自己評価激低なTS盲従強化人間少女はおしごとがしたい

えう

第1話 わたしのにちじょう




 巨大ロボットを意のままに操る、というのは……まぁ恐らくだが、健全な男子の多くが一度は抱いたことがある『夢』であろう。



 押し寄せる敵に怯むことなく、機械仕掛けの巨大な武力を華麗に操り、甚大なる被害を敵へ、鮮烈なる勝利を味方へともたらす。

 敵からは畏怖の念を、そして味方からは尊敬の視線を集め、唯一無二の抑止力として、尊い平和に貢献する。


 あぁ……なんと素晴らしいビジョンだろうか。まさに夢のようだ。



 …………まぁ実際のところ、わたしの『夢』であることに違いはない。





「出なさい、九番。貴官の大好きな『仕事』の時間です」


「…………わか、た」



 わたしの私室――とは名ばかりの拘置施設――の扉が開かれ、神経質そうな男が無感情に命令を下す。

 まるで家畜でも見るかのような……少なくとも子どもに向けるものでは断じて無い、無遠慮で冷徹極まりない視線。それはいちいち口に出すまでもなく、彼がわたしを『どういうモノ』として捉えているのかを如実に表している。



「『わかった』ではなく『了解』だと、何度言えば覚えるのですか? ……やはり所詮は白紙頭ブランク……もう一度、基礎教育から刻み込む必要がありそうですね」


「やだ」


「貴官の意思など関係ありません。判断を下すのは、貴官の『飼い主』である私です」


「きょう、いく、の、あいだ…………たたかえ、なく、なる。……やだ」


「………………まぁ、良いでしょう。今回は目を瞑ります」


「ありがと、たいさ」


「……チッ」




 味方から尊敬の視線を集め、平和を維持する抑止力として、英雄として君臨する。

 ……あぁ、それはまさに『夢』だ。もっとも『叶わぬ』という修飾語と一蓮托生な、とても儚いモノではあるが。






 いったいどういう因果か……かつて生きていた世界とは似ても似つかぬ世界、全く異なる環境で目覚めたわたしは、巨大なロボットを操る手段と立場を手に入れた。

 またこの身に宿る『能力』と、愛機たる巨大ロボット『エメトクレイル』の性能によって、それなりに重用される立場を手に入れることができた。


 この基地に残された、唯一の空戦用ECエメトクレイル部隊、その中核を成す特務機体。

 それを操り、この部隊の力を振るえるのは、わたしだけなのだ。



≪九番。準備は出来ていますね?≫


「だいじょぶ」


≪…………では、さっさと行きなさい。既に【サルヴス】も全機待機中です≫


「たいさは?」


≪私は、後方にて全体の指揮を執ります。……貴官にばかり構っているヒマなど有りません≫


「………………わかった」



 ……しかし、それでも……わたしが仲間たちから『尊敬』の目を向けられることなど、無い。

 それどころか……そもそもわたしが、この基地で人間扱いされるケース自体、存在し得ないのだ。




≪特務制御体【N-9Ptノール・ネルファムト】、こちらレッセーノ・コントロール。……貴機の拘束を解除する。直ちに出撃、敵対戦力を駆逐せよ≫


「わかりま、した」


≪…………必ず、生きて戻れよ≫


「? …………はい」



 今回のわたしのお仕事は、敵軍勢力圏への奇襲作戦である。戦力を整えようと画策している敵基地へと揺さぶりを掛け、上がってきた敵戦力を擦り潰すのが目的だ。


 わたしのための専用機にして、わたしのである【N-9Ptノール・ネルファムト】……特異かつ唯一無二の能力を秘める特務機体が、独特の作動音を響かせながら宙を舞う。

 今回の命令を受けて宙へ舞い上がった人員は……やはりというかわたしと、後方指揮を請け負う隊長だけのようである。

 そして隊長はというと、地上部隊や基地の攻撃設備を含む全ての戦闘装備を指揮する立場に在るとのことで。


 ……まぁつまり、前線担当というか殴り込み要員はということで。

 なんのことはない、いつものことだ。



 情勢の変化に伴い、慢性的な劣勢を余儀なくされている我が帝国軍……目覚ましい奮戦を見せるこの基地の防衛に少なからず貢献している自覚はあるが、それはわたしへの好感度に直結するわけではない。

 基地管制担当の『生きて戻れ』との指示も……まぁ、わたしが死んだらこの基地の防衛は困難だろうからな。わたし個人を心配しての言葉じゃないだろう、それくらいは理解している。



 中央の研究者らの手によって『ナニカ』されたこの身体は、既に人間ニンゲンと呼べるものでは無い。人外の化物だ。

 肉や骨は随所が金属細工に置き換わり、体表面にはあちこちに挿入口ソケットが造作され、額には鬼人のような二本のツノが形作られ、そこから頭の中枢まで人工物が根を伸ばしているのだ。


 一部において常人離れした性能を発揮する一方で、他の一部においては大きなハンデを負っている。

 わたしの場合は……おわかりのように言語中枢、主に前言語野をヤラれているらしい。まるで幼年児のような辿々しい口調は、どうやら聞く者に多大なるストレスを与えてしまっているようで。



 そんな存在であるからして、わたしと言葉を交わす者は皆一様に、不快感をあらわに顔を顰めてしまうのだ。

 ……ヒトではないわたしが、イライラさせるような口調で喋るんだものな。無理もない。



 だからこそ、わたしは機体に付け加えられたには、いつも助けられているのだ。




『状況を報告します。EC【アルカトオス・サルヴス】1番エナから9番ネル、全機遠隔魔紋接続を確立しました。特務戦略パッケージ【N-9Ptノール・ネルファムト】統率戦術フェイズA2『群狼ルピスマグヌス』、作戦行動を開始します』


≪ッ、…………状況、確認。スレイヴEC全機、発進を許可します≫



 いつもとは打って変わって饒舌な状況報告を受け、管制担当が引き攣ったような息遣いを溢す。……毎度のことではあるが、この変貌が気持ち悪いのだろう。

 便利であることには変わりないが、しかしそれが生理的に受け付けるかどうかというのは、また別問題であるらしい。


 わたしの不自由な口調では、戦闘中の状況共有に支障をきたす。そのことを危惧した隊長の指示により、わたしの機体には『わたしの思考を電子音声へと変換する』外部デバイスが組み込まれている。

 会話らしい会話を行えない私であっても、このデバイスとわたしの思考中枢を『接続』することで、円滑な状況報告を行えるのだ。画期的だ。



≪……準備は整ったようですね、九番。貴官の存在意義を果たしなさい≫


『了解しました、大佐』


≪…………EC【アルカトオス・インペラトル】、貴機の発進を許可します。……お気を付けて≫


≪心配には及びません。侵攻部隊の制御も、九番にとっては簡単な仕事でしょう。せいぜい戦果を期待していなさい≫




 イードクア帝国南方方面軍、レッセーノ基地所属ECエメトクレイル小隊……わたしと大佐殿の操る総勢11機は、重厚な機体を宙に踊らせる。


 前衛を構築するのは、空戦用重装甲型ECエメトクレイル【アルカトオス】が全部で9機。それぞれ3機ずつの小隊が3つ、重厚な大盾スクトゥムと長銃を構えて敵を睨む。

 そのやや後ろ、前衛に護られるように位置取っているのが、わたしこと【N-9Ptノール・ネルファムト】……ヒト型を逸脱した、異形の特務機体である。


 そんなわたし達前衛部隊の後方には、隊長機である【アルカトオス・インペラトル】が佇み、地上には基地所属の戦闘部隊が展開している。

 ……万が一、わたしたちが墜とされたとしても、レッセーノ基地まで攻め上られる心配は無いだろう。



 対する敵軍はというと……接近するわたしたちの姿を捉え、最寄り基地から慌てて駆けつけた空戦用ECエメトクレイル――確か【アラウダ】と呼ばれていた機種――が、全部で4機。情報どおりだ。

 敵軍は空戦用の配備数がこちらより少なく、その貴重な空戦機はいわゆるエースパイロットへと優先配備されているらしく……つまり空戦用イコール実力者なわけなので、機体の数で勝っていようとも決して楽な仕事ではない。

 まぁとはいえ、そんな『数で劣る』敵軍よりも、純粋な戦闘人員の数で劣っているのが我々の現状なのだが……それを隠して押し切るのが、このわたしの存在意義である。



 そして我々にとって都合の良いことに、あの敵部隊はこの南方戦線へと転向してきたばかりだという。

 つまりは、わたしこと【N-9Ptノール・ネルファムト】との交戦経験が、まだ無いわけで。



 要するに……情報共有され、対策を練られる前の『今』ならば、充分に勝算はあるということだ。




『状況を報告します。【サルヴス・ベータ】【サルヴス・ガンマ】エンゲージ。敵性機体撃墜2』


≪……やはり、反応が鈍いですね。どうやら対策を練る間も無かったようだ。続けなさい≫


『了解しました』



 ふたつの小隊のそれぞれ3機による集中砲火を受け、敵空戦機2機が一瞬で大破爆散する。


 連携などという次元を通り越した全く同一の挙動にて、小隊そのものが一つの生物であるかのごとき、一糸乱れぬ統制射撃。

 逃げる先を塞ぐような、畳み掛けるような精密射撃の包囲網は、わたしの得意とするところだ。



『状況を報告します。敵性機体撃墜1。敵性機体、残存1』



 敵機体からの反撃が放たれるが、EC【アルカトオス】はもともと高出力防護障壁と重装甲がウリの機体である。更に左肩には大盾スクトゥムを備え、生半可な攻撃では戦闘能力を削ぐことなど出来はしない。

 ましてや、被弾や損壊や大破を一切恐れることなく、完璧な統制攻撃を行えるであれば……その侵攻を防ぐことなど、到底不可能であろう。




『状況を報告します。……残存敵性機体、敵性地上戦力の有効射程範囲内へと離脱しました。パターンI−8、追撃行動へ移り――』


≪待ちなさい。4機のうち3機を墜としたのです、上々の戦果でしょう。……帰投しなさい、九番≫


『了解しました』


≪フフフ……せっかく呼び寄せた追加人員を、こうも早く喪ってしまうとは……心よりお悔やみ申し上げる。奴らの気勢もさぞ殺がれたことでしょう≫




 今回のわたしの働きは、どうやら大佐の評価に値するようだ。通信越しの口調から判断する限りは、機嫌は悪くなさそうである。

 締め付けるように痛む頭に顔を顰めながら、とりあえずは戦闘行動が終結したことに『ほっ』とひと息。通信越しに9機の【アルカトオス・サルヴス】諸共、迅速に基地へと撤収していく。




 わたしが生まれ変わった……いや、放り込まれたこの世界において、わたしは『立場』を手に入れた。



 特務制御体【N-9Ptノール・ネルファムト】とは……単機で小隊規模の機体を操り、単独で統率された軍勢を形成することのできる、とても画期的な機体であり。


 このレッセーノ基地を守り抜くための、まごうことなき『かなめ』といえる存在であるハイエンドECエメトクレイルであり。




「…………たいさ」


≪…………何です、九番。……口述補助機構はどうしたのです≫


「……えっと………かえったら、おねがい、が……えっと――」


≪私は多忙の身です。……貴官もご存知でしょう、身の程を弁えなさい≫


「………………わかり、ました」




 そしてわたしは……このレッセーノ基地総司令、ユーハドーラ・ウェスペロス大佐の、忠実なる番犬なのであり。



 大佐どの……隊長どのの、切れ味バツグンな懐刀なのである。






 はー、隊長すき。今日もかっこいいな。今日はあたまなでてくれないかな。



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