第21話 計算外

 縦に真っ二つになった天使は、その断面から闇に浸食されていくように消滅した。

 そして振り抜いた黒剣を左下段に構え、右手側にいた天使へと間髪入れず突撃する。


『高出力のエネルギー弾の発動波動を確認。回避することを推奨します』


 頭の中に聞こえてくる警戒を呼び掛ける声。

 しかしその声を無視するように、俺は一直線に天使へと向かう。


『エネルギー弾の軌道演算完了。《Icarusイカロス》の権限の一部を用いて回避します』


 天使の胸の辺りが一瞬強く輝いた瞬間、俺の身体がくるりと回転し、すぐ目の前を何か光の矢のようなものが通り抜けていった。

 そしてそのまま懐まで入り、天使の右の脇腹辺りから一気に左の肩口へと斬り上げた。


「もう少し安全に回避出来ないのか?髪から焦げたような臭いがするぞ?」


『十分に安全だという確信の下で最小限の回避を行いました。

 それよりも、まだ残っていますよ?』


「分かってるよ!!」

 天使が消滅するのを確認することなく振り返り、俺は最後の一体となった天使へと向くと、すでに天使の身体の周りに十を超える光の球が浮かんでいた。


『威力ではなく、数で当てに来ようとしているようですね』


「見りゃあ分かる。躱せるか?それとも盾で受けるか?」


『この距離でしたら回避は可能です。軌道の演算結果を逐次送信します』


「OK!!」


 光球からレーザーのような光線が放たれる。

 それを首をずらして躱す。

 次の一射が俺の胸元を狙っている。

 それも身体を捻って躱す。


 次から次へと放たれる光線。

 しかし、次の光線がいつどこから、どこを狙って飛んでくるのか、その全ての情報が俺の頭の中に流れ込んでくる。


 躱す。

 躱す。

 躱す。


 百を超える光線が俺に掠ることもなく、通り過ぎていく。撃っている天使にしてみればすり抜けていると思っているんじゃないか?ってくらいにギリギリのところで最小限の動きで躱し続ける。


『自分も同じような事をやってますよね?』


「お前に倣ったんだよ!」

 そんな軽口を叩いている間に、徐々に光球の数が減っていっていた。

 これなら距離を詰められる!


『まだ早いかと――』


「いける!!」

 残りの光球が三つになった時、俺は天使へ向かって飛翔した。


 向かってくる俺に三つの照準が一斉に向けられたことが伝えられる。


『距離が近すぎて回避行動が間に合いません。回避出来る確率は0.364%。《Aegisイージス》を発動――』


「いらん!!」


 三カ所からの狙撃線が俺に集まる。

 瞬間、視界全てが白に包まれたような眩しい光。


 三点の光が集中し、いずれ一点へと収束するその刹那へ――


 白い空間を斬り裂くような黒の斬撃。

 これまでひたすらに鍛え上げてきた神速の一刀。


 黒剣の一閃に光は鋭利に斬り裂かれ、周囲に弾け飛ぶ光線のエネルギー。

 そして闇の波動を纏った真空の凶刃は、その空間すらも超越したかのように、先に居た天使の身体をも見事に切断した。


『……あまり私の計算を超えるようなことをされては困ります』


「お前が攻撃のタイミングを計算して教えてくれたから出来たんだぞ?」


『それでも人類が光を斬ることが出来たなんて記録は私には残されていません』


「お前、成長型AIなんだろ?新しいことを知って成長出来たんだから良かったじゃないか」


『そういうことではないんですけどね……。でも、今はそういうことにしておきます。まだ敵は残っていますから』


 俺の戦いに手を出すことも無く見ていただけの【力天使ヴァーチェル】。一応は常に警戒をしながら戦っていたんだけどな。


『おそらく、天使を使ってこちらの戦力分析を行っていたんでしょう。奴は最初から「魔ギア」の存在に気付いていましたからね』


「味方を犠牲にしてまでか?」

 上下関係はあるにせよ、さっきの天使だって味方なんだろう?


『味方というのは少々違いますね。自分の細胞を用いて創り出した分身というのが下位天使の――いや、あの【力天使】すらも、【熾天使セラフ】の細胞から生み出された分身体なのです』


 つまり自分の分身だから犠牲にしてるわけじゃないってことか?

 どっちかっていうと、味方というより親子みたいな関係に思えるんだが……。


「まあ、感情があるのかどうかも分からない奴らのことを考えても仕方ないか」

 せめて痛みの感情くらいはあってもらわないと困るけど。


『ありますよ?天使たちにも感情は』


「ああ、そういえば俺の事を睨みつけてきてたっけな。怒りとか憎悪とかはあるのか」


『それもありますけど、今一番【力天使】から感じ取れる感情の波動は――



 「恐怖」



 ――ですね』



 成程。

 一応は俺の事を脅威には感じてくれてるってことね。


『次は私たちと戦ったことを「後悔」させてやりましょうか』


「ああ、それともう一つ――」


 これまでに二つの世界の人類の味わった――



 絶望もくれてやるよ。




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