第25話:船主
「大納言様、あの船頭の話は大嘘でございました」
全ての関係者に弁財船建造の話をして、幕府の直轄領は勿論、諸大名や大身旗本の領地にいる船大工にまで見積もりを取らせた田沼意次が報告する。
最近の田沼意次は、本丸の家治将軍の許可を受けて、毎日のように西之丸にも顔を出して家基と話し合っていた。
「なに、あの船頭は余を騙そうとしたのか?!」
「そうではございません、慌て者と言うべきか愚か者と言うべきか、銀の貫目と銭の貫文を間違えていたのでございます」
「何を言っておるのだ?」
「大納言様は、銭など使われえた事がないでしょうが、銭千枚で貫と呼ぶのです」
「それがどうした?」
「銀も一〇〇〇匁を貫と呼ぶのです」
「なに、そんな風に言うのか?!ややこしいではないか」
「はい、ただし、普通は買う物によって小判か丁銀か銭かなど、誰でも分かります。千石船を造るのに払う金が銭だとは誰も思いません」
「それを、あの口の悪い船頭は、銀の貫と銭の貫を間違えたと申すのか?」
「はい、当人は、自分に話した奴が間違えていたからとか、仙台訛は江戸子には理解できないからだとか、色々言い訳していましたが、真っ赤になっておりました」
「そうか、間違いであったか、それは少々残念でもある。それで、結局幾らなら千石船を造れるのだ」
真剣な表情に戻った家基に問われた田沼意次は、多くの見積もりの中から安心して建造を任せられる金額を報告した。
最初に報告したのは、一〇両だと思っていた仙台の船大工の出した見積だ。
千石船本体と艤装、更に積み込む道具類を合わせて銀六七貫目だった。
家基に分かりやすい小判の数で言うと一〇八一両、船頭の話とは全く違った。
「仙台製弁財船」
全長:四五尺
幅 :二五尺三寸
深さ:八・八尺
積載:一〇〇〇石
費用:銀六七貫(銀六二匁で金一両・一〇八一両)
次に幕府とも関係の深い大阪の船大工の見積もりを報告した。
「大阪製弁財船」
全長:四四尺
幅 :二四尺
深さ:八尺
積載:八五〇石
費用:一二三〇両
「なに、仙台の船よりも一五〇石も積める米が少ないのに、一四九両も高いのか?!」
「大納言様、同じ刀でも出来不出来がございます。金額だけでは船の良し悪しは決められません」
「それは分かっているが、一〇〇隻造らせると一万四九〇〇両も違ってくる。しかも幕府が得る利が一万五〇〇〇両も少なくなるのだな?」
「おっしゃる通りではございますが、臣には船の良し悪しなど分かりません」
「ふむ、だったら船に詳しい者を見極めさせよ。幕臣にも船に詳しい者がいるであろう。それと、先日の船頭にも責任を取らせて、船の良し悪しを見極めさせよ」
田沼意次は、徳川吉宗が推し進めた開国をもっと積極的に行う心算だった。
その為には、南蛮船や唐船のように、外海を安全に航海できる船が必要だと考えていた。
だからこそ、以長崎奉行の久世丹波守広民に命じて、南蛮や清国の船大工を招こうとしていた。
そういう意図もあって、久世丹波守はオランダ人の待遇を改善し、清国人との交易を拡大していた。
そのお陰で田沼意次は、家基が千石船に興味を持つずっと前から、南蛮船とジャンク船を建造するための絵図面を持っていた。
「なに、南蛮船と唐船の良いとこを取り入れた和船が造れるだと?でかした主殿頭!これまで通りの千石船は、仙台と同じ金で造ると申した大工に命じよ。ただし、余を謀って出来の悪い船を造った大工には容赦するな!」
田沼意次から事情を聞いた家基は、歓喜の表情を浮かべて命じた。
「はっ、そのようにきつく申しつけて、物が高くて造れぬ船大工には辞退するように命じますので、ご安心下さい」
「有無、任せたぞ」
家基の強い指示を受けた田沼意次は、日本、唐、南蛮の船の利点を取り込んだ三国船の建造を、大阪の船大工尼崎屋吉左衛門に命じた。
ただ田沼意次は、これまでよりも慎重に行動した。
自分の事を全面的に信じてくれている家治将軍と、まだ疑いを持っている家基は違う事を、良く理解していた。
だから三国船は、大阪と長崎に船大工に一隻ずつしか発注しなかった。
その出来次第で更に建造するか決めようとした。
「大阪製三国船」
全長:九〇尺:船体は唐船だが水押を加え総矢倉にする。
幅 :二四尺:帆と帆柱は和洋折衷で、帆桁をクレーンにせず船体を横に広げる。
深さ:一一尺:船体を唐船にすると吃水を浅くできるので座礁の心配が少ない。
積載:一五〇〇石
費用:銀一五〇貫(銀六二匁で金一両・二三八一両)
「長崎製三国船」
全長:一丈一尺五寸:船体は唐船だが水押を加え、総矢倉にする。
幅 :三丈一尺:帆と帆柱は和洋折衷で、帆桁をクレーンにせず船体を横に広げる。
深さ:一丈一尺五寸: 船体を唐船にすると吃水を浅くできて座礁の心配が少ない。
積載:二三〇〇石
費用:三六五〇両
だが、これまで通りの一〇〇〇石弁財船は、仙台の船大工の見積もりを基準に大量に建造を命じた。
物の安い江戸大阪以外の船大工は喜んで命令を受けた。
江戸大阪の船大工でも、幕府の御用を受けた実績が欲しい者は喜んで受けた。
もちろん、御用船の建造を受けられるのは、直轄領の責任者や大名旗本領の責任者が、腕が良いと判断した船大工に限られた。
家基が船主になる船だ、少しの問題も許されない。
御用船の建造を命じられた船大工が領内にいる諸大名家と大身旗本、直轄領を預かる幕臣は、目を三角にして船大工を見張った。
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