第21話 探し人
不味い不味い不味い……この人、男子だったときのボクのことを知っているのか? それだとボクの正体がバレてしまう。
どうしたらいい……誤魔化すか、
待て、落ち着け。まだバレたと決まったわけではない。第一、この人とは初対面の筈だ。こんな印象強い人、一度会ったら絶対覚えていない訳がない。にも関わらずボクに記憶がないってことは、初めて会ったのに間違いない。
だから、ここは逃げの一手だ。
「『つくも』ですか……ボク以外はいなかったと思います」
どうだ……相手の反応は?
心臓をバクバクさせながら平静を装って朱音さんの出方を待つ。
「そうか……いないか。変なこと聞いて悪かったな」
さして疑わずに信じ込んだようだ。本当にダメ元で聞いたような感じだったのかもしれない。
この場面、これ以上の深追いを避け、別の話題に転じるのが最良と思われたが、ボクとしてはどうしても聞かずにはいられなかった。
「立ち入ったこと聞いて、すみません。その男性の『つくも』さんがどうかしたのですか?」
すでにボクに対する興味を失い、踵を返そうとしていた朱音さんはボクの問いかけに立ち止まる。
「君には関係ないことだ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、謝ることではないさ。それに……そうだな。一方的に質問するのも失礼か」
朱音さんは一人納得すると、再度ボクに向き直る。
「あたしは『つくも』という同い年ぐらいの男の子をずっと探しているんだ。手がかりは、あたしが幼い頃に彼が隣県に住んでいたことぐらいでね。だから、隣県から来た君の中学校に在籍していたか聞きたかったんだ」
それなら、ボク確定という訳ではないのか。同名の誰かかもしれない。焦って損した。
「探し人ですか……」
「ああ、彼はあたしが変わるきっかけを作ってくれた恩人で、大切な人なんだ」
イケメン顔の朱音さんが、少しだけ夢見るような表情になる。ギャップ萌えで、ちょっと可愛い。こんなのファンになってしまう。
「……いや、楽しく話しているところに割り込んですまなかった」
すぐに我に返った朱音さんは照れくさそうに、そういうとボク達から離れていった。
「蘇芳さん、かっこいい……王子様みたい」
「ホント、男子だったら良かったのに」
「女子でも可……」
三人組が朱音さんの後姿を見ながら溜息をついている。確かに、男子よりも女子の人気が高そうだ。
「つくも君、お待たせ。ん、どうしたの?」
そう思っていると蒼ちゃんがボクのところに戻って来た。
「いや、少しだけ朱音さんと話をしただけで……」
「やっぱり気になってるんじゃない」
な、何故に不機嫌になる?
◇◆◇
二日目の予定はホームルームと並行して写真撮影、その後は学年オリエンテーションと対面式だ。
ホームルームでは葉月先生の指示でクラスの中の委員決めを行った。クラス委員とか保健委員とかを自薦他薦で選ぶやつだ。中学時代のボクは下手な委員を押し付けられるのを恐れて図書委員に立候補したので、ずっと図書室に入り浸りだった。
今回は目立つことは避けたいのと放課後は探宮に使いたいので様子見することにした。結果、功を奏してボクが何かの委員に選ばれることはなかった。蒼ちゃんもそのつもりだったようだけど、人気者はつらいね。クラス委員に推され、満場一致で選ばれてしまった。
「まあ、クラスでの仕事は多いけど、他の委員会活動より放課後に拘束される時間が少ないから良しとしようかな」
蒼ちゃん的には不本意だったようだが、責任感の強い彼女のことだ、真面目にクラス委員に取り組むことだろう。
「蒼ちゃんと一緒に帰るつもりだから、何か残る仕事があったときはボクも手伝うよ」
「うん、お願い」
ボクの申し出に蒼ちゃんは嬉しそうに答えた。
あ、男子のクラス委員もいるけど、勝手に決めて良かったのだろうか。
ホームルームと並行して個人写真撮影も行われた。これは生徒手帳用の写真を撮るためのものだ。
考えてみれば、この身体になってから写真を撮るのは初めてだったりする。どんな風に映るか少し興味がある……まさか映らないってことは無いよね。事前に確認しておけば良かった。
写真撮影の後は体育館に移動して学年オリエンテーションが行われた。校長先生の眠くなる有難いお話に続き、生徒指導の先生から学校生活の決まり等、進路指導の先生から今後の進路の話を聞いた。大半は入学のしおりに書いてあることなので、眠らないように頑張った、褒めて欲しい。
オリエンテーションが終わると上級生が体育館に入って来る。在校生との対面式というやつだ。ここからも生徒会長の話や生徒会執行部から生徒会活動についての説明があり、体育祭実行委員長からは体育祭について、文化祭実行委員から文化祭についての説明があった。
生徒会長は眼鏡が似合う知的美人さんで、まさにクールビューティーを絵に掻いたような人物だった。何となく未来の蒼ちゃんの姿を幻視してしまう。蒼ちゃんなら打って付けだと思うけど、一緒にいる時間が減りそうなので出来れば遠慮願いたい。まあ、蒼ちゃんも2年生になる頃には探宮者として忙しくなっている筈だから、そんなことにはならないだろうと思うけど。
生徒会長の歓迎の言葉に対して、新1年生の各クラス代表がお礼と抱負の言葉を返す。各クラス代表はクラス委員なので、ボクのクラスからは蒼ちゃんが登壇する。すると上級生……主に男子からどよめきが起こる。
「今度の一年生女子、レベル高くない?」
「めちゃ可愛い子いるじゃん」
「すげ―美人、彼氏いるのかな?」
「まさに、ザ・清楚って感じの美少女だな」
耳を澄ますと【魔王の邪眼】スキルの感覚鋭化のせいで、ボク達の対面にいる上級生男子の聞きたくもない欲望駄々洩れの声が聞こえてくる。
先輩諸君、蒼ちゃんの容姿は確かに素晴らしいけれど、女性を外見だけで判断していると女子から嫌われるぞ。ちなみに蒼ちゃんは中身も素晴らしいけどね。
「おい、見ろよ。あっちの子も、めちゃくちゃ可愛いぞ」
「ホントだ。代表の子も美人だけど綺麗って感じなのに対し、あの子は可愛らしいって感じだな」
「小動物感があるよね」
「北欧系っていうかエルフっぽい」
「頭なでなでしたい」
げっ! ボクなんかに対しても変な妄想を抱くヤツがいるとは思わなかった。
蒼ちゃんの言う通り、普段から怪しい人には気を付けないと……。
そんな感じで対面式が終わるとボク達は教室に戻ってから解散となった。葉月先生から明日は身体測定とスポーツテストがあるので体操着を忘れずに持ってくるようにと念を押された。TS初心者のボクとしては、いろんな意味で心配なイベントなのだけれど何とか無事に終わるように願っている。
また、放課後に学校内の施設見学しても良いという許可も出たが、ボク達は早々に帰宅することにした。もちろん、蒼ちゃんとの約束を実行するためだ。と言うか、実際のところ蒼ちゃんが待ちきれずにボクの手を引いて教室から飛び出しそうな勢いで、のんびり校内を見ても回ろうなんて切り出せる雰囲気じゃなかった。
「ちょ、ちょっとあおいちゃん。そんなに急がなくても迷宮街は逃げたりしないから……」
飼い犬だったら、ステイ!と叫びたくなるほどの突進力だ。まあ、それだけ楽しみにしているのだと思うと、ボクもまんざらではない気分なのだけど。
駅前のバスターミナルに着くとボク達二人は迷宮街に向かう。前回はゲートの前で断念したので、中に入るのはこれが初めてとなる。
内部が見えないほどの高さの塀で囲まれた迷宮街の入口は一か所しか無く厳重に警備されていた。入るのは簡単だが出るのには厳しいチェックがあり、探宮者でもなければ気楽に入りたいと思う者は少ないだろう。
前にも言ったが迷宮街はある種の治外法権的な色合いがあり、迷宮由来の装備を持ってうろついていても捕まることは無い。が、迷宮街から一歩でも外へ出ると銃刀法違反で御用となってしまう。
迷宮街を管轄する迷宮協会も周辺地域との摩擦を生まないためにも、ゲートの管理を厳密にしているという訳だ。
「じゃ、つくも君。ゲートで受付して中に入るけど、大丈夫?」
前回のことを思い出したのか蒼ちゃんは心配そうに聞いてくる。
「もちろんだよ。あおいちゃんと探宮者になるって決めたから、逆に楽しみにしてるよ」
「わかった……一緒に楽しもう」
「うん、あそこに並べばいいんだよね……って、あれ?」
並んでいる列に見知った顔があり、ボクは声を上げた。
「蘇芳さん……?」
~~~~
あとがき
今後は基本、週2回(月・金)に更新していく予定です。
よろしくお願いいたします。
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