テンツクEpisode1

@nidaimesaijirou

第1話 お囃子への憧れ

・町の祭りと幼少期の出会い

埼玉県西部に位置する奥武蔵市。


人口8万人、都心から電車で45分ほどの決して大きくはない町。駅前は見慣れたチェーン店や飲食店やスーパーマーケットなど生活に不便ではないが車で10分も走れば風光明媚な山々に囲まれた自然豊かな場所として近年は山登りやキャンプを楽しむ人には知られるようになっていた。


そんな郊外の街外れの集落で育った少女、石川響。彼女は、毎年春に行われる地元の神社のお祭りが幼少期から大好きだった。小学生になるとすぐにお祭りの時に山車の上でお囃子を演奏する団体「下郷囃子連」に入会した。

 

「下郷囃子連」は100年続く歴史を誇る囃子連ではあるが市街地からは距離のある集落ということもあり近年は長老たちが中心で若者の会員は極端に少なく、響が通う小学校も1学年10人に満たない状態で子供の会員も数名といった寂しい会となっていた。

 

ただ、春に行われる地元の下郷神社の例大祭では山車を曳き回し多くの手料理や酒を用意し集落を上げて行っていた。


晴れて囃子連会員となった響は欠かさず練習に足を運び、家に帰ってもお箸で茶碗をたたいたりするほどお囃子にのめりこんでいった。

そんな小学生になった響が衝撃を受けたのは市最大のイベントであり秋の風物詩である「奥武蔵大祭」


奥武蔵大祭は11月の第一土曜と日曜日に市街地で行われるお祭りで毎年15万人が訪れるイベントとなっている。各町内11台の山車が曳き回され山車の上では江戸囃子の流れをくむお囃子(締め太鼓2人、大太鼓1人、鉦1人、篠笛1人の編成で俗に5人囃子とも称される)が演奏され、その演奏に合わせ獅子舞やひょっとこ、オカメなどのお面をつけ、きらびやかな衣装を着た踊りが披露される。また、その継承はすべて口伝(又は口伝を起こした口伝書)で伝えられていた。笛であればピーヒャラ、太鼓であればテンツクといった具合である。そのことから俗にお囃子をテンツクと呼ぶことも多かった。


「下郷囃子連」などの街外れの囃子連は用意された仮設のヤグラで「居囃子」と呼ばれる形で参加していた。地元のお祭りとは大違いの賑やかさ、屋台のソースの香り、街中の囃子連たちの山車の上での演奏。どれも魅力的でキラキラした時間に感じた。

響きも覚えたてのお囃子を小さな手で太鼓をたたいたり、音が出るようになったばかりの笛を吹いたりして体中でお祭りを楽しんだ。その後も祭りの季節が近づくと、響の心はわくわくと高鳴り、お囃子への情熱は日に日に増していくこととなった。


はじめての「奥武蔵大祭」の翌月の練習会。響はいてもたってもいられず練習場所となっている自治会館に10分前にはやってきて縁側で笛を吹いて会館が空くのを待っていた。

「ずいぶん待ったかい響ちゃん」そういって現れたのは囃子連会長で熱心な響にはじめての笛をプレゼントしてくれた文ジイこと久田文二だった。

響は目をキラキラさせて「文ジイ!街のお祭りは本当に本当にすごかったよ。私もっとうまくなってテンツクで有名になるんだ」


「おおそうか。響ちゃんは本当にテンツクが大好きなんじゃな。大丈夫。ジイも応援するよ」文二はいつも優しくニコニコした小柄なおじいさんなのだがお祭りの文化に詳しく地域の芸能に関して講演を頼まれるほどであった。響もお祭りのことは何でも文二になんでも質問して教わっていた。

その話は響にとって常に興味深くお祭りへの思いをより熱くするものだった。


そんな響の姿は片田舎で細々と大好きなお囃子を続けてきた文二にとって、未来のお囃子の可能性を感じさせる存在だった。


この町の祭りとお囃子の舞台裏で織りなされるこのストーリー、響と文二の出会いが、物語のきっかけとなった。


・新たな仲間、メイとの出会い

 お囃子と出会ってから9年に時間が過ぎ、地元の公立高校に入学も決まった。桜が満開を迎えた4月、真新しい制服姿の響は同級生が10人程度しかいなかった小中学校の時とは打って変って300人の同級生に囲まれる学校生活が始まり持ち前の人見知りも手伝いなじめずに休み時間になると人気のない屋上に上がり大好きな笛を吹いている一見変わった女子高生となっていた。


「あれ?何で?」メイは聞き覚えのあるその音のする方に走り出していた。

校舎の階段をのぼり屋上に着くと制服姿の女子が大人顔負けの音色を篠笛を奏でていた。子供の頃から続けているお囃子ではあるがこんな笛の音は聞いたことがない。それほどの強くしなやかな笛の音をしばらく後ろからひっそり聞いていた。


「あっ、迷惑だったかなぁ」さっきまで気持ち良さそうに吹いていた笛を隠しながら振り向いた響が声を掛けた。罰がわるそうな響にメイは

「すごいね!こんな笛が上手な人初めて。私は1年B組の池畑メイ。子供の頃からお祭りやってて笛の音が聞こえたから黙って聞かせてもらってたんだ。本当にすごいよ」

メイは一方的に自己紹介をした。だがその挨拶は人見知りの響にとっては初対面の照れを隠すには充分だった。


「あっ、私は隣のC組の石川響。私もお祭りが大好きで小1から続けてるの。でも街外れの下郷囃子連だからおなじくらいの年の子は居なくて…」

2人は通う「奥武蔵高校」は市街地にある県立高校。市内から通う生徒が大半だった。

隣のクラスのお囃子好き女子は仲良くなるのに時間はかからなかった。


「ねぇ。響ちゃんはなんでそんなに上手なの?」

「うまいかどうかはわからないけど大好き。うちの囃子連はおじいちゃん達と小学生しか居ないから地元のお祭りだとずっと山車に乗りっぱなしなの。だから自然といっぱいやることになっちゃって。でも、そのおかげで更にテンツクが大好きになったんだ。だから将来は和楽器のプロになろうと思ってて…おかしいかな?」

両親と地元囃子連の長老である文二以外に初めてこの想いを伝えた響はいつもの照れ臭そうな顔でメイを見ていた。


「かっこいい!わたしファン第一号になる。」メイは力強く響の肩をつかんだ。

つづけて「そうだ。私、中学からの同級生でお囃子やってる人、他にも知ってるから響ちゃんに紹介してあげる」そういうと響の腕をつかみ一年生の教室がある3階に引っ張っていった。


「大ニュース!大ニュース!」メイは響を連れて自分のクラスに駆け込んだ。

「はいはい。今度はなんですか?」あきれたような声で振り返ったのは同じ年とは思えないほど大人びた石田茜音だった。茜音はメイと近所で幼馴染。同じ本町囃子連で子供のころから一緒にお囃子をつづけていた。

「茜音ぇこの子すごいの。下郷でお囃子やってるんだって。メチャクチャうまいんだから」

「へぇそうなんだ」と、さほど興味があるように聞こえない返事にびくびくしながら

「C組の石川響です・・・」というと「私、石田茜音。メイとは幼馴染。お囃子も好きだけど趣味はギター。軽音入ってバンドやろうと思ってるんだ。よろしくね」と茜音は右手を差し出した。思ったより力強い握手をしながら自分とタイプの違う茜音に驚きもあったが興味も沸いた。


・ お囃子好きの葛藤

「ねえねえどうせだったら同級生で一緒にお囃子やりたいよぉ」屈託のないメイの声が学校帰りのフードコートに響いていた。

「違う囃子連で一緒にってどこでやるのよ」茜音の意見はいつも冷静だ。

「学校の文化祭とかさぁ。他の子も誘えばお囃子も踊りも揃うんじゃない」

メイは楽しいことを思いつくといつもこうだった。

向かいに座って静かにしていた響きが口を開いた「あのぉお囃子って部活にできないかなぁ」

ポテトを加えたままメイと茜音はしばらく響きを見つめて数秒後同時に大声をあげた「それだぁ!」


 なるほどこの響の提案は的を得ていた。古いしきたりが多く残る郊外の街で他の囃子連と一緒にお囃子を演奏することなど聞いたことがなかった。また、町内ごとに特徴もあったり微妙にアレンジされていたりと一緒に演奏するとなると乗り越えなければならないことは多くあった。ただし、部活動という形なら各囃子連という垣根を気にせず認められれば堂々と学内で練習や発表することも可能になるだろう。


そうなると高校生の情熱は思った以上に熱い。こうして翌日から3人は部員集めに奔走することになった。


まず向かったのは隣の町内に住む崎山舞のところだ。舞は八幡町囃子連でお祭りに参加しているメイと茜音の同級生。眼鏡をかけいかにも真面目そうな大人しい子だ。


「舞。今度【お囃子部】作ろうと思ってるんだ。一緒にやろうよ!」メイは満面の笑顔で舞に伝えた。「お囃子部???」不思議そうな表情の舞。その顔もしばらくすると伏し目がちになり「でも・・・ウチの囃子連に聞いてみないと」


八幡町囃子連は市内でも大所帯の囃子連で歴史も古く昔ながらのルールも多いことで有名だ。高校生の舞にもそのことはわかっていてすぐに返事はできないようだった。

雰囲気を感じ取った茜音が「舞わかったよ。相談してみて。待ってるから」

メイは納得いかない表情だったが、一旦、3人は教室をあとにした。


「いろいろあるんだね。何か余計な事言っちゃたかなぁ」純朴な響は不思議そうな顔を浮かべると

「まぁ、ウチの囃子連が自由すぎるんだよね。いきなり壁にあたったなぁ」茜音がポツンと言った。しばらく3人は顔を見合わせ難しい顔をしていた。


考え込んでいる3人の沈黙を破ったのはメイの開き直った言葉だった「考えててもしょうがないじゃん。こうなったら困ったときの光だのみっと」そう言ってが顔を上げると目が合った茜音も「なるほど、その手があったか」と相槌を打った。


何のことかわからない響きを尻目にメイは今までの経緯を長文で誰かに送っていた。その長文のメールの返事は10秒もしないうちに「OK!」と返ってきた。

返事の主はメイたちと同じ本町囃子連の同じ年の月岡光だった。光は別の高校に通っている。学校帰りにいつものフードコートに集まり作戦会議の約束をとりつけた。


放課後の3人はフードコートに着くと明るい色の髪に派手な格好をした女性が手を振ってきた。

「こっちこっち」

「ヒカリンはやかったねぇ」メイがいつもの笑顔で駆け寄った。

「私ぃ・・・」響が話し始めると「あっ響ちゃんね。メイから聞いてるよ。プロ目指してるメチャメチャうまい子だってねえ。サイコーだね」光が話しかけてきた。光は自由な校風で知られる都内屈指の進学校に通っている同じ年の本町囃子連のメンバーだった。


「早速やりますか」茜音が切り出すと光はスマホのメモを見ながら

「地元のお囃子を違う囃子連で一緒になってやるってのは反対あるかもね・・・

大人のことを気にして入部しづらい子もいるのはわかる」光はつづけて

「響ちゃん。その笛でお囃子以外の曲って吹けるの?」

唐突な質問に一瞬言葉が詰まった。

「えぇと仁馬(お囃子の曲目、最初に教わることが多いスタンダードな曲)吹いてるときに『村まつり』をはさんだりは文ジイに言われてやったこと有るけど・・・」

それを聞いた茜音と光は顔を見合わせニヤリとして「やってみますか!」と声をそろえた。

響きとメイは二人の考えていることがわからず首をかしげていた。


どうやら二人の考えは地元のお囃子を他の囃子連の人達が集まり演奏するのは大人たちの反感を買いやすいので『お囃子部』ではみんなが知っている曲をお囃子で演奏することを目的にしてしまえば怒りようがないということらしい。

響の腕ならそれができるのではないかと考えた戦略家の光のアイデアであった。


「メチャメチャ楽しそう」メイははしゃぎ、響は新しい挑戦にワクワクした。

「太鼓の編曲は茜音ができるでしょ?」光は茜音が趣味のギターで作曲をしていることもわかっていた。「まかせなさい」茜音は髪をかき上げながら目を見開いた。


「でも・・・それで大人の人たちはホントに大丈夫なの?」突飛な発想に響は不安も感じていた。

「それなら心配ご無用」光は胸をたたいた。「ここまで荒唐無稽なら使えるオヤジがいるから」響はキョトンしていたが、それを聞いたメイと茜音は大笑いしていた。


「さぁて、あとは顧問は決まってるの?」光はつづけた。

「顧問???」顔を見合わせる3人。

「当たり前でしょ!顧問がいなきゃ部活なんて学校がOKするわけないでしょ。まったく。ここまで考えたんだから顧問くらいあんた達で探してきな。」


・ 地味な先生の登場

 確かに必要な事とはいえ、入学したての3人にとって顔もあまりわからない先生に新しい部活の顧問になって欲しいとお願いすることは相当なハードルだった。

担任の先生や授業を教わっている各教科の先生など片っ端からお願いしてみたが既存の部活動の顧問をしていたり、そもそもお囃子について分からないからと断られつづけた。


 3人は途方に暮れて校庭の朝礼台にすわりうなだれていた。すると

「あのぅ・・・」と後ろから突然声を掛けられ振り返るとそこには小太りで分厚いレンズの眼鏡をかけたうっすら見覚えがある男性が立っていた。

「もしかして、ココの先生ですか?」思い切って茜音が聞いてみるとその男性は

「あっ、そうだね。一年生じゃ知らないよね。僕は3年生の物理を教えてる吉本って言います。」

「はぁ。でその物理の先生が何か?」目をぱちくりさせながらメイが聞いてみると。

「いやぁ、お囃子で新しい部活を作りたがってる子たちがいるって聞いて・・・もし決まってなければ僕が顧問になれないかと思ったから。」


 3人は朝礼台から飛び降り吉本に駆け寄った。

「先生!ありがとう。よろしくおねがいします。」そう言うと膝に頭がつきそうなほどのお辞儀をした。


 吉本は現在、見た目はさえない中年男性ではあったが学生時代バンドでプロデビュー直前までいくほど活躍していたらしく、お囃子でいろんな曲に挑戦しようとしている子たちが新しい部を作りたいと言ってきたという他の先生の話を聞き昔を思い出して応援したい気持ちになったのだ。


 一つの関門を突破した3人。しかし部員の確保をはじめまだまだ残された課題は山積みである。

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