第7話 惜別

「クロード!お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか!!」

 カインがクロードの襟首を掴んで締め上げる。


「カイン止めろ!」

 俺はその腕を掴んで離させようとしたが、その俺を腕をハンスが先に掴んで止める。


「何を――」

「アベルさん。今回は俺もカインと同じ気持ちです」

「私もです!」

 サレンもクロードを睨みつけながらそう言った。


「おい!離せよ!」

 結局、クロードの仲間が二人の間に割って入る形で引き離される。


「……ごほっ!ごほっ!……クソがっ!」

 敵意剝き出しの表情でカインを睨みつけるクロード。


「テメエら良い子ぶってんじゃねーぞ!どうせ心の中じゃ同じこと思ってんだろうが!」

「何だと!!」

「止めろ!」

「アベルさん!でも――」

「良いから!お前たちの気持ちは嬉しいが、ここはクロードの言っていることが正しい」

「アベルさん!」

「ほら見ろ!この人が一番良く分かってんだよ!自分がここに残るのが最善だってな!」

 選別者というのが何なのかは分からない。しかし、どうやらヒュドラの標的は俺一人に移ったようだ。それなら俺がここでこいつを引き付けている間に全員が脱出するのが最善だと思う。クロードはその事に一早く気付いたに過ぎない。もしクロードが言わなければ俺が言い出していただろう。


 ヒュドラは動くことなく俺だけを見ている。すでに他の者たちへの敵意も興味も失ってしまった――いや、最初からそんなものは無かったかの様にすら見える。


「よく分からないが、こいつは俺だけが目的みたいだ。お前たちはゲートから脱出してくれ」

「ほら!選ばれなかった俺たちは早く出ようぜ!」

「カイン、俺は大丈夫だから」

「……」

「ハンス、サレン。カインを頼む」

「……分かりました」

「おい!」

「カイン!アベルさんの気持ちを無駄にするな!」

「でも……」

「おい!俺たちは先に行くからな!」

 クロードはそう言って嫌な薄笑いを俺に向け、ヒュドラの開けたスペースへと向かっていった。

 ヒュドラは近づいてくるクロードたちにまるで反応することもなく通過を許した。


「行こう、カイン……。今の私たちには……それしか出来ないのよ……」

 クロードたちが離脱してしまった今、この場のメンバーだけでヒュドラをどうにか出来るとは思えない。そして、自分たちまでいなくなってしまえば、残された俺が生き残れる可能性は無くなるということをカインたちも理解している。

 それでも、全員がここで死ぬよりは全然良い。

 俺は前世の記憶があるから、この人生はいわば二回目。おまけのようなものだ。

 なら、ここでこいつらを巻き添えにする必要なんて無い。

 人生のエクストラステージで脱落した。ただそれだけのことだ。


「……アベルさん。せめてこれを……」

 カインが魔法鞄マジックバックからありったけの治癒ポーションを取り出して渡してきた。


「……ありがたく頂いておくよ」

 俺がヒュドラと戦うことになった時、これが何かの助けになることはないだろう。そもそもそんなレベルには俺はいないのだから。しかし、俺は出来る限りの笑顔でそれを受け取った。


「さあ、早く行け。そしてこのダンジョンの事をギルドに伝えてくれ。危険度Sに指定されるべきダンジョンだったと」

 通常Aランクまでしかないダンジョンの危険度。しかし特例的に設けられる危険度Sというのがある。これは、特殊な解除不可能な致死トラップが複数仕掛けられている、上級探索者でも打倒不可能と思われる魔物が生息している、ダンジョン内部の環境が極度に過酷であるなど、通常のダンジョンとは比較にならないほどの危険性を秘めたダンジョンに適応される。つまり、いかなる探索者であっても立ち入ることを厳しく禁止するという、まさに命懸けの試練が待ち受ける場所に適応されるものだ。


「アベルさん……。俺、待ってますから」

「ああ、必ずまた会おう」

 互いに叶わぬと分かっていながら、俺たちはそう言って握手を交わしたのだった。



 クロードたちが帰還ゲートの中に消え、そしてカインたちもこちらを気にしながら光の中に消えていった。

 最後にカインがこちらに向けて何かを言っていたようだったが、それが別れの言葉だったのか、それとも――感謝の言葉だったのか、欠陥品として生まれ変わった俺には、どちらであっても過分な言葉だと思った。




「私達はいわば二回この世に生まれる、一回目は存在するために、二回目は生きるために」

                       ジャン=ジャック・ルソー



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