇◆◇◆◇◆◇
「ユニ君、ただいま」
【お帰りなさいませ、主様】
初の現地講習が終わった日の夜、ボクは『魔王の憩所』に来ていた。
あの後、蘇芳さんのヴォイヤーを目に焼き付けるようにガン見し続けたら、蒼ちゃんのご機嫌を大変損ねてしまった。近過ぎ、見過ぎとエライ剣幕だった。
でも、言い訳させて欲しい、蘇芳秋良ファンとして、アレは普通の対応だ。誰しも目の前に推しの逸品があったら、食いつくだろう?(異論は認めない)
ましてや、自分が子どもの頃に憧れていた当時の装備を目の前にしたら、ああなるのは当然と言っていい。
まあ、男のロマン(今は女だが)が女子には理解されないのは、よく聞く話だ。とは言っても蒼ちゃんを不機嫌にしたままにするのは、後々恐ろしいので続いて行われたヴォイヤー講習の間、ずっとご機嫌を直すのに必死だったよ。
とにかく初めてのヴォイヤー講習は順調そのものだった。初心者用はオルクスも一つなので、そこまで自身の動きに注意することも無いからだ。
なので、蘇芳さんの高級ヴォイヤーのようにオルクスを7個も装備していると、連携も考えながら移動することになる。レベルが上がれば難しくないと聞くが今の自分ではとうてい不可能のように思えた。(さすがの蘇芳さんも、まだレベル1なので満足には運用できていなかった)
おっと、そんなことより重大な用件があって今日は来たのだ。
「実は今日、ユニ君にお願いがあって来ました~!」
【私にお願いですか? お願いなどされなくとも、ご要望に従いますが……】
「まあまあ、気持ちの問題だから」
相変わらずユニ君は真面目で、ノリが悪いなぁ。
「じゃあ~ん、見て見てユニ君。これが、お土産です」
今日、貸与されたばかりのヴォイヤーを取り出す。
【魔法具ですね】
「そうそう、今日貸与されたんだけどね……ねえ、ユニ君。これれって複製できる?」
【造作もありません。ただ、素材が必要ですが】
「素材って?」
【そうですね、そこにあるテレビが必要なければ、すぐに再生成いたします】
この部屋はボクの思うワンルームマンションを想定しているので、リビングにテレビがある。もちろん、異界迷宮にテレビ放送など無いので、ただの飾りに過ぎないのだけど。
「意味ないから使っていいよ……それとさ。もし可能ならボクが思い浮かべているモノに出来たりする?」
【…………問題ありません】
少し間があったのはボクの記憶をスキャンしたせいだろうか。
「じゃあ、ぜひお願い!」
ボクがそうお願いした瞬間、テーブルの上に依頼したものが生成される。
【これでよろしかったでしょうか?】
「うん、ユニ君は完璧だよ……」
ホント、完璧だ。
ボクの目の前に先ほど食い入るように見た……『VR-14S』――――『蘇芳オリジナル』が出現していた。
~~~~
あとがき
第38話をお読みいただきありがとうございました。
先週はお休みをいただき、また読者の皆様にはご心配おかけし
大変申し訳ありませんでした。
持病が悪化し、危うく入院するところでしたが、何とか今回も
無事更新できました。無理せず、今後も頑張りたいと思います。
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