第13話 きょうのわんこ ①

武尊威貴(たけるいたか)。


「どっちが名前だよ」とか、「イタカって女の名前なの?」とか、よく言われるが、偽名なので仕方ない。


私の本名はジナイーダだ。


もっとも、それは捨てた名だからな。


イタカの名も、気に入っている。


彼に呼ばれた名だ、愛着もあると言うものさ。


少し、過去を思い出す。


昔の話だ。


幼少の頃は良いだろう。


どうせ、ロシア軍の秘密研究所で、切り刻まれて投薬されて変異して……。それだけだ。


だが、脱走して日本に亡命して、表向きには軍人となったあの頃。


あの頃こそが、私の全て、最高の青春だった……。


度重なる投薬、それによる変異。


私の身体は、身長210cmで体重は120kgという、女とは思えない巨体になっていた。


それだけじゃなく、獣のように鋭い五感と、しなやかな筋肉、鋼鉄を捻じ曲げる膂力を持つ超人になってしまっていた……。


見た目も、普段は隠しているが、獣の耳と尻尾が生えてしまっており、毛深さも増して獣っぽさが出ていたな。


こんな身体だ、軍人となって、軍務をこなすのが一番の生き方だ。


私自身、切った張ったの殺し合いは好ましいと思うし(投薬で脳を変異させられたからかもな)、軍人は天職とすら思えていた……。


そこに、現れたんだよ。


私より強い、本物の化け物がな……。




「どうも、鬼堂です。前職は医者でした」


嘘をつくな。


私は……いや、隊のメンバー全員が内心で叫んだ。


身長230cm?体重180kg?


体力テストの結果は……。


腕立て224回、腹筋211回、3km走……6分55秒?


……なんか、私よりバケモノなバケモノが来ちゃったな?


普通に、度肝を抜かれた。


いや、そしてこの男、強いのだ。


組み手。


教官に逆らって百人組手をさせられるも、百人を三十分で片付ける。


銃器取扱。


最初は素人同然だったが、一週間でアマチュア並みに、二週間でセミプロ、一月もすればプロの腕前。


普段の生活。


何が楽しいのか、休みの日にも訓練訓練。歩兵なのに機甲科やらを覗きに行き、いつの間にやら重機の動かし方を覚えている始末。


とにかく、訳のわからないバケモノだった。


……面白い!


私は、自身を化け物と呼び、心のどこかでこの変異し切った身体を蔑んでいたのだと気付けたよ。


本物の、ナチュラルなバケモノを見ると、なあ?


そう思って、この男、鬼堂龍弥に私はよく話しかけた。


「先輩!すげーっすね!なんでそんなに強えんすか?!」


……ん?喋り方?


これが正しいのだろう?


私はアニメーションで日本語を覚えたが、男は女に先輩と呼ばれると喜ぶらしい。


そして、話し方は、ベースボールの漫画の好きなキャラクターのものを真似している。


ベースボールも軍隊も縦割りの体育会系社会なので、下位者の態度としてこれで間違いはないだろう。


「毎日山盛りのコーンフレークを二杯食べてるおかげさ」


「はぁ?……ははは!あんた、おもしれーっすよ!実はサイボーグだったり?」


「アニメの見過ぎだぞ。サイボーグ化なんて……いや、できる設定だったっけ?サイバーウェアはアメリカだったか?ちょっと覚えてねえな」


……何を知ってるんだ、この男?!


「……あんたも変異してるんすか?」


「変異……ああ!遺伝子変異なー、あったなそう言うの。確か起源はロシアだっけ?『狼の耳』『獣の嗅覚器』『カモシカの腱』とかがおすすめだぞ」


何で、遺伝子変異の開発コードまで知ってる?!


「あんた、何故知ってる?!ロシアからの追手か?!」


「は?何の話?」


「黙れ!もう私はロシアへは戻らない!殺してやる!!!」


この距離、間合い、速度、パワー!


頭蓋を砕いて終わりだ!


……と、思ったんだがなあ。


「あ?テメェ何いきなり殴ってきてる訳?舐めてんじゃねえぞクソボケ」


「おあっ……があっ?!」


速……重!


肋骨を砕かれた?!


「んあ?殴った感覚が人じゃねえな?何だお前?」


「ま、待って!し、知らないんすか?!」


「何をだよ?この世は分からないことがたくさんあるだろ。だから、どんな風が吹いても、負けないような人にならなくっちゃあいけないんだな」


「何の話ィ?!!」


「……ん?これ、おっぱいか?」


うお、乳を掴まれてた。


「そっすよ!自分、女っすから!」


「あ、そうなのか。殴ってごめんな、すぐ医者に行こう」


「……はえ?」


「あ?女の子には優しくしなきゃダメだろ?」


………………は?


「女、の子……?」


「おう、オメエだよ。帽子で見えなかったけど、結構可愛い顔してんなあ」


は、ははは……。


「自分、バケモノなんすけど」


「あっそう。でも、女の子だし、顔も良いからな。自分より弱いかわい子ちゃんは、守ってやらなきゃな」


はは、ははははは!!!


「アハハハハハハははは!じ、自分より弱いから守ってあげる?!そんなセリフ、初めて言われたっすよ!あーっはっはっはっは!」


それから、か。


私が、この男のことを気になり始めたのは。




「先輩!休暇なんすから遊ぶっすよ!」


「先輩ー!飯食い行きませんか!奢ってください!」


「先輩〜……、財布落として今月ピンチなんすよ〜……」


ああ、楽しい。


楽しいな。


これはきっと、「恋」というやつだろう。


失ったはずの、あるはずがないと思い込んでいた、私の青春。


それが、ここにあるんだ……!




「え?鬼堂さん?あの人退職したよ」


「はあーーーーーっ?!!?!!?!」


こんな唐突に終わるとは思わなかったがな!!!!

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