夜風の少女、太陽になる。

ベアりんぐ

第1話 夜風の少女、太陽になる。

「なんじゃああぁぁぁこりゃあぁぁぁ~!!!」




 多分、家の中だけじゃなく近所にも聴こえていたと思う。


自身の咆哮による耳の劈き、鼓膜のふるえる感覚と沈黙のうるささに呆然としていると、自室の扉が開く音がした。




「朝からなに——うわっ!?まぶしっ……!」


「たいよおぉ……!!!!!」




 扉の向こうから現れた弟の太陽たいようが、部屋に入るなり手を顔の前にかざし、目を細めてこちらを見る。


それがどれだけ嬉しかったか!朝起きたら意味も分からず自身の身体が神々しく、と言うより暴力的な光を無差別に刺すように輝いていたのだから。


自分だけではどうしようもない現象に、自分以外の人間が来てくれるというだけで安心するのだ。




「何が起こってんのさ……」


「分かんない!何これぇ!?」


「本人が分かんなくてどうするのさ……あと、テンションおかしい。ちょっと落ち着いたら?」




 目を閉じてこちらを向く太陽の言葉によってようやく、自分がパニック状態にあることを自覚する。


ひとまず落ち着くために深呼吸をする。


鼓動の音がうるさい。息がまるで入ってこない。しかし続ける。段々と自分の中にあった音が世界へと帰っていき、そうすると自然に落ち着き、我に帰った。




「落ち着いた?」


「……うん、落ち着いた」


「とりあえず、何で?」


「本当に分からない……あ。下、降りなきゃ」


「学校あるしね」




 今思えばこの時、私は普通にパニック状態が継続されていた。太陽もパニック状態だったのだろう。でなければこの状態で学校に行くという選択肢にはならないだろう。


そんな乱心の中、互いに部屋を出て階段を降り、リビングへ通ずる扉のドアノブを手にかけて、部屋に入る。




「あ、おは——まぶしっ!!ちょ、アンタなにそれぇ!?」


「おはよう」


「おはよう母さん。なんかあって緋奈ひなが太陽になった~」


「はあ!?な、ん、……意味が分からん!!」




 母さんパニくってる……。それもそうである。ごく当たり前の反応だ。




「と、とりあえず!びょういん、病院行きましょ!」


「え、でも学校——」


「この状態で学校もクソもないでしょっ!」




 あ、それもそうか。


こうして私は学校を休み、無事(?)病院へと連れて行かれるのでした。めでたしめでたし。














         ◎◎◎














 ……というのが、三日前の出来事。


私は普段と変わらない日々を過ご——せるはずもなく。今までの生活とは何もかも全く違う生活を強いられることとなった。


 カーテンから漏れ出る朝の光を感じ、そしてけたたましく鳴る目覚まし時計を止めて、私の一日は始まる。


前と変わらない、ベットと勉強机と本棚だけが置かれた私の部屋が目に映る。これといって特徴のない、本当に特徴のない部屋である。


家具や家電が売っている場所に行ったことのある人ならば見たことがあるだろうが、大抵一部屋をモデリングした展示というものがある。私の部屋はそれよりも特徴がないといって間違いないだろう。


 目覚めて布団を内からめくり、伸びをする。実に朝、といった雰囲気だ。そこでようやく、ある一つのことに気づく。




「あ……今日雨じゃん」




 漏れ出て届く朝日を感じたのではなく、自身の光に朝を感じていたのだということを。


特に意味のない気づきに一人でうなずき、ベットから出て廊下に繋がる扉のドアノブへと手をかける。


廊下に出て、朝特有の独特な寒さを感じながら、リビングへと繋がる階段を降りていく。


リビングへ行くと、既に起きて朝食の準備と洗濯物を干す作業を同時にこなす母さんがいた。こちらに気づきしかし、こちらに目を向けることなく朝の言葉を言う。




「おはよう。相変わらず眩しいままね……。ほら、早くこれ食べちゃいなさい」


「はーい」




 三日も経てばある程度人は慣れるなのだろうか。今までと特に変わらない、ある種のルーティンのようにそう言った。


まず顔を洗うために、洗面台へと向かう。鏡に映る光源に目を細めながら、蛇口を捻る。


優しく落ちていく水を両手で遮り、小さな湖畔を作る。それを太陽に向けて放つ。一回、二回。


濡れた顔をタオルで拭き、身支度をする。といっても、特にメイクやケアをすることもないのですぐに済み、ダイニングテーブルへと向かう。


 テーブルの上にはなんてことない、しかし温かみを持った朝食があった。椅子に座り、朝食に向けて手を合わせる。




「いただきます」




 そうして食べ始め、もうすぐ終わるかなという所で弟の太陽が寝ぼけた様子で起きてきた。




「おは——……うわっ、眩しー」


「おはよ~」


「おはよう太陽。とっとと朝ごはん食べちゃいな」




 はーい、という生返事をしながら洗面台へと向かう弟の顔には、私の光を疎ましそうに見る色が浮かんでいた。むしろ、私のおかげで目が覚めたことに感謝してほしい。




「ごちそうさま」




 静かにそう告げ、食器を片付け始める。食器や水に映った自分が眩しくて、食器を落としかけたことは秘密である。


もう一度洗面台に移動して、歯磨きをする。鏡に映っていると眩しすぎて何が何だか分からなくなってしまうので、歯を磨きながらリビングへと移る。


歯磨きをしながら制服へと着替え、荷物のチェックをする。と言っても、今日は折りたたみ傘の準備をするぐらいだ。


 そうして身支度を終え、うがいをし、玄関へと向かう。さあ、これから学校だ。




「行ってきます」




 そう言って玄関の扉を開け、家の外へと姿を顕現させた。

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