第13話 わたしのゆくさき
「――結論から言うぞ。『中央』は南方戦線の規模を縮小、レッセーノを放棄する方針だ」
「ッ、…………やはり、そう考えますか。……せいぜい
「口を慎みたまえよ、大佐殿。頭の悪い上層部に聞かれたら面倒だぞ、色々と」
「はッ! ……
「気持ちは解るが……少し落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!」
たいいどの……と、大佐は呼んでいた。
ジークムント・シュローモ大尉。わたしのような『なんちゃって大尉』ではなく、半端ない撃墜数を誇る現役バリバリのEC乗りであるらしい。
なんかもう、名前からして圧倒的強者の予感をビシビシと感じさせるな。
わたしが連れてこられた大佐の執務室、そこでソファに堂々と座ってくつろいでいたのは、わたしが初めて見るひとだった。
まあ大佐も『中央からの
ぱっと見た限りは、穏やかそうな男のひとだ。年齢でいうと、大佐よりも少し若いか……いや、大佐は眉間のシワのせいで老けて見えるから、同年代かもしれない。
よくわからないけど、階級にけっこう開きがあるはずなのに馴れ馴れしくお話をしていたので、むかしの同級生とか幼馴染とか、そういう間柄なのかもしれないな。
その『大尉どの』から伝えられたおはなしとは……このレッセーノ基地の行く末を盛大に揺さぶる、というか存亡の危機に関わる、なんならほぼ決まっているのだという、衝撃的きわまりない方針のおはなしだ。
帝国軍内部の効率化を図るため、中央管区から遠い地域を切り捨てて輸送や補給の手間や費用を圧縮、同時に複数拠点の兵力を纒めることで密度を上げ、部隊それぞれの層を厚くする。……そういう方針を『中央』は打ち出そうとしているのだという。
しかしながら……まあ当たり前だろうけど、ウェスペロス大佐は納得いってないみたいで。
そのおはなしを持ってきた大尉どのも、大佐のその反応に『やっぱりか』みたいな感じで頷いていた。
「…………冗談では……ありません。……『ウェスペロス』が、此処まで息を吹き返すに、どれだけの苦労があったと……父も、祖父も、兄も、どれだけ帝国に尽くしてきたと……ッ、血を流してきたと思っている!」
「俺だって理解しているさ。お前の家も、勿論ウチも……『中央』の奴らにとっちゃ、所詮は
「貴方はッ!! …………ジークムント・シュローモともあろう者が、奴らの横暴を黙って受け容れるつもりなのですか!?」
「だから、そうは言っていないだろう。落ち着け、ユーラ。らしくもない」
「ぐ…………ッ!!」
「とりあえず、聞け。……良いか?」
ジークムント・シュローモ大尉……彼はどうやら、ウェスペロス大佐のご実家についても深く知っているらしい。それにふたりの家は立場的にも、そして恐らくは地理的にも、そこそこ近い位置にあるようだ。
ちらっと聞こえた『
わたしに刷り込まれた基礎知識……簡単な帝国史に加えて、先ほどの『レッセーノを放棄』『元に戻るだけ』そして『
それら断片的な情報をつなぎ合わせれば、大佐の新たなプロフィール情報が自然と手に入る。わたしは
今からけっこう……それこそ数十年とか百ウン年とかそれくらい昔、イードクア帝国南部のトラレッタ地域――現在レッセーノ基地が管轄しているこのあたり――は、敵国である『連邦』の一部だったらしい。
大佐のご実家であるウェスペロス家も、大尉殿のシュローモ家も……遠く遠く
当時
そうして帝国の軍門に降って以降は恭順を示し続け、
ひたすらに拡大思想が強く、実力重視で成り上がれるのは帝国の良いところなのかもしれないが……そうはいっても、並大抵の努力じゃ済まなかっただろう。
征服された地域の出身で、いち軍事拠点の最高責任者まで登りつめたのだ。やっぱり大佐はすごいひとである。
そんな苦労の末に手に入れた立場、必死の思いで守り続けてきたレッセーノ基地を、帝国軍上層部は放棄しようとしているのだと。
それを聞かされたときの、ウェスペロス大佐の無念とは……わたしには想像もつかない。
そして……そんな大佐だからこそ。
シュローモ大尉からの報告、『中央』とやらからの伝達と今後の方針を、黙って聞き入れることが出来ずにいるのだろう。
「帝国の……『中央』の方針がどうであれ、俺個人としてはレッセーノの放棄には反対だ。レッセーノの抑止力が無くなれば、実質的にここら一帯、トラレッタを連邦にくれて……いや、返してやることになるんだろう」
「でしょうね。……レッセーノを引き上げるとなれば、周辺拠点も全滅でしょう。防衛力など存在しよう筈もありません」
「これが百年前だったら、俺達としても万々歳なんだがな」
「…………帝国内での立場を求めたことが、
「連邦国にとっては、シュローモもウェスペロスも裏切者だ。……領の奴らも、良い顔はされんだろうよ」
「………………情けないものです。醜く肥大化した国土を、今や維持することさえ
「乗る船を間違えたな、俺達の御先祖様は」
ひどいはなしだ……と、わたしは思う。
大佐があんなにも、他の人にネチネチしながらも必死にがんばっていたのは、ちゃんとした理由があった。大佐は他人を見下して悦に浸るだけの嫌なメガネなんかじゃなかった。
帝国に攻め込まれて、その軍門に降った当時の『ウェスペロス』当主はもちろん……その次の代も、その更に次の代も、帝国内で生きていこうと、ご近所さんたちを生かそうと必死だったのだ。
もちろん、わたしのご主人様であるユーハドーラ・ウェスペロス大佐についても、同じことだろう。本人は決して認めようとしないだろうし、何か言ったらまたいじわるなこと言われるだろうけど……大佐はその目的のために、ずっとがんばってきたのだろう。
……それなのに、帝国は。
そんな果ての見えないがんばりを、新しい環境に馴染もうと必死に足掻いてきた大佐の人生を、平気で『なかったこと』にしようとしている。
もちろんわたしは部外者であり、なんなら部外『者』ですらなく、ただの備品に過ぎないけど。
どちらかというと大佐の『持ちもの』に過ぎず、自由意志など在って無いような『化けもの』だけど。
それでも……納得できるわけがない。
「そこで、だ。ここからが本題だ、ユーラ…………そして、特務制御体【
「何?」「…………ほあい?」
「お前はユーラに……ユーハドーラ・ウェスペロスのために、殉じる覚悟はあるか?」
「はいっ」
「な、ッ!? 何を――」
「ははっ! ……それを聞いて安心した。貴重な特務制御体の『生き残り』だ、心強いことこの上無いな」
「冗談ではありません。ノールの管理責任者は私ですし、下らない任務で使い捨てる気などありません。……第一、私とてまだまだ果てるつもりはありません」
「俺だってお前を死なせるつもりは無いさ。……ただ、まぁ……そうだな。安心したのは事実だ。これなら何とか出来るかもしれんぞ? 仕込みが無駄にならずに済みそうだ」
「待ちなさい、何を…………何の話をしているのです、ジーク!」
「何、って……お前も大体は予想が付いてるんだろう? 俺が持ってきた
「ぐ………………まさか、貴官は……」
「あぁ、そうだ。その通りだよ、ユーハドーラ・ウェスペロス」
わたしが入室したときよりも、更に笑みを深めたシュローモ大尉と……それと反比例するように、苦々しい顔を浮かべるウェスペロス大佐。
ふたりの顔を見比べていたわたしに、シュローモ大尉から難しそうな資料が手渡される。
そこに綴られていた内容。纏められていた情報。示されていた期待値。……申し訳程度に添えられていた、しかし無視できない閾値の危険度。
わたしに賦与された情報処理能力を遺憾なく発揮し、ぱらぱらと紙束をめくり続けて、それらのすべてに目を通し……なるほど、大尉どのの言わんとしていることが理解できた。
「かつてスバヤの出稼ぎ部門が、金に飽かして造ってた代物らしいが……本拠点が
「………………無茶をする」
「飛ばすだけなら、俺の【フェレクロス】と大して変わらんさ。とはいえ戦闘制御ともなると、本来なら4人がかりで当たる代物らしいが……『9番』なら可能だろう?」
「私が心配しているのは貴官などではなく…………いえ、そうですね。……状況はもう、
「あぁ。……俺が『中央』で吐いてた嘘も、そろそろ露呈し始める頃合いだろうよ。悪いが、もう事態は動いている」
「ハッ、笑わせる。『悪い』など思っても居ないことを」
大佐の執務室の窓の外……
中央に据え付けられた巨大な砲と、その左右にはこれまた巨大な多関節アームと物々しい
側舷に開かれた扉の中には、おそらくは大尉のものであろうエメトクレイルが繋留されており、限定的とはいえ輸送能力も備えているらしい。
甲殻類をも思わせる曲面装甲を、夕焼け空のような朱色に染められたその姿は……かつての平和な世界にありふれた、ザリガニとかロブスターを想起させる。
「
「………………馬鹿な、真似を……」
「もう『待った』は効かんぞ、ユーラ。俺達の命も、トラレッタの未来も、お前の謀略に賭かっている」
「…………………………」
大人ふたりは深刻そうな顔をして、難しそうなことを話しているが……しかしわたしに求められていることは、非常にハッキリとわかりやすい。
シュローモ大尉が持ってきてくれたあの化け物……試作型の
なんてわかりやすい。とても明瞭だ。少しだけ不安だが……それ以上に、とても楽しみだ。
わたしの
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大佐は面倒が嫌いなんだ
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