関西から来た男
水槻かるら
関西から来た男
教室の窓から見える山々に、「G」のマークを引っ提げた鉄塔が偉そうに立っている。東京都稲城市、京王よみうりランド内にあるジャイアンツ球場のものだ。
まあ学校がジャイアンツ球場の近くにあったところで、ジャイアンツへの特別な思いもなければ、野球に対する興味もなかったし、そしてそれが僕だけでなくクラスのみんなも同じであることを知っていた。でも一人だけ例外がいたんだ。もっとも、ソイツのジャイアンツに対する思いは『憧れ』や『尊敬』ではなく『憎しみ』だったのだが…
クラスの女子が被ってきたオレンジ色の帽子を「はずせ」などとのたまうソイツは、小学四年生の時の僕の担任で大阪出身の阪神ファンだった。
小太り気味で色黒でメガネのその担任は、来る日も来る日も黒金ジャージなんて着ていたもんだから、ハッキリ言わせてもらうと田舎のヤンキーにしか見えなかったし、授業参観やら何やらでかしこまってスーツを着てきた日には、ヤンキーからヤクザへのランクアップ(ランクダウンか?)だ。
その見た目の怖さときたら、僕が四年生の始業式で転校生としてやってきた時のクラスの盛り上がりを、クラスの担任教師が発表にされるや否や一撃でぶち壊すほどだった。
実際、怒った時の彼はとんでもなく怖かったが、僕やクラスのみんなは彼のことが好きだった。それは普段の彼が、とてつもなく面白かったからだ。彼は遥々大阪から笑いを届けにやってきた妖精かなんかの類なのだ。阪神を愛する関西人が、どういうわけかジャイアンツの拠点にピンポイントで飛ばされてきたのだ。なんたる奇跡。可哀想過ぎ(笑)
さて、この話は「僕と彼」の話なので、僕の話も少々しなければならない。当時の僕は、今では考えられないクソガキほどだった。小学生は高学年になってくると、やれ「セッ〇ス」だの「ア〇ル」だのといった可愛くない下ネタを覚えて使い始めるが、僕はその筆頭だった。
僕は小学三年生まで、群馬で過ごしていたのだが、そこで培ったハイレベルな下ネタを、宣教師よろしく伝えてまわって…いや、この話はあまり関係がないな。
とにかく僕はクソガキだった。僕の小学校六年間で一番使ったワードは間違いなく「(宿題は)やってきたけど忘れました」だった…
さて、ここからが本題だ。ある日、僕がリビングでくつろいでいると、母は突然こんなことを言ってきた。
「今日、保護者面談だったよ」
終わった。最悪だ。
あまりにも言われちゃまずいことの心当たりが多過ぎる。そして案の定、忘れ物が酷いということを担任からバラされていた。まあでも、下ネタの方じゃなくてよかったな…
さて翌日、朝の会で黒板の前をあっちいったりこっちいったりしながらべらべら喋っている担任の話をテキトーに聞き流していると、急に担任が僕の席のある列の前で立ち止まりこう言った。
「〇〇(←僕の名前)のお母さんには、ちゃんと忘れ物が酷いと言っておきましたからね」
人間の耳とは不思議なもので、テキトーに話を聞き流していても、自分の名前を呼ばれると即座に身体が反応してしまうものだ。
どうやら担任は、昨日の保護者面談の話をしていたらしい。僕を名指しで公開処刑しやがった担任の顔は、完全に「笑いのわの字」もないおっかない顔だった。
終わった…と思った次の瞬間、急に担任の顔が笑顔になり、こんなことを言い出した。
「でもなでもな、オチがあってん!」
話を前日に戻す。僕は母から保護者面談の内容を聞かされたが、どうやらそこでこんなことがあったらしい。
担任が母に忘れ物の話やあれやこれやを話し、面談の時間は終わり母は帰っていった。しかし担任が次の親御さんと話していると、帰ったはずの母が申し訳なさそうに教室に入ってきた。どうやら自分のトートバッグを教室に忘れてしまったので取りに来たらしい。そして母は、こう言ったのだった。
「やっぱり、私の遺伝子を受け継いでいるんですね(笑)」
なにも面白くない。なにも面白くないのだが、これが担任的には大ウケだったらしく「オチ、見つけたりぃ!」と内心ニヤニヤしていたのが容易に想像できる。
とまあそういうワケで、怖い顔から急に笑顔になった担任は、嬉々としてそのエピソードを朝の会で、みんなの前で話し始めた。
朝っぱらから母子共々公開処刑にされた僕であったが、まあ母のドジのおかげで、怒られるのを回避できたと思えば幸せなもんだ。ありがとうお母さん。そしてオチにこだわる担任と、その彼を育て上げた大阪にも、同様に感謝を述べさせて頂きたい。ありがとう!ありがとう!そして僕はこの愉快な担任と、四年生、五年生、六年生と三年間もいっしょに過ごすことになるのでありましたとさ。
関西から来た男 水槻かるら @karura00rura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
算数! 数学! 教えてタナカケン教授!最新/フィステリアタナカ
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 3話
ワークマンでヒップホップコーデを試す男新作/博雅
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます