第17話 わたしのいきがい



 敵の司令拠点、浮遊巡航艦の鹵獲を企てるにあたって、まずなによりも敵の抵抗を完膚なきまでに挫かなければならない。

 そのためにはまず、周囲に展開している敵性航空機体……空戦型エメトクレイル【アルカトオス】や攻撃型飛翼機オルシデロスを、軒並み叩き落とす必要があるだろう。


 もしかすると、全てとはいかずとも途中で降参してくれるかもしれないけど……まあ期待はしないでおこう。全てヤるつもりでいたほうが、あとあと気が楽だ。

 べつにわざわざ皆殺しにしようとは思わないが、かと言って逆にわざわざ助けてやるようなこともしない。中央方面から来たということは純帝国人きらいなやつらだろうし、そうでなくともそれに手を貸すやつらなのだ。

 戦意を喪失して、逃げるならそれで良し。もしくはあの中に属州民がいるとしても……命を捨てる義理が無いと判断したなら、引っ込んでいてくれるだろう。



 そのための、ある意味では『見せしめ』のためでもある、先制攻撃。

 化け物じみた機体から放たれる、化け物じみた魔力砲を見せつけてやれば、これである程度は、に掛けることができただろう。


 すなわち……なんとしてもブチ墜とす必要のあるやつらと、そんな気合い入れて追う必要もないやつら、だ。




(兵装選択。高圧魔力砲、オフライン。……半自律掃射魔力砲塔群、アクティブ)



 どうやって墜とすかを一瞬だけ考えて、弾薬コストの軽い魔力砲を選択。とはいえ艦首の大型バケモノ砲ではなく、機体全身の至るところに据え付けられた、射角の広い小型砲だ。

 現在の処理中枢であるわたしが『敵』と認識した物体に対し、それぞれの砲塔が自律的に攻撃を仕掛ける、主に中近距離での迎撃戦闘なんかに用いられる兵装。

 複雑そうな仕組みに見えて、その実態は要するに『射程内に入った敵に攻撃する防衛機構』であるからして、くだんの造魔AIとかそれ系技術の応用により、結構ありふれた仕掛けであるようだ。


 ともあれ、この【パンタスマ】のそれら半自律掃射魔力砲塔群は、割と上位機種であるとのこと。主機の高出力ゆえに認識範囲や有効射程もかなり広めに設定されており、近接防御だけでなく積極的な攻勢にも転用できるすぐれものだ。

 この機体を建造した機関、大尉どのいわくの『スバヤノ・デガスギブモン』とやらが、相当に意欲的だったということだろうか。というかこの機体は果たして何を目的として建造されたのだろうか、本気で国家転覆とか企んでたんじゃなかろうか。……まあいっか、便利だし。




≪ははは……凄いな、これは≫


≪………………≫



 敵性機体がこちらの有効捕捉範囲に侵入すると同時、放たれた魔力砲が敵性機体にぶち当たる。

 耐久力に乏しい飛翼機オルシデロスはそれだけで爆散し、防性力場シールドを備えるエメトクレイルであろうとも、複数の砲からの集中砲火を受けてはひとたまりもないようだ。

 ほんの数秒、長くても十数秒。あわれ征伐軍機はろくに反撃することさえ叶わず、またたく間に戦闘能力を喪失しと墜とされていく。かわいそう。


 その一方、かろうじて放たれ、辛くもここまで到達できた敵弾でさえも、この【パンタスマ】の防性力場シールドを軋ませることは叶わない。仮に自翔誘導爆弾が直撃したところで、同様の結果だろう。

 巨体ゆえの膨大な積載容量を活かし、エメトクレイルとは桁違いの出力を誇る動力機関を、しかもメインとサブの二段構えで搭載したバケモノ出力なのだ。迎撃砲塔群を稼働させたまま、要所要所を防性力場シールドに切り替えて散らすことなど、わたしの統轄処理であれば他愛なしである。


 わたしの頭に植え付けられた異物ツノの根本が熱を持つような感覚も、目の奥がチカチカとまたたくような感触も、脳髄を撫で回されるような不快感も……そりゃ確かにいつも【9Pt】に比べれば重めだが、わたしの安定稼働に支障をきたすほどじゃない。



 つまりは、作戦継続に全く支障はない。



(半自律掃射魔力砲塔群、放熱限界。……兵装選択、多目的圧砕機構、展開)



 ここまで数多の敵をハチの巣にしてくれた掃射砲塔群が、さすがに酷使に伴う温度上昇の危険を訴える。もっと排熱機構に負荷を掛けて掃射を続けることもできるが、今後も続く戦いのことを考えれば、故障の原因となる酷使は避けるべきだろう。

 便利に働いてくれた砲塔群を一旦休ませ、代わりに近距離戦闘用の装備を起動。機体両舷に折り畳まれた形で装備されていた巨大な『腕』を展開し、肉厚で物騒な爪を備える破砕機構が、その全貌をあらわにする。

 既に敵性エメトクレイル集団はすぐそこであり、そしてこの【パンタスマ】の加速性能であれば……急進加速器を噴かせば、一挙動でぶん殴りに行ける距離である。



(推進器群、近距離戦闘出力、急進加速器、点火。…………着弾インパクト。……圧砕機構および作動肢負荷、許容値以下)



 ……うん、問題なさそうだ。


 多目的圧砕機構とは、そのまま巨大なグラップルアームなわけだけど……そもそも【パンタスマ】自体が巨大であるからして、そりゃもうエメトクレイルくらいなら掴んで締め上げられるくらいの大きさである。

 またこの巨腕だが、多目的の名にたがわぬ高性能な装備であるとのこと。圧砕用の大型クローに加えて、内側には精密軽作業用の小型マニピュレーターも備わっている他、なんと機構保護用にと高指向性防性力場シールド発生器も兼ね備えているという。


 馬鹿みたいにデカい拳に強固なシールドを纏わせ、思いっきりぶん殴る。もちろんエメトクレイルはしぬ。

 自分の機体以上のバケモノが拳を振りかぶって、しかもそれが高速で迫ってくるのだから、実際の破壊力以上に視覚的な威圧感は半端ないだろう。それを横から見ていた他の敵も、これにはドン引き間違いなしだ。


 なんでも『防性力場シールドを纏わせた作動肢での打撃』というコンセプトは、既に他の機体で実証された攻撃手段であるらしい。

 それ専門に機能を尖らせた試験機が存在していたり、あと大尉どのの機体【オミカルウィス】はを発展させた近距離打撃武器を搭載していたり……とはいえほど大きな機構は他に類を見ないだろうけど、それなり以上に信頼性の高い武器であるらしい。


 

 いや、えっと、まあ、たしかに弾薬を消費することは無いのだろうけど、距離を詰めるときには推進器を噴かさなきゃならないから推進剤は消費するし、こんなに巨大な作動肢に負荷を掛けるなら点検整備も欠かせないし、そもそもわざわざ近付く必要とかべつに無いんじゃないかと思ってしまうわけだけど……うーん、帝国技術陣の考えることはよくわからない。


 しかしまあ、こと『戦意を挫く』部分に関しては、一定以上に評価してやらなきゃならなさそうだ。先程わたしが敵性エメトクレイルを殴り飛ばしてからというもの、彼らはあからさまに及び腰になってしまっている。

 飛んでく途中で浮遊機関が異常をきたしたのか、あるいは機体制御系が即死したのか、そのまま放物線を描いて地表へと落下していったので……たぶんだけど、中の人は無事じゃないのだろう。


 同僚の悲惨な末路を目の当たりにして『ああはなりたくない』と思ったのかはわからないけど、あからさまに距離を取られるようになった。まあ防性力場シールドの性格的にも攻撃を防ぎやすい間合いなので、こちらとしては助かるが。

 攻めあぐねてる、というのは伝わってくるけど、ほんとにそれでいいのかな。わたしはべつにこのまま掃射砲塔群の冷却待ちでもいいんだけどな。


 ともあれ近付いてこないというのなら、コッチとしてもやりやすい。

 敵の前衛部隊が使い物にならなくなれば、あとは本丸まで一直線である。



 もちろん敵の浮遊艦とて、防御装備が無いわけじゃない。わたしの【パンタスマ】に備わっているのと同様、近接防御用の掃射砲塔は、健気にも稼働中である。

 とはいえ……発射位置がこうもわかりやすいのだ。申し訳程度の迎撃砲火など、その弾道を見切って防ぐのは容易いことこの上ない。

 それに加えて、本来ならば対砲撃を主眼とした防性力場シールドは、硬質かつ大質量物体の突入を阻めるようには出来ていない。


 ここまで来てしまえば、この後の結末はほぼほぼ決まりだろう。守りを失った城など、もはや陥落を待つばかり。

 ましてやそこに、屈強かつ精鋭たる兵が取り付いてしまったら……もう、どうしようもない。



『状況を報告します。敵浮遊巡航艦【アロスタータ】級、拘束に成功。随伴無人機小隊【サルヴス・アルファ】全機投下、敵【アロスタータ】級の無力化処置を開始します』


≪…………良いでしょう。続けなさい≫


『了解しました』




 巨大な作業用マニピュレーターで艦体を掴まれ、致命的な弱点である発令所に化け物じみた砲口を向けられ、迎撃手段を力ずくで封じられた上に振りほどくことも不可能、となれば……残念だが、万に一つも勝機は無い。

 それでもなおも隙を伺おうと、掃射砲塔のいくつかは稼働したそうにしていたが、制圧に出していた無人機サルヴスに睨まれて沈黙を余儀なくされている。

 それに、かろうじて生存している征伐軍の残存機体とて、軽率な行動を取るわけにもいかないだろう。なにせ旗艦が丸ごと人質に取られているわけだ。わたしの指先ひとつでパーンだぞ。



『【アロスタータ】級浮遊巡航艦、全搭乗員に対し警告します。当機はこれより、貴艦の無力化措置を開始します。六〇〇秒以内の退去を進言、さもなくば生命活動の保証はしません』



 無人機サルヴスの三機を敵艦に着艦させ、一旦制御子機ハンドル離脱ベイルアウト。そのまま今度は敵艦の制御系に介入し、制御子機ハンドル経由で艦内放送をジャックする。

 降伏勧告……というか、退艦勧告。命を取るようなことはしないから、そのカッコいい艦を明け渡してくれと、饒舌な口述補助機構を用いて告示を行う。


 もはや盤面は、誰がどう見ても『詰み』である。どうせ勝ち目が無いのなら退艦しようと、そう考えてくれるひとがほとんどであることを祈るばかりだ。

 このまま発令所を物理的に潰して、曳航して持ち帰っても勝ちは勝ちだが……せっかくの大佐への献上物(予定)なのだ、どうせなら損傷無く綺麗なまま持ち帰りたい。



 果たして……やっぱり命がだいじなのか、はたまた命を投げ出すほど帝国に忠義がないのか、わたしの勧告に応じて脱出艇がバラバラと飛び出てきた。

 まあそりゃそうだろう、正面には巨大兵器【パンタスマ】が陣取り、艦体には【アルカトオス】が三機も取り付き、そのうえ(動作しないということは隠してあるけど)銃を突きつけ、トドメに「出てかなきゃ殺す」と言われたのだ。

 これでもまだ抵抗しようと企てるのは、本当にもう何かの病気だろう。


 結果として、艦内に生体反応は無し。艦内制御系も軽く探知を通してみたけれど、ブービートラップの類は影も形も見られなかった。

 ……まあ、まさか指揮艦が差し押さえられるとは思ってなかったのだろう。前衛部隊だけで制圧できると考えていたのだろうか。いくらなんでもわたしたちを舐め過ぎだろう、その油断と慢心が命取りである。




『報告します。敵性【アロスタータ】級浮遊巡航艦、無力化処置を完了しました。これより残存敵性勢力の掃討に――』


≪その必要は無いでしょう。積極的敵対目標は、既にジークが片付けています。残るは『腑抜け』だけです、捨て置いて構いません≫


『了解しました。…………特務制御体【N−9Ptノール・ネルファムト】、現在行動待機中です。指示を要求します』


≪…………積極的敵性反応消失、つまりは作戦終了です。直ちに帰投…………いえ、まぁ……そうですね≫


(…………んー?)




 どうしたんだろうか。戦闘中とは思えない、どことなくのわるい物言いでもって、ウェスペロス大佐は『作戦終了』を告げる。

 いつもはスッパリキッパリバッサリしている大佐のに、若干の違和感を感じてはいるが……ともあれ作戦おシゴトが終わったのなら帰るだけだ。

 制御子機ハンドル経由で巡航艦をうごかしつつ、大佐の待つレッセーノ基地方面へと艦首を向ける。とっておきの『おみやげ』も手に入ったことだし、これなら大佐もわたしを褒めてくれるかもしれない。



 そんな淡い期待を、ひっそりと抱いていたわたしだったのだが。

 その直後に届いた通信に……それはそれは、びっくりさせられることとなったのだ。




≪……作戦は、終了しています。以降の情報共有に、効率は求めません。……よって、口述補助機構を停止して構いません≫


「………………ぅ、え?」


≪それだけじゃ無いだろ、ユーラ。ちゃんと声に出さんと伝わらんぞ? お前こそ例の『口述補助機構』とやらを使ったほうが良いんじゃないか?≫


≪貴官は黙っていなさい≫


「……たぃ、さ?」


≪…………ハァ。……私は、無駄は嫌いです。一度しか言いません。……ネルファムト特務大尉≫


「は、はいっ」


≪貴官の判断ならびに戦果は、賞賛に値します。…………今後も、期待しています。……ノール≫


「……っ、…………っ!! ……はいっ!」




 かつてわたしが生きていた世界とは、何もかもが異なる世界に生まれ変わって。


 かつて生きていたわたしとは、何から何まで様変わりしてしまった、わたしだけど。



 だけど……それでも、じぶんの手を他人の血で染めながらも、わたしは充実した日々を過ごせている。

 炎と煙と砂埃と、血と肉片にまみれながらも、それでもわたしはこうして、生を謳歌している。


 いまのわたしは、とても満たされているのだ。



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