第3話
話していたのは貴族のおぼっちゃまみたいな七三分けのチビデブ男だった。
敢えて周囲に聞こえるように大声で自慢話をしている。
「げぇ……」
俺は声の主を見て嫌な予感がしたため、俺はすぐに代金を置いて酒場を去ろうとした。
「あれ? もしかして源田さんじゃないですか?」
だが、酒場の入り口でチビデブに呼び止められてしまった。
「俺ですよ俺。貴方と同期の飯田ヨシテルですよ」
「ああ……こんばんは。久しぶり」
嫌な奴に絡まれてしまった……
このチビデブは世界に一緒に飛ばされた同期である。特に交流はなかったのだが、最初に自己紹介をしたのを覚えていたのだろう。
「源田さん、最近調子どうっすか? 俺は最近A級冒険者に上がったんですよ! そしたら色んな女冒険者にパーティに誘われまくっちゃって? せっかくの異世界だし、美少女エルフの奴隷とか買っちゃおうかなーなんて。金なら有り余ってますしね!」
チビデブはにちゃっとした気持ち悪い笑みを浮かべながら、聞いてもいないことをべらべらと話し出す。
「そうなんだ凄いな。それじゃ、俺は――」
「ここに来てもう半年経ちますけど、源田さんもB級くらいにはなりました?」
「いや、俺はそういうのとは無縁だから……」
「ああ! そうでしたそうでした。源田さん、はずれを引いて冒険者にもなれなかったんでしたっけ? いや~すみません、すっかり忘れてて」
ニヤニヤしながら、悪気なさそうに謝って来るチビデブ。
いやお前絶対覚えてただろ……
「雑魚スキル引いて肉体労働なんて大変っすね~。俺のウルトラレアスキル《光の剣》の強さをちょっとでも分けてあげられたらいいんですけどね。ギャハハッ」
そう。こいつこそが俺の後に一番の当たりスキルを引いた男だ。
この人生舐めてそうな、どう見てもカースト底辺の高校生くらいのガキがチートの力だけでA級冒険者なのだ。
一回俺の働いていたブラック企業にぶち込んでやりたい。3日で泣いて逃げ出すことに貯金全部賭けてもいい。
だが、ここは異世界。警察も親もいない。こいつを怒らせてボコボコにされたとしても、俺を助けてくれるものは何もないのだ。
「勘弁してくれよ。……それじゃ、俺は明日も仕事があるから」
だから、俺は必死で愛想笑いを浮かべて店を出た。
「お仕事頑張ってくださいよ~」
背中に煽るように声を掛けられたが、軽く手を振っていなした。
社畜時代、上司に理不尽に詰められていた俺にとってはあの程度屁でもない。
「だあああああっ! チクチョウあのガキぶっ殺してやる!!!」
……そんなわけもなく。
俺は人気のない路地裏まで来ると腹に煮える怒りを思い切り叫ぶのだった。
「俺だってなぁ! チートさえもらえてれば冒険者したかったよ! 女冒険者に頼られてハーレムしたり可愛い奴隷買って好き放題してぇよ羨ましい!!!」
路地裏でがっくりと膝をつき、天に向かって叫ぶ。
周りがチートで簡単に稼いで楽しくやっている中、俺はひたすら肉体労働して耐え続けた来たのだ。
俺はいい年したおっさんだが、だからって割り切れる程大人ではない。
「何よりも風俗に行きたい……ここ風俗クッソレベル高いし」
チートで荒稼ぎする冒険者たちの為に、この村にはかつての遊郭さながらの巨大風俗街がある。
何度か覗いてみたが、エルフや獣族、希少な精霊種。そして他の世界から来た異世界人や日本のJKっぽ若い子まであらゆる種族が用意されていた。しかも全員めちゃくちゃ可愛い。
元の世界でも偶にある休みに風俗に行くのが何よりの楽しみだった。そんな俺にとっては天国みたいな場所だ。
……だがこの風俗街、恐ろしく値段が高いのだ。チート持ちに合わせた価格設定なので、安月給の俺では手も足も出ない。
「はぁ……どこかで飲み直そ」
とにかく今はこの怒りを飲んで忘れたい。
なんだか疲れてしまった俺は、ふらついた足取りで普段は絶対入らない怪しい路地裏のバーへと入った。
怪しいバーは、見た目通り怪しかった。
ウェルカムドリンクと言って渡された変な色の酒を飲んでから……どうも記憶が曖昧だ。
一体どれだけ飲んだのか。気付いたら店の外に一升瓶片手に放り出されていた。
微かな記憶で「マスター!この店で一番強くて高い酒くれ!!!」と叫んでいた気がする。
護衛付き馬車の為の貯金でずっしり重かったはずの財布がやけに軽い。
だが完全に泥酔してしまった俺はとにかく頭がふわふわして何も考えられなくて。
ふらふらと千鳥足で街の外へと歩き出す。
そうして俺は、街の近くの平原にポツンと立つ洞窟へと入っていく。
──そこが、世界最難関と呼ばれる『竜の試練ダンジョン』の一つ、『獄炎竜の試練』であるとは気付かずに。
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