第2話 変わった日常
玄関の扉を開け、陰鬱とした雨空の下へと出た。そんな中でも私、
そんな太陽みたいに光る身体であっても、雨には濡れるしそれが瞬時に乾くことはない。したがって、今まで通り傘をさして歩き始めた。
昨日の夜から降り続けていたようで、道には大小の水溜まりができている。雨に揺れる水面に自身が映るたびに、目に光が飛び込んでくる。
「うわっ、眩しい……」
下に目線を置いていると眩しすぎて視界が悪くなってしまうので、いつもと違い前を向いて歩くことにした。
すれ違う歩行者からは奇異の目が向けられ、時折小声で、眩しっ……というやっかみにも聞こえる声が聴こえてきた。
早く学校に着いてしまおう。そう思い、普段の歩幅から少しスライドを大きくし、脚の回転を速くして歩いた。
◎◎◎
やっと校門まで着き、門前に立っている教師に挨拶をする。挨拶をする時も、うお……という声が聴こえてきて、なんだか悪いことをしているように思えてしまい、気を落とす。
その後、いたって普通の挨拶を交わし校門を後にする。校門から遠ざかり昇降口に近づくにつれて、先ほどの教師の心から漏れた声に対し、沸々と怒りが湧いてきた。
突然なってしまったこの身体。私自身原因さえ分からないのに何故文句を言われなければならないのか……。でも、本番はこれからである。
昇降口へと着き、傘の水気を払って畳んでいると、その時居合わせていたほぼ全ての生徒達の視線が、私に集中した。
じめじめとした今日という雨の日。そのただ中で煌々と周囲を太陽のように照らす人間がいるのだ。無理もない。
いえば私は、路地裏で育っていたコケ達に突然カンカン照りの太陽を浴びせているようなものなのだ。
……気まずい。
そう思いなるべく早くその場から立ち去りたかったので、素早く自身の下駄箱へと靴を入れ、早足で教室へと向かった。
階段を登り、四階。その踊り場のすぐ近くにある私とみんなの教室である25ホームルームへと滑り込むようにして入る。
しかし昇降口でうけた奇異の目と同じようなものを、クラス内でも受けることとなった。
もともと私とは教科担当や配布物、連絡事項のようなある種の業務連絡でしか話さないような仲の人しかいないからだろう。クラス内のほぼ全員が、目を伏せ近場の人とヒソヒソと話し始める。
今この身体になって、無理やりにでも交友関係を築いてこなかった当時の自分を呪った。
そんな目線と密談から漏れる言葉の刃を交わしながら、足早に机へと向かっていく。そして精一杯の力で椅子を引き、席につく。
ああ、早く帰りたいなぁと感じつつ、それでも高校生活を続けていかなくてはならないので、授業の準備をする。幸いなことに勉強だけは出来るのだ。勉強だけは!
そんなことを考えつつ一番後ろ、窓際の自席に着いていると、横から今まで通りの気配が近づく。
「や、おはよう」
「あっ……おはよう」
高校生活やその先の進路のことを考えてこうして登校をしている……と、いうのもあるが。
私が前から気になっている一人の生徒がいる、というのも登校をする理由の一つであったりもする。
私の眩しさを気にすることなく隣の自席へと座る彼は、どうにも掴みどころのない人間である。
そう感じたのは去年の時のこと——
◎◎◎
一年の九月。人付き合いが苦手で特に趣味も無く、勉強だけは出来るというなんの面白みもない人間だった私は無事、孤立していた。
嫌われている、というわけでもなく単純に仲良くするメリットや楽しさが見出せないからだろう。クラスでみんなが仲の良い人と集まっている中、私だけが一人机に向かって勉強をしていた。
顔に出したことはないが、そんなみんなが羨ましかった。
仲間との何でもない特別な日常。それぞれの趣味を心一つに追いかける人たち。みんなみんな、その一日、その人生にある種の光を持っていた。
でも私は持ってない。だから明るくなりたかったのだ。
そんなことを考えていると、どうやらそのことが口に出てしまっていたらしい。私が気付かぬうちに、誰かが近寄ってきた。
「明るくなりたいの?」
「……へ?」
「いやだって、そうやって言ってたし……」
「……もしかして、口に出てた?」
「うん。ボソッとだから他の人には聴こえてないだろうけどね」
「うわぁ……」
そうしてその声をかけてきた男子生徒に目もくれず、頭を抱えた。その側で彼は小さく笑った。
それが黒田君との出会いである。
それ以降もたまに話しかけてきては他愛もない会話をして終わる。こんな私と話していてなにが楽しいのだろうか。
でも、ある一言から黒田君を明確に不思議に思うようになったことがあったのだ。
いつものように話していると、まるで呟くように、私に言った。
"夜風の少女"、と。本当に小さく。
単なる呟きであって私に対するものではないのかも知れない。でもあの時感じた不可思議さを、今でも私は彼に探しているのだ。
◎◎◎
四限まで終え、昼休みになった。
前日から来ている私に対応するためか、このクラスに来る教師達はサングラスをかけていた。確かにクラスの一番後ろが光り輝いていたら、教師としては面倒なのだろう。
他の生徒たちも特に気にしていないようだった。いや、実際には気にしないようにしたいだけなのかも知れないが。
幸い私は一番後ろだ。誰かの網膜を激しく消耗させるようなことにはならない。問題があるとすれば……。
「日野さん」
「ん?どうしたの?」
そう。横の黒田君である。ほぼ真横からこれだけ強烈な光が来たら、並の人間ならば授業に集中できないだろう。
もしかして……何か文句だろうか?だとしたら私は間違いなく敗訴である。控訴も上告もあったものではない。
そう考えて少し身構えていると、黒田君は話を続ける。
「日野さん、身体光ってるじゃん。太陽みたいにさ」
「う、うん……」
やはり、告訴か……!?
「日野さんが明るいお陰で授業寝なくて助かったよ~。ありがとう」
「へっ!?あ、いやぁ……そりゃどうも……」
そう言ってあくびをしながら、黒田君は何処かへ消えてしまった……。え、それだけ?
「はあぁぁ……!」
ちょっとした緊張感から解き放たれた私は、大きなため息をついてしまった。
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