第10話 持ち得ぬ者

 この世界において絶対的なものがある。

 それはレベルでもステータスでもなく、その全てを生かすために用いられる魔力だ。

 前世の記憶を持つ転生者である俺も当然魔力を持って生まれてきた。

 剣と魔法、そして魔物に魔族のいる世界。レベルもあればステータスも表示されるゲームのような世界。記憶が蘇った俺がどれだけそのことに興奮したか、かつての日本で生まれ育った者であれば想像するのは容易いことだろう。


 過酷な世界ではあったが、俺の持つ前世の知識がきっとチート級に役立つのだと信じて、兵士ではなく、ダンジョン探索を生業とする探索者になるべく修行を重ねていった。

 しかし――


 その挫折は思いのほか早く訪れた。

 俺には魔力があったが、それを扱うことが一切出来なかったのだ。


 ならば魔法を諦めて剣士として生きればいいじゃないかと思うかもしれない。

 だが、この世界において、魔力が使えないという事は致命的だったのだ。


 魔力は魔法を使用するのに必要なだけではなく、スキルであったり、装備品やステータスにすら影響を及ぼす。

 例えば、俺の今のレベルは二十八。これは今いる街の探索者の中でも上位に位置する。

 そしてカインのレベルは二十二。探索者となって二年の新人としては目を見張るほどのレベルであるが、それでもステータス上は俺の方が全ての値で上回っている。

 しかしこれが戦闘となると、俺のステータスはそのままなのに対して、カインのステータスは全てが二倍ほどに上昇する。更に補助魔法のバフを受けることで、素ステの約三倍ほどとなる。更に更に、その上昇したステータスをもって放たれるスキルは更にブーストが掛かり、威力を増した一撃は、俺のことなど虫けらの如く叩き潰してしまうだろう。


 体内の魔力を扱うことが出来ない俺には、その魔力に働きかけて効果を発揮する補助魔法も治癒魔法も効果がない。

 つまり、俺は自分のステータス以上の戦闘力を持つことが出来ないし、怪我をした時でもポーション以外の回復手段が無いのだ。


 これから如何に修練を積みレベルを上げようと、如何に卓越した剣技を極めようと、俺の一撃が生涯カインに届くことはないだろう。

 それでも探索者の道を諦めることが出来なかった俺は、更に修練を積み続け、己のステータスだけで生き抜く技術を収めようとしたのだ。


 しかし、その努力もあっという間に頭打ちを迎え、俺はここ数年、新人探索者のレクチャー係として落ち着いてしまっていた。


 大きな成果を上げることも無く、魔力が全く扱えない為に強力な魔物と戦う力も無い。


 それが俺が陰で欠陥品と呼ばれている由縁だった。




「――ガアァァァ!!」


 左腕に激痛が走り、俺の視界が大きく揺れる。

 身体が重力に逆らうように浮き上がり、そのまま高々と宙に舞った。


 俺の攻撃はヒュドラの核を破壊するには届かなかった。

 しかし逆にヒュドラの牙は俺に届いた。

 ほんの少しでも魔力を扱うことが出来ていたなら、この結果は変わっていたかもしれない。


 前腕部に焼けるような激しい痛み。

 大きな前歯の直撃は避けることが出来たようだったが、それでも側歯の一本が俺の腕を貫通するように鋭く食い込んでいた。


 ヒュドラはそんな俺を弄ぶかのように振り回し、地面に何度も叩きつけた。


 叩きつけられる度に意識が遠のきそうになるのを必死で堪える。

 すでに噛まれている腕の感覚は無く、逆に腕以外の全身がバラバラになったかのような痛みがあった。


 俺で遊ぶことに飽きたのか、それともいよいよトドメを刺す気になったのか、何度目かの振り上げの時、俺の体がヒュドラから投げ出されるように離れた。

 朦朧とする意識の中で、上下すらも認識出来ないまま飛ばされ地面へと落下。そのまま転がるようにして壁へと激突した。


 唯一の武器も失い、これ以上ヒュドラと戦う術は俺には残されていない。

 それでも俺の本能は最後まで抗おうとポーションの入った魔法鞄へと無意識に手を伸ばした。

 そして気付いてしまった。

 俺の左腕は肘から先が完全に欠損しており、そこからは大量の血液が失われている最中だということに。


 全身の力が抜ける。

 それは身体が死を迎えようとしてのことなのか、ポーションなどでは回復不可能だと心が死を受け入れようとしたのかは分からない。

 静かに目を閉じ、俺の意識はゆっくりと暗闇の中へと落ちていく。



『以上で最終選考を終了します』


 意識が消える最後の瞬間、あの優し気な声が聞こえた気がした。



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