悪い羊
徒文
悪い羊
遠い昔のお話です。
あるところに、一頭の羊がおりました。
すこし臆病なだけで、それ以外はほかの羊となんら変わらない、ごく普通の羊です。
羊はときどき、柵の向こうを見つめます。
そのことに羊飼いも気付いていましたが、羊を信じて、とくに咎めはしませんでした。
これが後に仇となるのです。
ある晩、羊は仲間を数頭噛み殺し、柵をやぶって外に飛び出してしまいました。
羊飼いはあわてて追いかけましたが、羊が止まることはありません。
羊飼いは、羊の背中に向かって何度も叫びます。
「戻っておいで、そっちに行ってはいけないよ」
「向こうには崖があってそのまま落ちてしまうよ」
「危ないからおとなしくしていなさい」
どんなに叫んでも、羊は走り続けます。
どうしてこんな悪さをしたのでしょう。どこに向かっているのでしょう。
私たちには知る由もありませんが、とにかく、羊はずうっと逃げました。
一目散に逃げました。
後ろを振り返らず、まわりもよく見ずに、前に向かってひたすらに走りました。
羊はそのまま、高い崖からまっさかさまに落ちていきました。
実は、羊は知っていたのです。
この先には崖があって、走り続ければいずれ落ちてしまうということを。
崖の下がどうなっているかは知りませんでしたが、それ以外のことは、とくに自分のたどる末路については、だいたいわかっていました。
それでも、羊はどうしてもこうしなければなりませんでした。
もちろん死にたかったのではありません。
それどころか、仲間を噛み殺したのだって、本当は殺したくなんかなかったのです。
ではなにがしたかったのでしょうか。
羊の気持ちは、私たちには到底わかりません。
でも、身勝手に仲間を噛み殺し、柵をやぶり飛び出したことだけは疑いようもない事実です。
結局、崖の下にはそれはそれは硬く尖った石が無数に散らばっていて、羊はむごい最期を迎えたのだそうです。
悪い羊には、正しく罰がくだりました。
めでたしめでたし。
悪い羊 徒文 @adahumi
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