第6話 選別者

「クソッ!!まただ!!」

 斬り落とした首が再生するのは三度目。それを見たクロードが口汚く吐き捨てる。

 これで三本の首がそれぞれ一回ずつ再生したことになる。

 そして戦闘が始まって十分以上が経過している。明らかに格上と分かる相手に対して最初から全力で戦っていた俺たちの消耗は、体力も魔力も相当のものとなっていた。


「この魔物不死身なのか……」

 カインの呟きは全員が薄々感じていたことでもあった。


「落ち着けカイン。こいつはそういう能力を持っているというだけだ。その能力にしても無尽蔵に使えるはずはない」

 無から有を生み出すことが出来ない以上、ヒュドラもまた何かを消費して再生しているのは間違いない。そしてそれがヒュドラの持つスキルなのだとしたら、消費しているのは魔力だ。ならばいつかはそれも限界を迎えるはず。少なくとも魔物が戦闘中に魔力を回復しているという話は聞いたことが無い。ただ問題なのは、ヒュドラの魔力が尽きる前に、こちらの魔力が尽きるのではないかということだ。


「すまない……。俺が少しでも力になれれば良かったんだが……」

 ここまでの戦闘で俺の攻撃ではヒュドラに傷一つ付けることが出来ないのは解っていた。今の俺に出来るのは、ヒュドラの気を少しでも惹いて、カイン達の戦闘を手助けすることだけだった。


「そんなことはありません。アベルさんが命がけでアイツを引き付けてくれているお陰で俺たちが戦えているんですから」

 そう言って俺を気遣ってくれるカインだったが、この中で最も前線で戦ってる疲労がその顔にははっきりと見て取れる。

 くそっ!転生者って何だよ!こういう時に何の役にも立たないとか、何の為の前世の記憶だ!



 疲労のせいか徐々にヒュドラに押し込まれ始める。

 俺たちは中央から徐々に塞がってしまった入り口側へと後退していく。

 すると、突然ヒュドラの動きが止まり、それ以上の攻撃を仕掛けてこなくなった。

 そしてそれまでフロアを塞ぐように体躯を横たえていたのを止め、まるで好きに通り抜けろと言わんばかりに進路を開けるように体を丸めた。


「……どういうことだ?」

 ヒュドラの六つの目は俺たちをじっと捉えたままだが、それまでのような敵意を感じなくなった。


『有資格者の選考を終了します。

 選別者は一名。

 これより最終選考に移行します。

 落選者は速やかに退場してください』


「何だ……今の声は……」

 柔らかな女性の声が突然聞こえてきた。

 有資格者?最終選考?

 俺たちは何かを試されていたというのか?誰に?何を?


 理解し難い現象に戸惑う俺たち。


「おい!あれを見ろ!」

 声の主を探して周囲をキョロキョロと見回していたクロードが突然声を上げる。


「まさか――帰還ゲートか!?」

 ヒュドラの遥か後方。最初に下層へと降りるゲートがあった場所に、今度は黄色に光る帰還用のゲートが出現していた。


「これは、こいつを倒さなくても脱出出来るってことだよな!」

 クロードは嬉々としてそう言ったが、本当にそんなことがあるのか?

 ボスとの戦闘中に帰還ゲートが現れる。それにさっきの謎の声……。そもそものボスの出現。このダンジョンは一体何なんだ?


「そうかもしれない。でもどうやってあそこまで行くんだ?」

 すでに助かったかのように喜んでいるクロードに、カインが冷静にそう告げる。

 ここまでの戦闘において何度か包囲しようと動いたのだが、長い胴体と、六つの目の広い視界に阻まれ、誰一人としてヒュドラの後方へ回り込むことが出来なかった。

 あのゲートから脱出するのなら、結局のところ、目の前のボスをどうにかするしかない。運よく一人が抜けて脱出したとしても、今度は残された者たちだけで脱出するのは困難となるだろう。つまり、脱出するなら、一気に全員でこの場を突破する必要があった。


「なあ……アベルさん」

 どうにか手段がないか考えていた俺にクロードが声をかけてきた。


「あいつ、あんただけを見てないか?」

「……え?」

 そう言われてヒュドラへと視線を向ける。

 左から順番に三つの顔を見ていくと、その全ての目が俺に集中していることに気付いた。


「選別者……ねえ……」


 クロードはそう言って俺に不敵な笑みを向けてきたのだった。



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