噂の絶えない月凪さんを変えてしまったのは俺らしい。
餅餠
第1話気になるあの子
席替え__それは多くの人間が経験するであろう学校でのプチイベント。数ヶ月に一度訪れるその瞬間は今後の学校生活を左右する。誰もが気になるあの子や心からの親友のことを思いながらこの瞬間に良い結末を願うのだ。
彼もまたその一人だった。
窓際の後ろから二列目の席。陽の光が当たる席で彼___
跳ねた髪の毛が特徴的な彼がこの学園に来て二年目。初めての席替えだ。
最初の出席番号順の席である程度コミュニティができた中で変えてしまうのはいささか寂しいようにも感じていたが、心躍らずにはいられない。
あれやこれやと会話が行き交う教室内で彼もまた想像を膨らませていた。
「なぁ日向ー俺お前と離れたくねぇよ…」
瀬名の一つ前の席、椅子ごともたれかかるようにして話しかけてきたのは
「ははっ、そんな落ち込むなよ。なにも一生会えないわけじゃないしさ。…そともなんだ、主人との別れが寂しいのか?」
「誰が秀吉だよ。今際の際でよせよ」
「そんなピンチじゃねぇだろ。…別に離れてもクラスは一緒だろ?」
「でもよぉ…やっぱ怖くね?」
瀬名は亮太の言うことがわからんでもなかった。周辺の生徒とは比較的仲良くなったものの、話たこともない生徒もいる中では席替えも楽しみなものというよりも悩ましいものになるだろう。
かくいう瀬名も話すのは得意というではない。苦手でもないのだが。中途半端な部類の人間だ。
「まぁまぁ、少しは良い方に物事を考えよう?お前、誰かと隣になりたいとかないの?」
「んー、そうだな…やっぱ夢さんだろ」
亮太の視線が向いたほうに瀬名も視線を合わせた。
二人の視線の先にはいかにもな金髪をなびかせた桃色の瞳を持った少女がいた。彼女の名は
というのも、瀬名も噂でしか彼女の事を聞いたことがなかったのだ。同じクラスになってようやくその姿を拝むことができたのだが、大したものではないというのが瀬名の意見だった。このクラスでは彼女に思いを寄せる男子が多いため口にすることはなかったのだが。
「あの美しいご尊顔を隣で拝むことができたらそれはもう…俺天に召しちゃうかも」
「でもお前もう死んでるじゃん」
「だから誰が秀吉だよ。俺はあの人の隣になるまでまだ死ねないんだよ」
そこまでかよ、という言葉を瀬名は口にすること無く飲み込んだ。
「…でも、みんな狙ってるよな。あの人の隣」
瀬名はぐるっと教室内を見回す。必然的とでも言うべきか、教室内の男子の視線は篠崎に向けられていた。誰もが彼女の隣を熱望しているのだろう。瀬名にはその気持が分からなかったのだが。
「そりゃ当たり前だろ。だってこの学園一の美少女だぜ?誰だって隣になりたいに決まってんだろ」
「…そういうものなのかな」
「なんだ、逆張りか?らしくないな瀬名」
逆張りかと言われたらそうとしか言いようがなかった。あの美貌に惚れない男などいないと言われているのだから、瀬名の感情が逆張りと言われてもおかしくはなだろう。
ふと瀬名の目線が教卓前に移る。ちょうど席替えのくじを引いている最中だった。
瀬名の目線はそこにいた人物に止まる。
先にかけてゆるくパーマのかかった長髪が特徴的な人物だった。
黒髪の中に青色が入り混じり、その無表情も相まってどこかミステリアスな雰囲気を漂わせている。クラスの中にいたら確実にその人だと分かるであろう容姿の人物に瀬名の視線は釘付けになった。
「どしたそんなぼーっとして?…あぁ、
瀬名の視線を辿った亮太は目線の先にいた人物を見てそう溢した。
「…月凪?」
「知らねぇのかよ…
月凪沙綾香。その名を聞いて瀬名は彼女に関する記憶を取り戻した。
以前に聞いた話だった。ミステリアスな彼女にはいくつかの噂があるのだという。その噂はどれもパパ活をしてるだの、タバコを吸っているところを見ただの、ピアスを開けてるだの、インパクトはあれど、どれも証拠に欠けるようなものだった。
だが、噂というものは広まれば広まるほどにその効力を増していく。人から人へと伝わるうちに根も葉もないものまでついてくる。きっとその結果がこれなのだろう、と瀬名は結論付けていた。
そんな噂の数々からついたあだ名は女狐。男を惑わす卑しい狐という意味だ。
「あー…聞いた事あるようなないような」
「なんかこの前路地裏でタバコ吸ってたって話だぜ?見た目も非行少女って感じだしな…」
「それはこじつけだろ…どれも噂なんだし、本当かどうかは分からないだろ?」
「そうは言っても本当の可能性だってあるんだぜ?隣になったらなにされるか分かんないぞ…」
亮太は自らの両肩をさすりながらそう言った。そんなに恐ろしいものなのか、と首をかしげた瀬名だったが今はどうとも言えなかった。
「次、亮太ー」
「あ、順番みたいだな。一緒に行こうぜ」
瀬名は亮太につれられて教卓の前まで来た。今回の席替えはくじ引き式の完全ランダム。箱の中から紙を一枚引いてそこに書いてある番号で席が決まる仕組みだ。好きなあの子と席になりたかったら神に祈るしかない。
瀬名はできるだけ平和な席になって欲しいと目を閉じて箱の中から紙を一枚引いた。そしてそれを持って席まで戻る。
「いやー、次も近いところだといいな!いっせーので開こうぜ。…いっせーので!」
瀬名と亮太は同時に紙を開いた。亮太の紙には18、瀬名の紙には31と書かれていた。
「あー…この番号だと近くはなさそうだな。えーっと席は…」
瀬名と亮太は黒板に書かれた座席表に視線を滑らす。亮太の予想通り二人の席は離れてしまったようだった。
「やっぱりか…亮太、信長と仲良くな」
「だから誰が秀吉だよ」
そんな軽口を叩いていると、全員がくじを引き終えたようだった。数ヶ月間の席とにお別れを告げ、瀬名は立ち上がる。担任の案内で席の大移動が始まった。
瀬名が座ったのはまたもや窓際の席だった。しかも、前の席から一個後ろに下がっただけ。彼に取っては大した移動ではなかったようだ。
まわりの生徒達はまだ移動に手こずっている様子だった。少し休みたいところだったし、外の景色でも見て休むかと腰を下ろしたその時だった。
瀬名の視界の端に見覚えのある髪色が映った。
「え…」
隣に座った人物に瀬名は目を見開く。まさかとは思っていたが彼に取っては予想外も良いところだった。
その隣に座った人物は瀬名を一瞥して言う。
「よろしくね日向くん」
「あ…よろしくおねしゃす…」
その素っ気ない態度に動揺した瀬名はらしくない言葉遣いで答えてしまった。直後にまずかったかと謝罪を入れようとした瀬名だったが、それも変だなと思い沈黙を貫くことにした。
ミステリアスな少女、月凪沙綾香は彼の隣の席だった。
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