第5話 死に損なった人々
《side ???》
『最近なんか地上から音がしない?』
『不発弾かなんかでしょ。地上に生命がいるわけ無いし』
『また地殻変動の前兆とかかもね』
『それだったらやべー』
『前回は亜細亜ブロックが大分消えたんだっけ?』
『あの辺元からプレートエグいからなあ』
近隣のケーブルで繋がったシェルター間だけで繋がるチャットで、数人の人物達が会話している。
それを見ていた少年は、ふと気になってコメントをした人に質問を向けた。
「『音が聞こえるって言った人、音ってどんな感じの音?』」
その質問に、相手もやることがなく暇をしていたのだろう、コメントがすぐに帰って来る。
『いや、わかんね。でも不発弾とか雷とかでは無いと思うんだよな』
「ふーん……」
以前青空の写真を眺めていた少年は、まだ地上に再び人類が立つ事を諦めていなかった。
他の諦めた者たちと違って、まだ地上に人類の文明を取り戻すのを諦めていない少年は、どんな些細なことでも、手がかりになりそうなものなら何でも試し、調べるつもりだ。
逆に言えば、どんな些細な手がかりでも飛びつかなければならないぐらい、今の少年に出来ることは無かった。
だから、何か物音が地上からする、という他の人の言葉を聞いて興味を寄せたのである。
そしてついでに言うならば、少年には他の者達と違って、地上を確認するための手段が1つだけ残されていた。
「『俺のシェルター、遠隔作業用のロボットが何体か残ってるから地上の確認行かせてみるわ』」
その少年のコメントに、多くの反応が帰って来る。
『まじで?』
『あーそんなんあったな。シェルター備え付けのドローンみたいなのうちにはあるわ』
『まじか。うちはそんな洒落たもの無いぞ』
『でもどうやって地上に出るの。放射能やばいぞ? 穴なんて掘ったら確実にお陀仏だ』
それらのコメントが機械的な音声で読み上げられるのを聞きながら少年は、探索用に使うロボットの準備を始める。
人型作業用ロボットという名前を冠したそれは、大量の放射線下や高熱、極寒の場所など人類の作業が困難な場所での活動を遠距離から行うために作られたものだ。
おおよそ人の骨格をある程度参考にした内骨格に、人の肌より頑丈な合金と衝撃を吸収するためのシリコンが内部に仕込まれた外部装甲。
先に逝ってしまった主人公の両親がそれに関わる仕事をしていなければ、とても少年が手にすることは無かっただろう高級品だ。
「それよりも高級品、なんだよな」
そう呟きながら少年はロボットの設定と起動を完了して、操作用のディスプレイやコントローラーとロボットをリンクさせる。
そしてその視界の映像を、ケーブルを通して近隣のシェルターの人達が見れるように映像の配信を開始した。
『お、映像ってお前なんだそのすげー設備!?』
『……どっかのガレージか研究所だったのか?』
「そそ、研究所。親父とお袋が研究員でさ。ミサイルが一斉発射されたときに俺だけここに放り込んで出てったまま帰ってこなかった」
少年のまだ幼い声から語られるシリアスな内容に、チャットが一時的に沈黙する。
そして少年への励ましの言葉が流れ始めた。
『それは、辛いなあ』
『よく生きてるよお前は』
「ありがと。でもその分、俺は出来る限り足掻くって決めたからな。電波塔が逝ったときには流石に諦めかけたけど。物音がするっていうなら、何かがある可能性にかけて確認ぐらいしにいく。というか今のところそれしか出来ん」
ネット環境が亡くなった結果、出来ることが無くなった少年のヤケクソと言っても良い挑戦。
そしてそれは、ケーブルの向こうの知人達もおそらく承知していることだろう。
今の地上で、生命が出歩くことは有りえず、故にこの物音もまたくだらないことなのだろうという諦観。
それでも、このじわじわと死に向かっていくような空気が少年には耐えられなかった。
自分に出来る何かをやりたかった。
放射能汚染によって地下に押し込められた人類が、まだ何か出来るのだとあがきたかった。
『いやーでも今回のはあっても機械の誤作動とかだろ』
『期待できるものが何も無いんだよな。今の地上は。可能性はゼロオブゼロ』
『まあ、自分に害が無いなら良いんじゃないか?』
「もう本当にくだらない希望にすがりたいぐらいには、絶望的な状況だろ?」
少年の言葉に、チャットが静まり返る。
チャットで知人たちと騒ぐことで皆が目を逸らしてきたもの。
地上に残っていた電波塔も崩壊し、後は食糧不足で死ぬか水不足で死ぬかそれ以前に病気か老衰で死ぬか。
既に全ての者達には、その選択肢しか残されていないのだ。
いや、あるいは1つだけ別の方法があったか。
自ら命を絶って絶望から逃げるという方法が。
『まあ、そやな』
『なんか奇跡でも起こって、地上に出れるようにならんやろか』
『奇跡が起きても放射線がなあ……いや、ここで後ろ向きなのはいかんな。頑張れ少年』
「うん。ちょっと見に行って見るわ」
そう告げた少年は、ロボットの操作用のヘッドマウントディスプレイを被り、幾重もの防壁を通り抜けて、地上へと繋がるエレベーターへとたどり着いた。
これが生きているということは事前に確認済みだ。
1つ2つと息を吐いて心を落ち着けると、少年は地上に向けてエレベーターを上昇させる。
待っているのは希望か、それともくだらない諦めか。
万にひとつもない何かの可能性を望んだ少年は、その日。
生まれて初めて、青い空を見た。
「うわぁ……すげぇ……」
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