第12話 わたしのしんちょく



 わたしに新しく与えられた指示、第二次待機行動中における『対人コミュニケーション経験値』の獲得任務だが……これがなんというか、思っていた以上に難航することとなった。


 というのもまあ、そもそも人手が足りなくて足りなくて泣きそうになるレッセーノ基地であるからして、皆が皆大忙しな人々である。

 遠巻きに観察するだけならば、彼らの仕事を邪魔することはなかった。しかし今わたしに求められることは『わたしの肉声で言葉のやり取りを行うこと』なので、今度はとても邪魔になること請け合いである。

 ただでさえ不器用で辿々たどたどしく、いたずらに時間が掛かるわたしの喋りに耳を傾けてくれて、コミュニケーション訓練の相手も務めてくれるような……そんな暇人、そもそも基地関係者にいるわけがないのだ。



 そういった経緯もあって、若干途方に暮れていたわたしだったが……さすがは特務制御体、われながらなかなかなひらめきである。

 そうとも、基地関係者の皆さまがとっても忙しいなら……この基地にいる、しかしひとを頼ればいいのだ。




「おぉ、構わないヨ。ノールのようなカワイイとのお喋りは望むところネ」


「あ……ありが、っ、ありがと、ござまし、しましゅ」


「カカカ! どうせワタシは『注文』アルまでヒマするだけヨ。……コチラこそ、とっても『アリガトウ』ネ」


「…………? え、と……よろしく、おねがぃ、ますっ」



 人手不足だらけのレッセーノ基地にて、補給輜重分野を一手に(有料で)引き受けている、竜人少女テオドシアさん。彼女は客人として基地に滞在しているものの軍属ではないので、本来のおシゴト以外に求められる業務はほぼ無い。

 わたしがコミュニケーション訓練のお相手をお願いしたら、それはそれは嬉しそうな笑顔で一も二もなく引き受けてくれた。……ちゃんと報酬の金額交渉とかもしようと思ったのだが、ほかでもないテオドシアさん側から『おカネは要らないネ、代わりにノールのコトを教えてホシイヨ』とのお申し出があったので、ありがたく乗っかることにした。

 わたしとて、無限にお金を持っているわけじゃない。使いみちの限られるお金だが、テオドシアさんがいれば様々なモノに換えることができるのだ。節約できるのなら節約しておきたいのだ。




「えっと、えっと…………わたし、ノール、ネルファ、ムト……です。イードクア、しんせ、ていこく、の……スバヤ、せいたい、こ、がく、けんきゅうしょ……しゅしん、です」


「…………ウワサは知ってるネ。ノールのようなコをたくさん生み出してる聞いたヨ」


「んう。えっと、えっと、わたし、きょうだい……どう、き? どう、りょ? ……んんー…………いっぱい、いまし、たっ」


「…………、ネ。……その『同期』は、今ドコで、何をして居るネ?」


「………………んんー…………わたし、たいさ、あずけれれ、されて、から……あんまり、あってない、ので、えっと……」



 ほかの特務制御体と最後に顔を合わせたのは、どれくらい前だっただろうか。

 少し前までわたしと同様に、この南部戦線を支える役目を担っていた、ふたりの特務制御体――広域観測を担う機体と、広範囲殲滅に特化した機体の搭乗者――彼女たちは今どこで、何をしているのだろうか。


 そもそも……あのふたりはまだ、生きているのだろうか。



「すまない、わからないは仕方ナイネ。気にしないヨ。……もっと楽しいコトを話すネ。ノールの『スキなモノ』は、やっぱエスペ……ウェスペロス大佐ネ?」


「っ! はいっ! わたし……えへへっ、わたし、たいさ、いっぱいすき、ですっ! えへへっ」


「カカカ! ……コレはまたまた、妬けてしまうヨ。どんなところがスキになった、聞いてもいいネ?」


「はいっ! えっと、えっと……」




 わたしが大佐を好きになった……というか、大佐に依存することになった切っ掛けは、ひどくありきたりなものだ。


 わたしの製造元である研究組織、スバヤ生体工学研究所から『実働試験』ならびに『状況観察』の形でレッセーノ基地へと派遣されたわたしは、そこで機体【9Pt】もろとも大佐の管理下に組み込まれることとなった。

 研究所にいたときのことは……はっきり言って、思い出したくもない。それこそ『飼育』と表現するのが的確だろう、およそヒトに対して行うものとは思えない扱いだった。

 餌を与えられ、薬を与えられ、身体の各所を切り開かれ、すこしずつ作り変えられ、ニンゲン離れしたいろんな『芸』を叩き込まれ……そうして限界を迎えてしまった姉妹たちを、自我が崩れるほどに見せつけられてきた。


 ……わたしが自分のことを『ヒト』だと思えなくなったのは、作り変えられた身体のこともあるけど、ここでの扱われ方も原因のひとつなんじゃないかと思っている。



 ともあれ、わたしはレッセーノ基地に派遣され、大佐の管理下に組み込んでもらえたことで、その『飼育』から脱することができた。

 この世のものとは思えない、それこそ地獄のような世界から、大佐たちヒトの住まうこの世界へと、引き上げてもらうことができたのだ。


 研究所から出て、初めて目にした『外』の光景。初めて立った戦場。初めて操った9機のエメトクレイル、初めて殺した敵国人。

 そして……わたしの有用性を即座に見出し、有用な駒としてしてくれた大佐。

 どれもわたしにとっては、人生を変えてしまうほどに刺激的なことだった。


 わたしのことを被検体――実験・観察対象――ではなく、特務ではあるが尉官として……ひとりのヒトとして扱おうとしてくれた、初めての人。

 わたしの性能をほめてくれて、わたしを必要としてくれて、わたしに意味を与えてくれた人。

 わたしの全て……もちろん生命を含めて、すべてを捧げるに値する、大切なわたしのご主人様だ。



 周囲ぜんぶが狂いきった地獄に漂い、やがては虚無へと消えていくところだった『わたし』を……ウェスペロス大佐が引き上げて、鮮やかな『この世』に繋ぎ止めてくれたのだ。

 あのとき与えてもらった大きなパンには、命ほどの価値があったのだ。


 三日三晩かかろうとも、恩のすべては語り尽くせないだろう。




「………………ソウ、カ。……なるほど、ソレは……仕方ナイ。難しいネ」


「んう……? むずかし? ……うー……わたし、ことば、ちゃんとできて、ない?」


「あぁ、違う。チガウネ、ノールの言葉はちゃんとワカる。ちゃんと出来てるヨ。ソコは安心するネ」


「うー? ほん、とう? わたし、ことば、おしゃべ……えっと、えっと……こみゅにけ、ちょん、ちゃんとでき、ました、か?」


「ウム、ウム。ちゃんとデキてるヨ。ノールはおハナシ上手ネ、とても上手で……とても良く、理解できたヨ」


「んっ。…………えへへっ」



 要した時間を鑑みれば、お世辞にもスムーズとは言い難いのだろうが……口述補助機構の助けを借りることなく、伝えたいことをテオドシアさんに伝えることができた。これは大きな進歩だろう。

 今回わたしが伝えたかったこと、話したかった内容は、そんなに少ないものではなかったと自覚している。……途中でを上げずに、聞きに徹してくれたテオドシアさんありきだったが、わたしの『伝える』スキルの向上に少なからず自信が持てた。


 とはいえ、目標はまだまだ遠い。時間がたっぷりあるテオドシアさんが相手だったからこそ、伝えたいすべてを(ほぼ)伝えることができたが……ほかのひとや、それこそ忙しい大佐とかに伝えるには、まだまだぜんぜんスムーズさが足りないだろう。

 今回の練習で得た経験を活かして、もっと舌と口をうまく使えるように、おくちのテクニックをもっと磨いていかなくてはならないだろう。




「ここに居ましたか、ノール・ネルファムト特務大尉」


「ぅあっ、えっ? あっ、たいさ」


「………………エスペか。……何の用ネ?」


「用があるのは貴女あなたではありませんが……ノールの相手を務めて頂いたことには、礼を言って差し上げても良いでしょう」


「カカカ! 陰険メガネが、ちィとは素直になったみたいネ。ワタシは歓迎するヨ」


「…………そうですか。ネルファムト特務大尉」


「はいっ」


「先程『中央』からのつかいが到着しました。今後についての重要な伝達事項があるとのことで……貴官に、出頭命令がくだっています。付いて来なさい」


「…………はいっ!」




 中央、というのは……そのままの意味で、イードクア帝国中央方面の組織。帝国そのものの方針を決定したり、色々と方針を立てたり指示したりしてくるやつらだという。

 たびたび大佐が命令を受け取っては、その度にものすごい顔をしながらおシゴトに打ち込んでたので……たぶんだけど、大佐はあんまり中央とやらが好きじゃないんだと思う。

 そんなところから、わたしをわざわざ指名しての伝達事項とは……これは大がかりな作戦の予感がするぞ。きっとわたしの性能をいかんなく発揮できる、大佐のお役に立てる大仕事にちがいない。


 わたしががんばって『中央』の命令をこなせれば、それは大佐の功績となる。ダイレクトに大佐のお役に立てる、またとない機会だ。悪い話ではないだろう。







 そのときわたしは、待ち受けているだろう大仕事に向けて『やる気』に満ちあふれるあまり、どうやら視野が(比喩的な意味で)狭まっていたようで。



 すぐ隣を歩く大佐が、そのときどんな表情をしていたのか……うかがうことが、できていませんでした。



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