フィニス・テールの餞に

都築綴

Prologue.


 ウェールス ウェーリタース

 ウェールス ウェーリタース 

 歌い続けよ この譜を

 ウェールス ウェーリタース

 揺籠から地に還るその時まで


 ウェールス ウェーリタース

 ウェールス ウェーリタース

 神より賜りし栄光の日々よ

 ウェールス ウェーリタース

 死にゆく魂に祝福のキスを


 ウェールス ウェーリタース

 ウェールス ウェーリタース

 葬られし古の御伽は其処

 ウェールス ウェーリタース

 日が沈み月が満ち欠ける刻限より

 二つの王はひかれ合う

 ウェールス ウェーリタース

 ウェールス ウェーリタース



         〜フィニス・テールの讃美歌より〜






 地球。かつてアジアと名を付け括られた国の中心を、王壁街と呼ぶ。文字通り王の暮らす、壁に隔たれた街であり、この地球で最も栄えた地域と呼べるだろう。

 王壁街から東に数十kmほど、木々が斑に立つ平坦な荒野の中の一本道に馬車を走らせると、小さな村がある。ベックリン村だ。


 木を積んだり砂を固めたりして作った粗末なそれに藁を被せたような簡易的な住宅が立ち並び、交差する川が至る所に流れている。王壁街側の反対には山々が立ち並び、一応ベックリン山脈と纏めて名付けられているが、所詮小さな村なので知名度は低い。しかしこの山にはさまざまな生物が自由気ままに暮らしており、時折村に降りては農作物を荒らしたりなどするほどである。

 非常に実り豊かな土地であるが、住民の大半は四十を超えており、老人と区分される人間が子供の数の倍は暮らしている。若者は皆自分の育った田舎村を恥じ、成人の儀と共に街へ飛び立っていくのだ。残った数少ない若者は皆共に育った村の者と結婚し、子を産み育て、一生をこの小さな田舎で過ごす。一方は慣れない都会で精神を擦り減らし、一方は大海を知る由もない蛙として、テンプレート化された人生を各々が謳歌していくのだ。


 そんな具合で、華の王壁街から見放された廃れた村が、王壁街の周辺にはぽつぽつと点のように存在しており、ベックリン村はその内の一つであった。

 そのベックリン村の外れにアストラ・ノックスという少年が暮らしている。アストラは一言に変人であった。奇怪な身振りをしているだとか、異様に根暗であるとか、そう言った目立つおかしさでもなければ、変人であることを理由に村の者達に邪険に扱われている訳でもない。それでも尚、アストラが変人たる理由は、他者の邪推や悪評を引き寄せない軽やかな生き方にあった。


 アストラは七歳の時には血縁者と呼べる肉親の全員と死別しており、兄弟や姉妹の類もいないために、齢十四にして山の麓で一人、他と同じように藁を積んだ家に暮らしている。

 朝は早くからせっせと外に出ては、村の者が畑で収穫をするのを手伝い、礼にと貰った野菜やら小麦やらを抱えて帰宅し、昼の日差しが高い時間には山に登って狩りをしたり、村に下りて小さな子供達の相手をしたりなどしている。そして夜には早くにごわついた触り心地の悪い藁の掛け布団に顔を埋め、就寝するのだ。

 そんな絵に描いたような明朗ぶりは村人にも評判が良く、大抵の者は村に下りてきたアストラの跳ね散らかした寝癖を見ると笑みを深め、挨拶をする。

 しかし、アストラを変人だと言って侮蔑の瞳で見る輩も、少なからず存在した。それは村で問題児扱いされている捻くれ者だったり、全時代的な価値観に脳を縛られた老いぼれだったりする。


 親のいない子供は可哀想だ。それなのに、いつだってあのアストラ・ノックスと来たら、村に下りる足取りは軽やかで、道端の花にだって微笑みかけるような富んだ感性までをも持ち合わせている。快活明朗という言葉をを具現化したら、きっとアストラ・ノックスの形を取るに違いない────そんな気持ちの裏返しとも言える。

 とにかく、そんなアストラを気に入らない一部の村人は、密やかにアストラに嘲笑の瞳を投げかけていた。

 しかし、快活明朗の擬人化であるアストラはそんな侮蔑や嘲笑など意にも介さず、今日も村人の手伝いをするために、今日も日の出と共に目を覚ますのだ。

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