宇宙の彼方で待っていて

青崎衣里

序章


 遥かなる時を経て、古より受け継がれてきた神の御力に未知なる光が宿ったそのとき、福音がもたらされた。今こそ奇跡の時代の幕開けである。


 全世界の魔法使いに告ぐ――――――――

 この変革を受け入れよ。我らの新たなる門出として。


                      D・F・オースティンの手記より




             ◇   ◇   ◇




 人類の始まりの星、エリスレア。

 多くの水を湛えた青く美しい惑星の名は、しばらくの間、人々から忘れ去られていた。

 人類が重力の鎖を断ち切り、広大な宇宙へと旅立って数百年。人々が科学の力で新しい星へと移り住み、国を造り、発展していく中で、彼の地はかつての繁栄など見る影もなく、凋落の一途をたどっていた。過去の栄光しか持たず、もはや何も生み出せない遺跡のような星だと言われて久しかった。

 しかしあるとき、その星に一人の偉大なる人物が現れた。後に「復古の大魔法使い」と称えられるダニエル・F・オースティンだ。

 遥か昔にエリスレアの民が魔法を操っていたことを示す文献は数多く残っていたが、実際に使える者は誰一人として存在せず、すでに伝説と化していた。しかしオースティンは残された魔導書を独学で読み解き、わずか二十八歳にして、自らの手でその不可思議な力を甦らせることに成功した。宇宙歴849年の出来事である。

 魔法――――何がしかの神秘的な作用により、純粋な科学では説明のつかない事象の変化をなし得ること。神より与えられし不可思議な力。

 当初それは世の人々に受け入れられず、嘲笑され、後に恐怖の対象となった。それでも彼はおよそ二十年の歳月をかけ、根気強く多くの民に魔の力の根源を説き、扱い方を伝え、世に広めた。エリスレア星の人々は次第に失った力を取り戻し、一度は消え去った魔法使いという存在を他の星々にも知らしめ、オースティンの名と共にその地位を確立していった。始まりの星に神聖なる力を宿す者たち有り、と。

 やがて魔法はエリスレア星だけに留まらず、他の惑星、別の銀河にまで広く波及していくことになるが、それは後に起こった戦争も大きく関係している。


 宇宙へと進出していった人類の歴史は、科学の発展と戦争の歴史でもあった。

 新たな大地となる星の調査、コロニーや宇宙ステーションの建設、未知なる病原体の研究。危険の少ない土地や資源の恵みを奪い合う勢力争い。宇宙に出ても民族や宗教による分断は絶えず、惑星間の戦争も度々勃発した。

 特に軍事大国である惑星アルメトリア帝国の勢力拡大は凄まじく、同様に軍国主義を掲げていたシンバトール王国やセルブス王国といった惑星国家と協定を結んだことで、ますます強大な力で多くの星を制圧していった。

 しかしその圧倒的な支配から逃れ、対抗するべく、散り散りだった星がいつしか同盟を結び始めた。中でもエリスレア星は同じ太陽系に属する惑星ビエネーラや惑星マーディン、セデフ小惑星と互いに協力し、さらには衛星の都市国家や惑星領域外のコロニーまでも抱き込んで、それぞれが自治権を保ちながらも政府として機能するようエルセ連邦国を樹立することで同盟側での地位を確固たるものへと変えていった。

 その後押しとなったのが魔法の影響力だ。人知を超えた神聖な力を得た我々こそが正義であるとの論調が、人々を存分に奮い立たせた。


 そして連邦国誕生から四年後の宇宙歴874年、エルセは対立を深めていた軍事国家アルメトリア側と、枯渇しつつある貴重な宇宙資源をめぐってついに大規模な戦争へと突入。十一年にも及ぶ長い戦闘の末、辛くも同盟側が勝利し、主導者を失ったアルメトリア側は敗戦国となった。

 あれから十五年の歳月が流れ、現在では多くの星々が宇宙連合に加盟し、法と秩序の下に治世を行っている。

 宇宙連合本部の理事を務める七つの主要国家はいずれも軍国主義側との大戦に於いて主導権を握り、勝利に貢献した国々だ。ベルツ共和国、ルフェーブル合衆国、タルティーニ共和国、ガルドス&オルテガ連星国、エッジワース公国、バラーク自由連合。そして、始まりの星エリスレアを首都とする太陽系惑星連邦国エルセ。そこには連合の事務局総本部だけでなく、全宇宙魔法協会の本部がある。

 魔法復活から三十六年後の宇宙歴885年。戦時中の魔法使いに対する需要拡大に懸念を抱いていたオースティンは、終戦後間もなく、全宇宙の魔法使いたちの指針となるべく魔法協会を設立した。平和と安寧に寄与する力を目指して。


 そのエルセで、今また、新たな一ページが宇宙史に刻まれようとしている。


 今回の運行式を取材するにあたり、AUN≪All Universe News agency≫の記者ドノヴァンが銀河を翔ける列車型の機体という特殊な宇宙輸送機、『銀河鉄道』の建設に携わったチームメンバーの一人、J氏に対してインタビューを行うことに成功した。


 ――――今回のプロジェクトは非常に特殊なものであったと思われますが、計画はいつ頃から進んでいたのですか?

J氏「アカデミーの発足当初からと伺っていますが、我々がその計画を耳にしたのは二年ほど前のことでした」

 ――――ごく最近ですね。

J氏「ええ。ですが驚くべきことに、その時点で最も難関である『レール』と『トンネル』の設置はほぼ完了していたのです」

 ――――アカデミー側が直接設置作業を行ったということでしょうか?

J氏「詳しいことは教えてもらえませんでした(笑) しかし他に考えようがないので、おそらくそうでしょうね。アカデミーには優秀な魔法使いが大勢所属しています。得意分野も多岐にわたっており、実に幅広い。机上の理論構築だけでなく、実践の技術面でも舌を巻くほどです。我々は彼らが提示した設計図を基にあれを造り上げたに過ぎません」

 ――――その中心となって動いていたのは噂の天才学者だと聞き及びましたが。

J氏「そうです。彼は紛れもなく天才……いや、そんな言葉では足りませんね」

 しばし宙を見つめて言葉を探していたJ氏はおもむろに「予言の書をご存知ですか?」と我々に問いかけた。

J氏「マルタ・ナハリの予言の書ですよ」

 そうつぶやいた彼は、神の使徒が残したとされる予言の一節を諳んじてみせた。


〝彼の者、突如として始まりの星に姿を現し、世の理を一新せり。

 遥か古に神より与えられし力を用いて衆生を救わんとす。″


J氏「僕はてっきり復古の大魔法使いと謳われたダニエル・F・オースティン氏のことだと思っていたんですがね」

 ――――噂の天才こそが、その人だったのではないかと?

J氏「そうとしか思えないのです。エルセの指導者最後の愛弟子、クリストフ・W・オースティン氏こそが改革者であり、銀河の果ての惑星に暮らす人々にとっては救世主となり得るかもしれないのですから」


 J氏は短いインタビューをこんな言葉で締めくくった。

「我々の世界は、宇宙は確実に変わります。先の大戦のような争いはもう二度と起こらないでしょう。宇宙船を飛ばすエネルギーを確保するための戦いは必要なくなりましたから。新しい時代が始まるんですよ、また、この星から」




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