何でも欲しがる妹と、何でもあげちゃうお姉様

uribou

第1話

 私はリリアン。

 カルヴァート伯爵家の次女ですわ。


 何でも欲しがるなんて我が儘だ。

 欲が深いと言われているのは知っているわ。

 でもそれのどこがいけなくて?


 人間とは欲しいものがある生き物なのよ。

 知識が欲しければ学べばいい。

 技量が欲しければ修行すればいい。

 ものが欲しければ奪えばいい。

 当然のことでしょう?


 私はものや地位に恵まれたいの。

 ところがエレノアお姉様は違うのですわ。

 執着心がないのですわ。


 盗り易きに盗り、奪い易きに奪う。

 基本ですわ。

 私はお姉様の所有物をねだりました。

 ドレスしかり、アクセサリーしかり。

 お姉様はちょっと困った顔をするだけで、結局譲ってくれるのですわ。


 ……お姉様はあんな性根でカルヴァート伯爵家を継ぐ気なのでしょうか?

 他家の食い物にされてしまうのではなくて?

 うちのためにならないわ。

 私が継いだ方がいいわ。


          ◇


 ――――――――――カルヴァート伯爵家長女エレノア視点。


「カルヴァート伯爵家は私が継ぐわ。ダレン様も私がもらう。いいでしょう? お父様、お姉様」


 目が点になってしまいました。

 ダレン様はマーシャル伯爵家の令息で、わたくしの婚約者です。

 カルヴァート伯爵家を継ぐわたくしの婿となって、家を盛り立てていく予定でしたが……。

 リリアンったらお父様とわたくしの許可を得ようとしているようですけれど、ダレン様がリリアンの隣に座っていますよ。

 とっとと認めろと言うことですね?


 お父様が大声を上げます。


「リリアン! そなた何を言っているのだ!」

「あら、要するにお姉様か私が婿を取って、カルヴァート伯爵家を継げばよろしいのでしょう? 私がダレン様と結ばれて何の不都合がありましょう?」


 ……家同士の関係ということなら、理屈では正しいですね。

 わたくしへの配慮がないですけれども。

 ダレン様はとても堂々としていて見栄えのいい方ですから、リリアンも欲しくなったのでしょう。


「許されるわけがないだろう! ダレン君はエレノアの婚約者だぞ!」

「もちろんわかっていますわ。でも私に譲ってくださっても構わないでしょう、と言っているのです」

「そんなことが……」

「いえ、お父様。お待ちください」


 激昂するお父様の袖を引きます。


「ダレン様のお考えはいかがですか?」

「ふむ、マーシャル伯爵家としては、エレノアでもリリアンでも構わないという見解だ」


 お父様が絶望的な顔になります。

 大げさですよ。

 マーシャル伯爵家はうちカルヴァート伯爵家と結ぶことが大事と考えているようですね。


 わたくし個人への言葉は特にありませんでした。

 わかってはいましたが、ダレン様は地味なわたくしよりも可愛らしいリリアンの方が好みなのでしょうね。

 ふう、と聞こえないようにため息を吐きます。


「お父様、これはもう仕方ありません。先方も納得されているようですし、リリアンにダレン様を迎えて家を継がせるということでよいのでは?」

「エレノア! そなた無責任だぞ!」


 あれ、わたくしに文句ですか。

 と仰いましても、わたくしではいかんとも。

 リリアンが鼻をピクピクさせています。

 得意そうにしている顔です。

 小動物がエサをもらった時みたいで可愛いですね。

 わたくしはあの顔に弱いのです。


「マーシャル伯爵家との関係がこじれる方がよろしくないですよ」

「む? うむ……」

「できればエレノアとの婚約を解消し、リリアンとの婚約を認めていただきたい」


 ダレン様ったら中立っぽい立ち位置でしたけど、いよいよリリアン推しで来ましたね。

 わかっていますよ。


「……ではダレン君とリリアンの婚約を認めよう。二人でカルヴァート伯爵家を盛り立ててくれ」

「「はい!」」


 いいんじゃないでしょうか?

 わたくしも身軽になりました。


          ◇


 ――――――――――その日の夜。


「はあ……」

「お父様、みっともないですよ」

「何だ、他人事みたいに」


 お父様の書斎にわたくしだけ呼び出されました。

 お父様がガッカリする気持ちもわかりますが。


「そなたがカルヴァート伯爵家を継いでくれるなら、何の心配もいらなかったのだが」

「お父様はわたくしの経営学のスコアを過大評価しているだけですわ」

「学校の成績が当てにならんことは知っている。しかしそなたは実際に俺の仕事を手伝っているしな。趣味の研究内容も独創的で、金になるアイデアがいくつもある。マーシャル伯爵家との共同事業の企画も立てた。力量はよくわかっておる」


 お父様に評価されると誇らしい気分になりますね。


「ダレン君は凡庸だし、リリアンはバカだろう?」

「……ですね」

「あんなやつらに我がカルヴァート伯爵家を託さねばならんとはな」


 お父様が自嘲気味に言います。

 カルヴァート伯爵家は旧家ではありますけれど、経済的には見るべきところはありませんでした。


「マーシャル伯爵家もおかしいではないか。エレノアなくして共同の製薬事業がうまくいくと思っているのだろうか?」

「えっ? 何を言っているのですか、お父様。弱気なことを言っていては困りますよ」


 確かに農業にあまり向いてないカルヴァート伯爵家領で、数種の薬草を発見したのはわたくしです。

 栽培可能なのも確認しました。

 後はお願いしますよ。

 状況がこうなるとわたくしは他家に嫁ぐことになるのでしょうから。


「まあ、な。……エレノアはダレン君のことは?」

「図らずもお父様が仰ったではないですか。凡庸だと」


 頼りにはならないですが、うるさい口出しをする人ではないです。

 外見は格好いいですし、婿としては合格点かなと思っていました。


「ハハッ、相変わらずシビアだな。未練がないようで何よりだ」

「未練なんかありませんよ。何の得になるんですか」

「リリアンをどう見ている?」

「問題ですよね」


 おねだりするのはいいのです。

 わたくしの実験作を欲しがっては、よく持って行きました。

 が……。


「リリアンはエレノアを舐めてるだろ。本当にバカで困る」

「致命的に見る目がないと思うんですよね。わたくしの作ったものをありがたがるなんて」

「いや、エレノアの作るもの、作らせたものは実に面白いと、俺も思っていた」

「ええ?」


 お父様も親バカなのですから。

 全然商業レベルではないですよ?

 

「せめてエレノアには良き縁談があって欲しいものだ。が……」


 お父様の心配もわかります。

 婚約解消された傷物ですし、二〇歳という年齢も新たに相手を探そうと思うとギリギリですし。

 

「努力して探してみる」

「お願いいたします」


          ◇


 ――――――――――リリアン視点。


 お姉様がガーンズバック侯爵家当主ヒューゴー様に、後妻として嫁ぐことになりました。

 ガーンズバックって、有名な貧乏侯爵家でしょう?

 奥様が逃げてしまったとの噂の。


 でもヒューゴー様御自身は文筆家として知られている方で、お姉様はファンだったみたい。

 大喜びしているわ。

 まったくお姉様も変わっているのですから。


 まあお姉様のように欲のない人にはお似合いなのではないですか?

 ヒューゴー様は三〇前という話ですから、そう年齢も離れておりませんし。

 爵位だけは高いですしね。


「リリアン」

「あら、ダレン様」


 ダレン様は凛々しいですわ。

 惚れ惚れしますわ。


「エレノアがヒューゴー殿に嫁ぐと聞いた」

「気になります?」

「少しはな。ガーンズバック侯爵家領は冬寒く、雪深い土地だ」

「ダレン様はお優しいですのね。でもその優しさは私だけに向けて欲しいわ」

「ハハッ、リリアンは欲張りだな」

「欲張りな私はお嫌い?」

「そんなところも可愛いぞ。ドレスを仕立てに行こうか」

「はい」


 お姉様と会う機会はもうないかもしれないわね。

 寒い国に閉じ込められていればいいわ。


          ◇


 ――――――――――エレノア視点。


 ヒューゴー様と初顔合わせ、兼輿入れですわ。

 いえ、ヒューゴー様のお顔くらいは存じておりますけれども。


「遅くなって申し訳ないね。エレノア嬢」

「いえ、お気になさらず」


 きゃあああああ!

 ヒューゴー様がいらっしゃったわ!

 わたくしはヒューゴー様の本の大ファンなのです!

 ヒューゴー様の妻になれるなんて、何と幸せなことでしょう!


 ヒューゴー様がおずおずと言います。


「本当にいいのかな? 引き返すなら最後の機会になるけど」

「引き返すとは、いかなる意味でしょうか?」

「僕としては、エレノア嬢のような優秀な令嬢が妻になってくれるのは万々歳なんだ」

「わたくしのような嫁き遅れにとっても、侯爵家当主のヒューゴー様がもらってくださるなんて、望外の幸せなのですけれど」

「ガーンズバックなんて、名ばかりの侯爵家さ。知ってると思うけど、僕は前の妻に逃げられてしまってね。とても侯爵家の夫人に相応しい待遇をしてやれなかったんだ」

「まあ」


 ヒューゴー様ほどの文才をお持ちの方がお困りでいらっしゃる。

 何ということでしょう!

 ぜひお支えせねば!


「本当にエレノア嬢のような若く美しい才女を迎えられる家じゃないんだ」


 若く美しい才女だなんて。

 わたくしは嫁き遅れの傷物ですってば。

 ヒューゴー様は本当に気持ちよく褒めてくださいますね。


「僕が妻を求めていることは事実なんだ。次代のこともあるから」


 子供さえ得られればいい。

 もっと低い家格のところから妻を迎えようとしていたようです。

 

「だから今からでも断ってくれて構わないんだよ」

「いえ、わたくしはヒューゴー様の著作のファンなのです」

「ハハッ、それは嬉しいな」

「喜んで嫁がせていただきます」

「しかし……ガーンズバック侯爵家領は何にもないんだよ」

「今のところは、ですよね」

「えっ?」


 ガーンズバック侯爵家領に生えている植物、そして雪。

 産業化できるに違いないものがあります。

 得意分野です。

 わたくしの研究よ火を噴け!


「お任せください 絶対にお役に立ってみせます!」

「役にって……」

「要するにガーンズバック侯爵家領を発展させればよろしいのでしょう? わたくしの懇意な商人が出資してくれます」

「えっ? いや、あの……」

「わたくしを信じてください!」

「う、うん」


 やりました!

 絶対にわたくしはやります!

 ヒューゴー様と目が合ったのでにっこり。


「今後ともよろしくお願いいたしますね」

「魅力的な個性だ。次の小説の主人公のモデルにしてもいいかい?」

「もちろんですとも!」

「エレノア、と呼んでも?」

「嬉しいです!」


          ◇


 ――――――――――一〇年後。


 ガーンズバック侯爵家領に生える植物で、麻に似た繊維の取れるものがあるのです。

 平織した上布をわたくしは研究したことがありますので、産業化しました。

 雪で寒晒しするという外国の本で見た手法を応用したところ、品質の良さも相まって大当たりです。


 ソバやライ麦等、耐寒性の高い作物の栽培面積を増やし、それらを使用した新しい料理を、ヒューゴー様の本でもさりげなく宣伝しました。

 需要に合わせて侯爵領の気候に向いてない作物を作るのではなく、需要の方を作っていくスタイルですね。

 知名度は徐々に上がっていくでしょう。


 またハーブの栽培を推奨すると、その美しい花は観光資源としても有効でした。

 そう、観光。

 ガーンズバック侯爵家領は避暑地として有望なのです。

 湖や渓谷、低山登山など、領内の豊かな自然を生かしたプランを提供したところ、訪れてくれる人も増えました。

 

 今試作を進めているのは、海産物の加工品ですね。

 絶対にものにしてくれます!


「エレノア、商売も結構だけど、身体に気をつけなきゃいけないよ」

「はい」


 ヒューゴー様の柔らかな眼差し。

 ええ、ヒューゴー様が優しいことは、著作を読んだだけでわかっていましたとも。

 想像通りの方でした。


 今わたくしのお腹には四人目の子がいます。

 二人の息子と一人の娘は、皆腕白です。

 元気なのはいいことですね。

 長男は来年から王都の学校に通うことになります。

 

 軽くヒューゴー様にバックハグされます。

 労りを感じますねえ。

 ほっこりします。


「エレノアが妻になってくれて、本当に感謝しているんだよ」

「もう、何度も仰らなくてもいいですってば」

「君の……実家のことだけど」


 三年前にお父様が亡くなり、その後伯爵を継いだリリアンとダレン様の間がどうやらギクシャクしているようです。

 また軌道に乗っていたように見えた製薬事業を、いっぺんにおかしくしてしまいました。

 お父様の手腕に頼っていたのですかねえ。


「エレノアにも随分連絡が来てたろう?」

「わたくしは既にガーンズバック侯爵家の人間です。頼られても困ります。正式に契約し、立て直しを依頼されたなら別ですが」

「厳しいね」

「厳しさもです」

「ん?」

「わたくしがリリアンにあげたものですよ」


 リリアンは昔から何でも欲しがる子でした。

 お父様の言う通りわたくしを侮っていたのかもしれませんが、可愛い妹ということもあります。

 わたくしは可能な限りリリアンに与えてきました。

 今でもです。

 苦労と試練と課題をリリアンに。


 カルヴァート伯爵家を継ぐと決めたのはリリアンです。

 欲しがるばかりではいけません。

 努力して手に入れることを覚えなさい。

 あなたに最後にプレゼントできるのは、挫折感と教訓です。


「今こそリリアンは得意技を使うべきですのに」

「ん? 何だい?」

「いえ、何でもないのです」


 折り合いが悪くなったとしてもダレン様は婿。

 他にどこにも行きようがないのです。

 放り出すことを仄めかせば、マーシャル伯爵家から強引に援助を引き出すことができるはず。

 骨の髄までしゃぶり尽くしなさい。

 リリアンなら必ずできます。


 リリアンはわたくしのことを、執着のない人間だと思っていたみたいです。

 面と向かって言われたこともありますね。

 でもそんなことはないのです。

 後ろから回されたヒューゴー様の腕をぎゅっとします。


「ん? どうしたんだい?」

「何でもないのです」

「ふふっ、愛しているよ、エレノア」

「わたくしもです」


 昔のわたくしには執着すべきものがなかっただけなのです。

 今のわたくしには愛すべき夫と子供がいます。

 与えられたものでなく自分で手に入れた、これが幸せです。

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