第20話 超越
「何が起こったんだ……」
突如として街の上空を覆った闇。
その虚空を見つめながらカインは呟く。
一瞬だけ聞こえたかのように思えた歌声すらも、その深い闇に飲み込まれてしまったかのように思えた。
「おいおい……
ムルティとその仲間たちもカインと同様にポカンとした顔で空を見上げていた。
そして、その闇の帳が一点に向かって収縮していく。
空全体を覆っていたかのように思えた闇は、徐々にその円形の形を光の中に浮かべはじめ、その姿は日中に見える皆既日食の様に見えた。
やがて完全に闇は姿を消し、強い光を放つ三つの球体が再び姿を現した。
「悪魔が消えたわけじゃないのか……」
「……アベルさん」
「カイン?」
カインの声に、腕を掴んでいたハンスが反応する。
一点を見つめるカイン。ハンスはその視線の先へと注意を向ける。
闇が集束した場所に微かに見える黒点のようなもの。
距離がある為か、その黒点自体が小さいからなのか、それが何なのかはハンスたちには分からなかった。
「まさか……あれがアベルさんだというのか?」
「間違いない!あれはアベルさんだ!やっぱり生きていたんだ!」
「カインしっかりして!そんなわけ――いや……ごめん……」
サレンは自分の失言に気付いて視線を落とす。
アベルは自分たちを逃がすための犠牲になった。それはアベル自身が望んだことではあったが、だからといって見棄てたという事実が消えるわけではない。カインだけでなく、ハンスもサレンも同じように重い業を背負っていた。
だからこそ、この非常時において、カインがそう言い出した――生きていて欲しかったという気持ちが痛い程理解出来た。
「でもね、あれはアベルさんなんかじゃないわ。いいえ――そもそも人間ですらない。だって人は空を飛べないもの……。それにこんな距離じゃ何にも分からないでしょ?」
「アベルさん!」
「あ――」
「うおっ!どうした!?おい!カインどこへ行くんだ!!」
それは一瞬の隙だった。
カインを落ち着かせようと掴んでいた腕の力を抜いた瞬間、カインはハンスとサレンの腕を振り払って一気に駆け出した。
そして、一度は今生の別れを躱したムルティたちの横を見向きもせずにすり抜けて、火の手の上がる街の東方面へと走っていった。
「なあ、あのすっげえ睨んできてるのが本当に天使――「悪魔族」なんだよな?」
空中に浮かぶ三体の天使。
神々しくも光り輝く翼に、美しく整った容姿。身長は約三メートル程と大きいが、前世の記憶にある天使の姿と酷似している。つまりあいつらが天使に間違いはなさそうなのだが……。
これが本当に厄災を撒き散らすと言われている「悪魔族」なのだろうか?と。
『間違いありません。目の前にいるのが下位三体に属する「
何か想像しているのと違っていましたか?』
「いや、見た目は想像通りなんだけど、こいつらがそんなに恐ろしい生き物だと感じないんだ。俺の感覚が麻痺してるのか?それともお前が恐怖心を感じないように改造したのか?」
『その答えはNOです。私はあなたの精神面に関しては一切の干渉を行っておりません。
しかし、何故あなたが恐怖を感じていないのかについての私なりの回答はあります』
「それは?」
『簡単な事です。あなた自身が本当に天使に対して恐怖を感じていないからです』
「それが答え?」
『YES。あなたは目の前に三羽の小鳥が飛んでいたとして怖いと感じますか?
つまりそういうことです』
「なるほど――理解した。じゃあ、まずはこいつらを手っ取り早く片付けて、その【
『街への被害を抑えるのであれば、魔法による遠距離攻撃よりも、武器による近接戦をお勧めします』
「だな。サブCode《
『サブCode《
右手に現れたのは闇のような漆黒の刀身の両刃剣。
それを両手でしっかりと握り、天使の一体を目標に定める。
『再び天使たちのエネルギー量の上昇を確認しました』
美形が台無しだと思う程に顔を歪めて睨みつけてくる天使たち。
本気で起こっているのか、それとも恐怖しているのか――
しかし、今の俺にはそんなことはどうでも良かった。
今の俺の心を占めていることは――
クレイヴ・ソリッシュ。
確か光の剣とかって意味じゃなかったか?
そんなことを考えながら、真逆のようにしか見えない黒剣で、目標の天使の身体を頭から真っ二つに両断した。
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