アイドル一筋一直線! 転生ドルヲタのやり直しアイドル道

くーくー

第1話悲運のドルヲタ、将棋倒しからの異国に輪廻転生?

「みんなー、そろそろ体もあったまってきたかな~んー声にちょぉっとだけ元気がないなぁ、んな後ろでチルってる暇なんかないよ~。次はいよいよお待ちかねの新曲だぁい、ウチのソロパートもあるしーさぁ、イェイ! こっよこよで行くよー!!」

「うおぉー! イェーイこよなーちゅーん!! こっよこよー」


 アイドルイベントでときめき☆パップンプリンセスのリーダでありトップエイトの一人でもある二番人気のこよながウィンクと投げキッスをして客を煽った拍子のことだった。こよな推しのヲタたちが歓喜し、おーっと野太い雄たけびをあげながら一斉にドタドタと前方に走り出した。野外ステージの最前列でキッレキレのヲタ芸をしていた俺は、将棋倒しの下敷きになり積み重なる最重量級の巨体の最下層になり、押しつぶされそのまま深い闇の中へと意識が沈んでいった。


 あぁ、これほど自分の貧弱なガリ体型を恨めしく思ったことはない。

 暗闇でさまよう意識は、先月の握手会での出来事を見つけ出した。


「いいなー、明神丸さんてめっちゃスリムでぇ。何か食べ物とかで気を付けてることとかってあるの?」

「いや、俺昔から胃腸が弱くてあんま食えないからそもそも太れないんですよ」

「えー、うらやまー、わたしってぇコンビニスイーツ大好きですぐぷくぷく太っちゃうの」

「いやー、そんなそんな、せららんはめっちゃスタイル良いですよ。そのままでパーフェクトですから」


 にやにやしながら頭掻いてたあの時の俺タヒね! 二度タヒね。そして、せららんに「ガリでご迷惑おかけしました」と詫びて来い! いや、でもこのぐるぐる回る記憶映像ってなんだ……もしかしてあの噂の走馬灯ってヤツ!? もしかして、俺ってば……ホントに……あの世に逝っちゃった? いや、行く途中なんか? いやいやいや待ってくれ! 俺にはまだやるべき重要なミッションがあるんだよ。こんなところで、おちおちうっかり死んじまってる場合じゃねーんだよ。それに最後に観たのがこよな……つーのも微妙だけど、それどころかこよな推しの巨体ヲタ大貫ゴンの元プロレス団体の練習生とか吹聴してた割に筋肉のかけらもなさそうなぶよぶよたぷんたぷんのでっぱった腹とか悲しすぎる。

 俺が、俺が見たいのは、聞きたい声はアラサー男の声ガッサガサのうめき声なんかじゃなくって、あの子あの子の。


 ここで意識は電気のスイッチを消したように完全にプツリと途切れ、次に目が覚めたとき、俺の視界は異様に狭くぼんやりと白いもやのかかったような状態だった。


 やべぇ、コンタクト吹っ飛んじまったんだな、もったいねぇ。まぁ、使い捨てだし、イベントごとの時しか使わねーから、別にいいよな。それより何より命あっての物種ってモンだしな。あー、あの後イベントはどうなったんだろ。俺が意識失ってる間に間に終わっちまったよな。そりゃそうだよな……それとも事故のせいで中止になってたりしてたらどうすべ、せららんが悲しむよな……まだメインボーカルの【夢見るセーラーガールプリンセス】も歌ってなかったしな。あの歌、すんげーイイんだよな。あーちゃんと聞きたかったなぁ……

 助かったと思ったとたん俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはパップンの、そして推しである浦田聖羅、愛しのせららんのことだった。

 だってパップンは、せららんは俺の人生におけるたった一つの光、俺の生きる目的の全てなんだかんな!

 今でこそナンバー4に甘んじているせららんだが、俺たちトップヲタグループであるパップニストオンリーの力で不動のナンバー1センターの中のセンターに押し上げるんだ! それがストリートライブ時代からずっと応援し続けている俺たちの夢なんだ。


 どうやら体に痛む部分もなさそうだし、ちょっと脳震盪を起こしただけだろう。早くスマホでグループの最古参であるねもつんに連絡とって、次のイベントの準備するぞ! 応援グッズも作りまくって、せららんの魅力を広げまくって他ヲタの推し増し推し変上等! 俺らの力を振り絞ってせららんを誰も追いつけないような雲の上のトップオブトップにしないとな!


 下敷きになってしまったせいなのか何故だかあまり力の入らない手でぐっとこぶしを握って気合を入れようとしたその時、俺の耳には信じられないような言葉が入って来た。


「まーまー、アウモダゴル・エ・マリア様、実にかわいらしい御子息ですわ。まだ鳴き声は出されていませんが、お母君を見てにこにこと微笑んでらっしゃって瞳の輝きも実に利発そうでらして」

「ミズブリギナ、ありがとう。何度見ても生まれたての命には胸が打ち震えるほどに感動するわ、本当にいつもいつも全く違っていて可愛いって新しい感動があるの」

「わたくしも十一度目のお手伝いではございますが、アウモダゴル・エ・マリア様はそのたび美しさを増されて、慈愛に満ちたそのお姿と新たな輝きの誕生に毎度感激させていただいておりますわ」


 はぁっ!? 赤ん坊が生まれたのか!? 一体どこだここ。

 何だその外国人の名前は。なんで俺どっかの子供産みたてのかーちゃんの横に寝かされてんだよ。

 あぁ、そうか、突発的な事故だったし急きょ近くの産院にでも運ばれちゃったのかもな、うん、そうだろ。

 ここはひとつ横にいる外国人のどっかのかーちゃんに「いやーおめでとうございます。可愛いお子さんですね」とか適当に言って、とっととこの場を立ち去ろう。


 そう思うのに、喉に意識を集中させても言葉が一つも出てきやしない。

 必死で何か言おうとしてやっと出たのは、「おぎゃぁ」の一言だった。

 いやいやいや、何だこりゃ、俺ってば赤ん坊じゃねーんだからよー。こんなん、みんな爆笑だろ。ふざけてると思われちまうよ。


「あらー、元気な産声でございますね」


 俺はふわふわのおくるみごといきなりさっきの声の主であるふかふかの腕に抱き上げられて、やわらかな胸の上に受け渡された。

 えっ、俺何でおばちゃんにひょいって軽々持ち上げられちゃってんの? それとこのぽよんぽよん耳に当たるマシュマロみてぇなやわらかな感触は、もしかしておぱーい!? ひゃぁ、物心ついてから初めて触ったぜ……じゃなくて、もしかしてこれって俺赤ん坊になっちまったん? ひょっとしたら、ひょっとしなくてもこれって輪廻転生ってヤツかよ!


 うげぇ、俺やっぱあん時逝っちまってたのかー! パップンはどうなったんだ。俺はあの後どれくらい持ったんだ? 俺のせいでイベント中止どころか、まさか事故の責任を取らされて解散とかしてねーよな。ちゃんとパップンもせららんもバリバリアイドル活動続けてるよな。いやだぞ俺、俺のせいでせららんが活動できなくなってたりなんかしたら、死んでも死にきれねーよ! いや、そもそも死んじまったから問題なんだけどよ。うー、一体あれからどんだけたっちまったんだ。すぐ逝っちまってたとして最短で生まれ変わったとしても、最低十か月は経ってるってことだよな。おいおいおい、なっげーな。それにここっておそらく外国だよな。パップンがまだちゃんと活動してたとしても、俺外国の生まれたての赤ん坊じゃイベントに行けねぇじゃねーかよ! もう二度とせららんに会えないっていうのかよー!! 勘弁してくれよー!俺の唯一の生きがいが―。光が―。

 事の重大さにやっと気づいた俺は、体中から声を絞り出すようにしてギャン泣きした。


「あらあらあら、急にどうしちゃったのでちゅかー」

「ずいぶん元気な泣き声ですこと―。きっと元気でわんぱくな坊ちゃんにお育ちになりますわー」

「ほほほ、そうかしら、さっきまでにこにこしていたのにねー、お腹がすいちゃったのかちらねー」


 母ちゃんらしき人のぽよんぽよんのおぱーいがぽすんぽすん頬に当たっても、もはや一ミクロンも俺の心は動かない。ときめき☆パップンプリンセス、そして何よりせららんのいない異国の地なんかに生まれ変わっちまうだなんて、神はこの俺をお見捨てになったのかー!! 

 俺は小さくなってしまった全身を震わせ、ますますギャン泣きする。そう、まるでこの世の終わりでもあるかのように。しかし、この時の俺はまだ一番恐ろしい事実にまるで気づいていなかったのだ。

 船に乗ろうが、飛行機に乗ろうが、大海を泳いで渡ろうが、雨が降ろうがやりが降ろうがもう二度とパップンのイベントにも握手会にもワンマンライブにも行けなくなってしまったことに。円盤や配信ですらもう観ることはかなわない、その映像は脳裏に焼き付いた自分の記憶の中でしかリフレインできなくなってしまったことに。

 そう、ここはただの異国などではなかったのだ。




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