第5話

 獄炎竜の試練の第2層は、モンスター地獄だ。


 倒しても倒しても魔物が湧きだしてくる上、その全てがB級以上の強力な魔物という鬼畜っぷり。常にモンスターハウス状態といえば分かりやすいだろうか。

 更に厄介なのは、湧きだす魔物たちは様々な種類が入り乱れて連携を取って来るということだ。

 通常A級、B級などの魔物のランクは、群れを成すかどうかによって大きく変わってくる。一体一体は弱くても、大きな群れを作る魔物はランクが高く設定されるのだ。

 だが、ここでは普段は群れないバラバラの種類の魔物が徒党を組んで襲い掛かって来る。前例となるデータがなく、単体でA級の魔物が他のA級と組んで襲ってきたりするというのは……言葉以上の壮絶な地獄である。

 実際運よく1層を抜けれた者も、大半がここで命を落としていた。


「う~、ヒック。なんで誰もいなくなっちまったんだ~? マスター? 酒作ってくれよ~」


 だが……そんな一歩進めば魔物と出会うはずの第二層で、おっさんはかれこれ30分くらい、まだ一度も魔物と遭遇していなかった。


「あーちくしょう! 俺もあの風俗街で遊びまくりてぇよ!! 風営法とか条例とか無視した異世界倫理観で可愛い子とエロいことしまくりたいんだよ!!!」


 まだ怪しいバーにいるつもりなのか、虚空に向かって話しかけ続けている。そんな発作のようなおっさんの叫びに引き寄せられ、遂に魔物が現れた。


 ダンジョンの地面に潜りながら迫る凄まじい数の大群。

 ダンジョンラットと呼ばれる、どこのダンジョンにもいるネズミの魔物だ。

 大きさは大体人間の頭部くらいで、地中に潜って不意打ちをしてくるのが地味に厄介で冒険者からは嫌われている。

 ……そのはずなのだが、おっさんの前に現れたネズミはどう見ても1メートル以上ある。

 そんなくそでかネズミが約30匹。おっさん目掛けて一直線に襲い掛かる。


「ギィィィィイイイ!!!」


 だが、地上に顔を出しおっさんを食いちぎろうとした直前——悲鳴のような鳴き声を上げると、瞬時に回れ右。

 ダンジョンラットの群れは脱兎のごとくおっさんから逃げて行った。


「なんだぁ? アラームでもつけっぱなしだったか?」


 ぼんやりと虚ろな目をしたおっさんが周囲を見回す。

 だが、周囲にはやはり魔物の姿はない。


 ──ダンジョンラットが逃げ出した理由は、おっさんの息にあった。

 ぶは~っ、と吐き出される、酒焼けした熱い吐息。

 おっさん自身は気付いていないが、その息は信じられないくらいの悪臭を放っていた。

 その臭いは、悪臭を放つ生ゴミを煮詰めて何十倍にも濃縮したかのような、少し嗅ぐだけで吐き出してしまいそうなレベル。


 ……さて、そろそろお気付きだろうか。


 モンスターを寄せ付けない臭い息も、全ての罠を回避してしまった幸運も、全てはおっさんが大事に抱えているこの一升瓶が原因なのである。

 裏路地の酒場で「店で1番強くて高級な酒をくれ!」と叫んで手に入れたこの酒。

 実はこれ、近くの遺跡から出土した古代の魔よけの酒であった。

 あの店は立地上悪い取引にも利用されているのだが、そういうガラの悪い常連から日頃の礼として貰い受けたのだ。結果店主は賄賂として渡してくるくらいだから高級なのだろうと店で1番高い値段をつけ、何も知らないおっさんの手に渡ってしまったのである。


 魔よけの酒の効果は3つ。

 運上昇(極)、モンスター避け(めちゃくちゃ悪臭)、HPMPの自動回復である。

 まさに大盤振る舞い。

 正しく市場に出回っていれば、郊外に良さげな家が建っただろう。

 まあデメリットとして、死ぬほど強いので必ず泥酔してしまうというのはあるが。


 とにかくこの酒の効果こそが、はずれスキル持ちのおっさんをこんなところまで連れて来てしまった原因だった。


 だがまあ、当然ながらおっさんはそのことに全く気付いていない。というか自分がダンジョンの中にいるということすら自覚していないのだ。

 今もおっさんの臭い息から逃れようと魔物たちが離れた廊下の奥ですし詰め状態なっているが、当の本人は「あークソ!!! 風俗行きてぇえええええ!!!」と叫びながら壁を蹴りまくっている。


 ……そんなこんなで、結局1度も魔物と遭遇することなく、おっさんは次の階段へと辿り着いてしまった。

 こうしておっさんは、獄炎竜の試練・第2層『モンスター地獄』を踏破したのである。

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