第26話 窮地

『身体的損傷ダメージ86%。欠損カ所無し。ただし、内臓機能に生命活動が困難な程の甚大な損傷あり。緊急事態につき《魔ギア》を解除。全魔力を生命維持、および治療へと移行します』


 これまでよりも随分と早口になっているAIの声が流れる。余程、今の俺の状況が芳しくないのだろう。

 それでも意識はある。

 頭が割れる様に痛み、身体は指一本動かすことが出来ない。

 全身を強い重力で圧し潰されているかのような感覚があり、このまま地面に沈んでいってしまうのではないかとすら思ってしまう。


 仰向けに倒れた俺の視界の先では、【力天使ヴァーチェル】が様子を観察するように静かに浮かんでいる。

 《Icarusイカロス》の権限を俺に移していたことで、前回のように自動オートでの衝撃減少が出来なかったのだろう。


「――ゴボッ!!」

 胃から込み上げてきた液体が口から溢れ出す。

 熱く、口の中に酸味の広がる赤黒い血液。


『……何故ですか?』


「な……が……」

 酷く掠れ、力無く消え入りそうな程に弱弱しい声。

 俺は自分の口からそんな声しか出なかったことに驚いた。


『何故あのような馬鹿な真似をしたのですか?あの攻撃を回避してしまえば、確実に決着していました。それなのに、何故あのようなことを?』


「あ……ま……を……」

 必死で声を出そうとするが、口が上手く動かず、まるで言葉にならない。


『現在あなたの身体の治療を行っていますが、おそらくは無駄に終わるでしょう。【力天使】の残存エネルギーは減少しているといっても、今の裸同然のあなたを消滅させることは容易いですから』


「そ……わ……」

 それは解っている。でも、それなら何故あいつは追撃してこない?

 何故こちらの様子を伺っているんだ?


『せっかく現れた適合者だったのですが……。ここで失うのは非常に残念です』


 すでにAIの計算上での勝率は0になったようだ。

 それでも治療を続けてくれているというのは、ここまでやってきた俺への義理のようなものなのだろうか。



「お前は 何者だ?」

 突然聞こえてきた若い男の声。

 辺り一帯に響き渡るほどのエコーのかかった大きな声。


「な…あ……。しゃべ……れ……」

 誰の声かなんて考えるまでもない。

 空に浮かぶ巨大な天使が俺に向けて話しかけてきているのだ。


『天使たちに声帯という器官はありません。人型の天使の姿をしていますが、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚等を部分的な器官が受け持ってはいません。ああいう形をした、一つのエネルギー生命体ですので。ですからあれは話すというよりも、天使工的に空気を振動させることで音を伝えているのです。どちらかというと楽器に近いですね』


 AIは俺が何を言いたかったのかを察して説明してくれた。さすがは高性能だ。

 ただ、天使工的という単語は初めて聞いた。人工的でも良くないか?


「お前のその力は 科学によって生み出されている お前が「Angelorumアンゲロルム inimicusイニミクス」なのか?」


『違います。「Angelorumアンゲロルム inimicusイニミクス」は私です』


 自分から名乗ってどうする。それに、お前の声は俺にしか聞こえないだろうに。


 返事を待っていた【力天使】だったが、俺の状態を見て、返事をすることは無理だと悟ったのか――


「……今のお前からは何の力も感じない だが 回収して解析をする」


 そう発すると、ゆっくりと俺の方へと降り始める。


『勝てないのが解った後もすぐに撤収しなかったのは、どうやら捨て身で《魔ギア》の力を測定するつもりだったようですね。それにこの場で殺すつもりもないようです。それならば声帯を優先的に回復させます。何とか会話で奴の気を引いて時間を加勢でくれれば、その間に逃げられる程度まで回復させられます』


 逃げる?その後のこいつはどうなる?

 俺を追ってくるのか。それとも素直に元の世界に帰ってくれるのか。

 最悪なのは、俺が逃げ切った後に、そのままこの世界に残って殺戮を続けるというルート。

 完全に回復して再び戻ってくるまでに、あの街は跡形もなくなっているだろう。


『声帯の回復完了。身体機能の70%はまだ損傷していますので、決して動かないでくださいね』


「……あ、あああ」

 さっきまでとは違って、はっきりと話すことが出来る。

 会話で時間を稼ぐ……。

 そもそも上手く乗って来てくれるんだろうか?




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