第35話 きょうのわんこ ⑥

しばらく考えた上で、結論を出すが。


とりあえず、その味布高校とやらと接触してみるしかないのではないだろうか。


強姦強盗カツアゲと、酷い連中らしいが、まあそんなものはこんな世界では当たり前のこと。


少なくとも、末端の兵士でも、いきなり喧嘩を売ってこないだけの知能があるのだから、会話で説得ということもできるかもしれない。


ダメなら殺すだけなのだから、やってみる価値はあるだろう。


そういう訳で、私は、その高校とやらに顔を出しに行った……。




高校。


何の変哲もない共学の普通高校。


ここにくるまでに当然、ゾンビとは出会ったが、その数はあまり多くなかった。


むしろ、頭をライフル弾や弓矢らしきもので射抜かれているゾンビと死体が多く見られたことから、この周辺の治安維持をしているように思える。


「動くな」


おっと……。


弓道、だったか?


大弓を持った男女が二人。


既に構えているな、いつでも殺せるぞ、と言っているつもりか。


それに、近くの建物の上にスナイパー。二段構えという訳か。


だが素人だな、その辺はやはり学生だ。


「武器を捨てろ」


「嫌っすよ」


「二度は言わないぞ」


私は、校門を遮蔽にしながら、隠れているスナイパーに牽制射撃した。


「なっ?!」「お前っ!」


「まあまあ、そう熱くならないでほしいっす!会話をするつもりはあるっすよ〜!」


「よくも抜け抜けと!」


「まだ一人も殺してないっすよ。でも、このままだと殺さなきゃならなくなるっすね」


弓を構えたまま、じりじりと間合いを詰めてきた弓使いに柔術。弓はいい武器だが、射角が狭いからな。背中側に回ってやれば、照準が追いつかないだろう。


投げて、捻る!


「いっでえええ?!!!」


「はいはい、武器を下ろしてくださいっすー。この子殺すっすよー」


さて、こんなものか?


すると……、おお。


ブロンドの美女がやってきた。


あれが、ミラ・グラークか。


180cm、女にしては背が高い。


ブロンドのロングヘアに、黒のキャップ。フード付きのコートを羽織るタンクトップの女。


首からベルトでライフルを手に持ち、そのまま近づいて来た……。


「お前、何だ?私達に何の用だ?」


「自分は、元陸上自衛隊隊員の武尊威貴っす。今回はお話をしに来たんすよ」


キャップを被って目線を悟られないようにしているようだが、まあ素人だな。目つきが露骨過ぎる。


そんなミラは、こちらをジロリと見て……、言った。


「……良いだろう。その内容は?」


「ちょっとお願いがあってえ……、漁業組合がこの街を脱出するのを、許してほしいんですよ」


聞かれたので、こちらも言ってしまう。


短慮のように思えるが、どうせバレるなら早いうちにこちらから自己申告する方がマシだと私は判断した。


むしろ、重油を運ぶ作戦行動中に妨害活動をされる方が面倒だからな。


「駄目に決まってるだろう。私らはあいつらを生かさず殺さずで、働かせ続けるんだよ。邪魔するな」


「いやあ〜……、それが、ここで逃げられないなら死んでも良いって言ってるんすよねあの人ら」


「見せしめに一人二人殺せば言うことを聞くだろ、そんなもの」


「そうっすかね?むしろ、殺したら諦めて全員後追いするんじゃないっすか?」


大きな、わざとらしいため息。


「はぁ……。この国の軍隊は人の殺し方よりネゴシエートを軍学校で習うのか?そもそも、お前は何だ?何でここにいる?」


「自分は、恋人(予定)を追ってここに通りがかった元自衛官で、漁業組合の人らを逃したら、報酬としてトラックが貰えるんすよ」


「ふーん、正義感とかじゃないのか。それならまあ、確かに交渉の余地はありそうか……」


ミラは、頭の中で戦力の計算をしているようだな。


私からすれば、こんな素人の集団は各個撃破で簡単に潰せるが、素人であるミラにはそんなことは分からない。


それでも、「連装式のアサルトライフルを持つ」「大柄な肉体の」「プロの軍人」を見て、このミラという女も、簡単に始末できるようなものではないと考えたのだろう。


高校生で、しかも女の身でコミュニティをここまで維持しているのだ。


単なるアホや雑魚の類ではない。


「あんたを殺すのは骨が折れそうだ。譲歩する余地はある。だが、食事がなくなるのは困るんだよ。対案は?」


「んー、特にないっすねえ。でも、漁業組合は殺しに行けば全力で抵抗して、弾薬と戦力が無駄になって終わりになるよ、と。自分はそう警告をしに来ただけで」


「話にならない。それじゃ、私達に飢えろって言うのか?」


「それなら、漁業組合が逃げる前に、漁の仕方でも習えば良いんじゃないっすか?世の中がこんなんなってんすから、自分らで何かを生産しないと拙いんじゃ?」


「奪わなきゃ今死ぬんだよ。将来のことなんて考えてる暇はない」


「言いたいことは分かるんすけど、じゃあどうしたいんすか?漁業組合の人らだって、先輩の物資を貰ったとは言え……、あー、まあ、かなり疲弊してたっす。てか、捕まえようが逃そうが、どの道あの人ら死ぬつもりっすよ?」


「……どういうこと?」


「船に乗って遠くのどこかに逃げ込むって言ってるんすけど、常識的に考えて、開拓のノウハウもない数十人の人間がどこぞかに行って何ができんすか?人がいる土地だったとしても、受け入れられる余地があるっすか?」


「……どうせ全員死ぬから、その前に技術を吸い出しておけ、と?」


「そっすね、そう言ってるっす」


またもや、ミラは考え込んだ。


「……ねえ、あんた、私達の仲間にならない?」


お、懐柔か?


「それは構わないっすけど、漁業組合の人らが逃げるのは、もう止めらんないっす。これはマジですから」


「奪えば良いじゃない?トラックでもなんでも」


「無理っすよ。あの人ら、残った物資を全部船に載せてますもん。あれ、なんかあれば船ごと自殺するつもりでしょ」


「あーーーっ……、めんどくさ!何なんだあいつら……!」


「締め上げ過ぎたからじゃないっすかねえ。こんな状況なんだから、協力すべき人とは協力し合うべきだったってことっすよ」


「なんだ、それは?説教のつもりか?」


「いや?実体験を伴うアドバイスっすね」


「……ハ!どうもありがとう、クソ女。要件はそれで終わり?」


「あともう一つ」


「言ってみろ、ここまで来たら聞いてやる」


「工作室って、借りて良いっすか?」

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