第20話 朝のまにまに
「どうかしたの、つくも君?」
一緒に登校している蒼ちゃんが歩みを止めて心配そうにボクを覗き込む。バス停から学校へと向かう途中、いつの間にかボクは物思いに
「ううん、大丈夫だよ」
「そう? 何だか元気ないみたいだけど、何かあったの?」
はい、何かありました。それも大変なことが……。
「いや、何にもないよ。入学2日目で、ただ緊張してるだけ」
顔を見られると、たぶん嘘がバレるのでボクは俯きながら返答する。蒼ちゃんに嘘を吐くのは心苦しかったが、さすがに昨日のことは話せない。
結局、あれから分かったことは現実世界の物を異界迷宮へ普通に持ち込もうとしても無理だけれど、昨日の部屋着のようにストレージへ入れておけば持ち込めるということがハッキリした。さらにユニ君によると持ち込んだ物も異界迷宮の素材と同様、別のアイテムに生成出来るとの話だ。つまり、ボク自身に『迷宮変異』『迷宮復元』の効果が及ばないように『迷宮絶界』もまた一部ではあるが効果を及ぼさないということだ。
正直、チート過ぎて意味不明だが、この現象が今までの異界迷宮と現実世界の成り立ちを根本から覆しかねない重大な事象であることは確かだ。こちらの世界の物を異界迷宮に持ち込んだ場合、どのような影響が出るのかは定かではないが、大きな変革が起きることは間違いないだろう。
このことは『魔王』という
そんな訳で、入学2日目の緊張に加えて、昨晩からのストレスによる寝不足のため、ボクの体調は絶賛低空飛行中だ。けど、蒼ちゃんにこれ以上心配かけるのは不本意なので、ボクはカラ元気を見せながらも話題を変える。
「そういや、あおいちゃん。昨日の自己紹介で
「
「そうそう、その人」
「凄く綺麗な
「え? まあ、そうだね」
綺麗というか、かっこいい感じだけど。
「つくも君は、ああいう娘が気になるの?」
少しだけ蒼ちゃんのテンションが低いような気がした。何か、怒ってる?
「気になるって言うか、あの人も探宮者を目指してるって言ってたからさ」
「ああ、そっちの気になるね」
そっちの気になる? 別の気になるがあるんだろうか。
「ん? 同じクラスの同級生が探宮者志望だったら、普通気になるでしょ。ボクらも探宮者目指してるわけだし」
「そうね……」
何か不機嫌そうだな。この会話デッキは失敗だったか。ここは喜びそうな別の話題を……。
「そうだ。前に約束してた迷宮街への買い物だけどさ、いつ行く……」
「私はいつでもいいよ。つくも君の都合の良い日を教えて」
先ほどまでの不機嫌さはどこかへ消えて、食い気味に答える蒼ちゃんの目が輝いてる。
そんなに楽しみにしてたんだ。じゃあ、なるべく早く行ってあげなくちゃ。
「あおいちゃんさえ良ければ、今日の帰りだって良いよ」
「え、いいの?」
「うん、ボクも行ってみたかったし」
「じゃあ、今日にしよう。約束だよ」
機嫌が良くなった蒼ちゃんに安堵しながら、ボクは学校へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
教室に入るとすぐに、クラスメイトの女子二人が蒼ちゃんに話しかけて来た。どうやら蒼ちゃんと同じ中学出身らしい。ちょっと込み入った話があるので相談に乗って欲しいのだそうだ。
「ごめん、つくも君。ちょっと話してくるね」
「うん、構わないよ」
さすがに初対面に近いボクを含めての相談は無理だったようだ。なので、蒼ちゃんを快く送り出した。
当たり前の話だが、蒼ちゃんには蒼ちゃんの付き合いがある。ボクが蒼ちゃんを独り占めして良いわけがない。彼女にだって友達を自由に選ぶ権利があるのだ。彼女の意思を尊重しなければ。
ちょっと寂しくも感じたけど、ボクは寛容な彼氏なのだ(願望)。彼女を束縛したりなんかしない(大噓)。
一人残されたことをボクは心細く思いながら自分の席に向かおうとすると、女子の集団に行く手を阻まれた。
話したことのない女子達だ。いったい、ボクに何の用だろう。まさか、ボクが元男ってバレたとか? いやいや、それはない。うっかりは、あったけど致命的なミスはしてない筈だ。それともボクが気付かないだけで、女子として不適切な行動でもしたのだろうか。
ボクが疑心暗鬼に駆られていると、三人組の真ん中の女子が、ずいっと前に出る。
「あの……一色さん!」
「は、はい……」
緊張のせいで声が裏返ってしまった、恥ずかしい。
「ちょっと、お話いいかな?」
「べ、別にいいですけど」
話しかけてきた真ん中の娘は左右の二人に目配せすると意を決したように口を開く。
「実はね、私たち昨日からずっと一色さんとお話したかったんだ」
「そうそう」
「私も……」
他の二人も頷きながら同調する。
どうやら、三人ともボクと話がしたかったらしい。けど、ボクが紺瑠璃さんとずっと一緒だったせいで、話しかけるタイミングを失っていたのだそうだ。確かに昨日は蒼ちゃんにべったりで、前の席の相川さんぐらいとしか話してなかった気がする。けど、ボクと話がしたいだなんて、いったいどういうメリットがあるのだろう?
「私は伊藤凛、よろしくね」
「藤村美玖です」
「田中好乃……」
三人がそれぞれ挨拶する。凛さんは大人びて見えて少しお姉さんっぽい感じで、美玖さんはボーイッシュな雰囲気、好乃さんはマイペースでちょっとぼーつとして見える。昨日の自己紹介で名前は聞いた筈だけど、自分のことで精一杯で誰一人覚えていなかった。まことに申し訳ない。
「一色
「何で敬語? 同い年なんだからタメ口でいいよ」
「そうだよ、つくもちゃん固すぎ」
「そう思う……」
い、いきなり下の名前呼びに『ちゃん』付け。積極的に話しかけてくるから予想していたが、この娘たちは陽キャの集団か? いや、見た目はいたって普通そうだから違うか。
「やっぱり、間近で見るとめちゃ可愛いね」
「ホント、小っちゃくて高校生には見えない」
「好き……」
三者三様の発言……え~と、どう反応していいか悩む。
「ところで、つくもちゃん。自己紹介で言ってた趣味以外に何か興味のあることってないの?」
と、凜さんが突然、話題を振って来る。
確かに自己紹介で発言した「食べることと寝ること」だけだと無趣味にしか聞こえない。女子高生的には不味いのかもしれない。けど、異界迷宮のことは話せないし、ここは無難な話題を……。
「えと、そうですね。お菓子作りとか……」
妹の桜のリクエストで、時たま作ってあげたりするから嘘は言ってない。
「つくもちゃん凄い、趣味も見た目通り女の子らしくて可愛いね」
いえ、元男子ですけど。
「私はね、最近ドラマにハマってて……」
などと、たわいもない趣味の話で盛り上がる。知らない人と話すのが苦手なボクがクラスの女子と普通に会話とか、蒼ちゃんとの特訓の成果があったなと自分の成長を噛みしめていると、不意に横合いから声がかかる。
「すまない、少しいいかな?」
その低いトーンの声に美玖さんが、びくっと身を震わせて道を開ける。凛さんも話の輪に割り込んできた人物に目を見開く。
「蘇芳さん……?」
ボク達の会話に無理やり加わってきたのは、今朝蒼ちゃんと話題にした蘇芳朱音さんだった。
「盛り上がっているところ悪いが、あたしも一色さんと話がしたいんだ。かまわないだろうか?」
「いいも悪いもないよ! つくもちゃんは、みんなのアイドルだから独占できないって」
ちょっと待て、みんなのアイドルってどういう意味だよ?
「みんなのアイドル?」
蘇芳さんも不思議がってるけど、それが普通だからね凛さん。
「天使みたいに可愛い女の子を愛でるのはクラスメイトの女子だけの特権なんだから!」
「そうだ、そうだ」
「え……そうなの?」
二人とも開き直りやがった……一人だけ疑問形だけど。ってか、そんな特権なんて初めて聞いたよ。ホントなのか、それ?
「君たちが言ってることはよくわからないが、あたしが話しても良いってことだな」
三人に視線で合意を得ると蘇芳さんは改めてボクに向き直った。
「あたしは蘇芳朱音。自己紹介でも言ったが探宮者を目指してるごく普通の女子だ。一年間よろしく頼む」
少し口角が上がっているところを見ると蘇芳さん流の冗句らしい。全く笑えないし、蘇芳さんが普通の女子なら『普通』の定義を問い質したい。
「ところで一色さん……まだるっこしいな、つくもと呼んでいいか? あたしのことも朱音でいい」
「……いいですけど、ボクは朱音さんって呼びますよ」
ちゃん付けの次は呼び捨て……なかなか皆さんフレンドリーだな。
「かまわない。で、つくもに一つ質問があるんだが聞いていいか?」
「どうぞ」
どう考えても断れない雰囲気だ。だって、朱音さん圧が半端ないんだもの。
「つくもは隣県の出身と聞いた。間違いないか?」
「……ええ、そうですが」
何か嫌な予感がした。
「君の学校に君以外に『つくも』という男子はいなかったか?」
~~~~
あとがき
申し訳ありません。ストックが無くなったため、更新速度が
下がります。週2更新したいですが、週1になるかも……。
み、見捨てないでください(>_<)
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