第16話 わたしのかいせん




「それにしても……全員か。口先だけでこうも言いくるめて見せるとは、さすがはユーラ。弁が立つな」


「……不思議なものです。貴官に褒められたところで、少しも嬉しさを感じられません」


「酷いな。俺はこんなにも心から、お前のことを案じているというのに」


「冗談はその巫山戯ふざけ撃墜数スコアのみにして頂きたいものです」


「言うじゃないか。お前の大事なネルファムト特務大尉も似たようなもんだろ?」


「特務制御体でない生身の人間が匹敵している時点で冗談でしょうに」


「ハハハ褒めるな褒めるな」




 気心のしれた間柄ならではの空気、とでも言うのだろうか。お互いにいい意味で遠慮なく言葉を投げあいつつも、しかし資料に落とした視線は高速で文字を追い続けている。

 基地関連の各種数字を確認している大佐と、主に戦力部分の資料に目を通しているシュローモ大尉。今回大佐たちが企てた反乱の舵取りは、実質的にこのふたりが担っているわけだな。

 決めなければならないことも多いだろうし、頭に入力しなきゃならない判断材料も、それはそれは膨大だろう。


 わたしはもちろん、頭脳労働は全くの役立たずだ。がんばる大佐を邪魔にならない程度に眺めながら、モチベーションを高めていることくらいしかできない。

 はー、すごいぞ大佐。かっこいいぞ大佐。きょうもメガネが輝いてるぞ大佐。いつもより眉間のシワが深いぞ大佐。



 こうして(主に大佐たちが)精力的に動き始めていることからもわかるように、いよいよもって『レッセーノ基地』の独立に向けて、実は既に動き始めていたりする。

 先んじて大佐たちが手を付けたのが……まずはこの基地のみんなとこころざしを同じくする、ようするに『わたしたちの足場を固める』作業である。


 現在この基地で働いているすべての人員に対しては、少し前に『帝国中央管区はこの南方地域を見捨てるつもりだ』『我々を連邦国に対して肉の盾にするつもりだ』『支援を打ち切り、その分のリソースを中央管区の増強に回すつもりだ』といった内容の告示を出した。

 情報の正確さよりも、どちらかというと焚きつけるための告示だったが……そこはほら、大尉をもってしても『弁が立つ』と言わしめた陰険眼鏡ウェスペロス大佐である。

 相手を言いくるめて意のままに動かすことなど、大佐にとってはお手のものなのだろう。結果として基地人員の全てが、(少なくとも表面上は)反乱を受け容れてくれたらしい。



 ……しかしながらその背景には、現在レッセーノ基地に出入りしている者はこの近郊の、かつて併合されたトラレッタ地域にゆかりのある者ばかりだった、という現状が存在する。


 帝国中央から派遣されてきた者らは、それこそ少し前の『情勢の変化』が起こった時点で、内陸部へと引き上げてしまっていた。

 旧来の帝国人は早々に離脱させ、連邦国との緩衝地点となるレッセーノには現地民のみを配置し、そこで浪費させる。……なるほどな、あのときにはもう既に、南方戦線はまるっと捨て駒と判ぜられていたわけか。


 ともあれ、そんな現状を理解してくれたのだろうか。レッセーノ基地所属のみなみなさまは、志を同じくして帝国に弓引くことに同意してくれた。

 これでわたしたちは、ほぼこれまでどおりの支援体制のもとで、戦いに臨むことができるのだ。みんなでわたればこわくない。



 そしてそうして……まあそんな大々的に、派手に動きを見せていれば、当たり前だけど『中央』の連中も勘づいてみせたようで。

 ともあれ遅かれ早かれだったので、どちらかというと『いよいよか』といった感じではあるものの、われわれに向けて『説得』のための部隊が派遣されることになったらしい。

 これはつい先日、このレッセーノ基地に合流を果たした同志の第一陣が持ってきてくれた情報であり、それなりに鮮度も信憑性も高いという。



 つまりは、早急に対処を考えなければならない事案であるからして。

 要するに……ひさしぶりに、わたしがおシゴトをするときがやってきた、ということだ。





≪前線指揮機【インペラトル】より【パンタスマ】……ノール・ネルファムト特務大尉、応答なさい≫


『通信状況良好。特務制御体【N‐9Ptノール・ネルファムト】ならびに攻性特型戦術構造物コンバット・リグ【パンタスマ】、現在の稼動状態は正常です。機体全ステータスレベル、良好値にて推移しています』


≪…………宜しい。……では改めて、今回の作戦内容を伝達します。私の指揮下でその力を振るえること、光栄に思いなさい≫


『了解しました』




 本格的に『中央』に睨まれたわたしたちは、もはや戦って勝つ以外に平穏を手に入れる手段は残されていない。

 大佐の役に立ちたいわたしは勿論として、基地のひとびとのモチベーションは思ったよりも悪くない。やはり大佐による意識操作がうまくいっているようだ。


 純粋な戦力差でいえば、考えるのもばからしくなる中央方面軍だが……わたしたちを甘く見ているのか、もしかして【パンタスマ】のことを知らないのか、征伐部隊は正直かなり『出し渋った』ように感じられる。

 今回の敵部隊は、主として空戦型エメトクレイルと戦闘用飛翼機オルシデロスにて構成された、強襲航空攻撃部隊。

 これまで長いこと『味方機』として認識していた機体なだけに、少なからず『とまどい』を感じてはいるが……しかし率直に言って、わたしたちを止めるには戦力不足も甚だしいだろう。


 この数なら、大尉どのの力を借りるまでもない。新しい力を手に入れたわたしので、早々と片付いてしまいそうだ。



≪敵部隊への突入は……ネルファムト機【パンタスマ】をアサイン。接敵以降の行動選択は、貴官に一任します≫


『了解しました』


≪シュローモ機【オミカルウィス】は後方にて待機、総指揮機の護衛に専念なさい≫


≪心得た。まぁ任せておけ、お前はラクにしてて良いぞ≫


≪気を抜けるわけが無いでしょう。我々の今後を左右する、重要な一戦です≫


≪まぁそうは言うがな、ユーラ。どう見ても圧倒的だろうよ。…………なぁ? ネルファムト特務大尉≫


『同意します。当機【パンタスマ】および特務制御体【N‐9Ptノール・ネルファムト】の戦力数値から推測するに、極めて一方的であると判断できます』



 大佐のいうとおり、独立戦争を仕掛けるわたしたちにとって、この一戦は極めて重要なものだ。わたしとしても普段以上に気合を入れて、抜かりなく望ませていただく次第である。

 それこそできることなら、この【パンタスマ】の頭上に四色旗でも掲げてやりたいくらいだ。われらの興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ……といった感じだな。


 気分はまさに、超大国に喧嘩を売る僻地の小国である。たかだか辺境の基地と侮ったこと、たっぷりと後悔させてやろう。

 下馬評を覆すジャイアントキリング、全世界に見せつけてやろうではないか。見ていてください東郷元帥。




『報告します。【パンタスマ】接敵エンゲージ、対処行動に移行します』



 わたしたちと征伐軍、総戦力には小さくない開きがあろうとも、単機それぞれの性能でいえば比べるまでもない。

 一般的なエメトクレイルには搭載できようはずもない、大出力かつ長射程の高圧魔力砲……この【パンタスマ】だからこそ可能な先制の一撃をアウトレンジから叩き込み、敵の片翼に大穴を抉じ開ける。

 今の一撃で……大小あわせて5機か、6機くらいは墜とせたと思う。爆発の規模から察するに、エメトクレイルも何機か巻き込めたはずだ。これは嬉しい走り出しである。


 一方で敵からの攻撃、エメトクレイル携行型アサルトライフルによる制圧射撃は、まだこちらまでは届かない。

 射程距離が長めの自翔誘導巡航爆弾――空対空長距離ミサイルのようなもの――は放たれたようだが、こちらに着弾するまでには若干の猶予がある。


 そして、それこそ巡航艦艇クラスの動力機関を備える【パンタスマ】はというと……強制排熱と急速加圧機構の高効率制御により、主砲高圧魔力砲照射準備は間もなく整うところである。

 あたりまえだが、多少とはいえ負荷を掛けているわけなので、特に交戦中なんかには多用はできない『無茶』なのだろうけど……この後の戦闘を優位に運ぶための、値千金の二射である。がんばってみる価値はあっただろう。


 事実、第一射よりも収束率を落とし拡散気味に放たれた第二射はというと……こちらへ向かって飛翔してくる巡航爆弾を悉く消し飛ばしつつ、ついでとばかりに飛翼機オルシデロスを5機ほど追加で叩き墜としている。

 面での制圧を優先したために点での威力は下がったこと、また防御態勢を整えられたことから、敵エメトクレイルはせいぜい『中破』どまりだったようだが……しかし防性力場シールドの展開ができない飛翼機オルシデロスはというと、拡散された魔力砲でもひとたまりもなかったようだ。



 ……うん、やっぱり問題ない。いくら数を揃えられたところで、所詮は普及型の航空兵機だ。この【パンタスマ】ならあの程度の有象無象、ものの数ではないだろう。

 わたしの視界観測素子に映るすべて、それを叩き落とすだけなら、実に簡単だ。……なら、もうちょっと欲張ってみても良いのではないだろうか。


 幸いというべきか、接敵以降の【パンタスマ】の戦闘行動に関しては、作戦の骨子に反しない範囲で自由裁量が与えられている。

 機体の戦闘機動が初めてということもあり、試験動作を多分に行うことを見越しての指示ではあるのだろうが……これをうまいこと拡大解釈することで、大佐にほめてもらえる可能性をつくりだすことができるだろう。



 敵の前衛部隊……二箇所に穴が穿たれた布陣の、その向こう側。


 帝国中央方面軍所属、南方征伐先遣部隊を空から指揮する、現実離れしたその巨影。

 わたしの【パンタスマ】よりも大きな体躯をもち、多くのエメトクレイルを従え、統括指揮やら広域通信やら支援砲撃やらを担う、空に浮かぶ機械仕掛けの砦。


 大佐の再三にわたる要請を拒み続け、レッセーノ基地には一度たりとも配備されたことのない、最先端機甲魔科学技術の結晶。

 今のわたしにほんのちょっとだけ残った、かつての世界を生きた『男の子』のロマンをくすぐる、デカくてつよそうで生意気にもカッコいい、浮遊巡航艦。



 ……はっきりいってうらやましいし、たぶん大佐もうらやましがっているはずなので。

 あれをこの機会に、ぜひとも頂戴してみようとおもう。



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