ch.8 Satan

 私の諦めの中、夜会は始まった。

 この時ばかりはヴェレーアも鎖を外された様で、私を連れ回して色んな人間に挨拶していった。聖女であるヴェレーアがこうして塔の中から出てくることはかなり稀なことの様で、聖女は至る所から引っ張りだこだった。そんなことまでして出るほど大事なお披露目会らしいが、私は全く乗り気ではないし聖女になるとも一言も言ってない。

 ただ、逃げられなかっただけだ。

 ヴェレーアの言う通りならば、彼女も私と同じ魔性を有しているのだからお互いに魔性が効かないのは当然と言えば当然だった。似た者同士なのだから。というか、今では同族嫌悪に似た感情も芽生え始めているが。

 嫌々参加している私としては、できる限りヴェレーアの後ろに隠れてやり過ごすしかなかった。けれども、それでもこの夜会の中心は私で、目的は私のお披露目であるがために注目を集めるのは必至だった。


「こんばんは。良い夜ですね」


 ヴェレーアが枢機卿と話している間に、私個人に向けて話しかけてきた人間がいた。

 見たところ、どこぞの王族の様な出立ちだった。王様もいるとあの女が言っていたから本当に王族なのかもしれない。


「こんばんは……」

「貴女が次の聖女とは、いや実に驚いた。今代の聖女殿も美しいが、貴女も一際麗しい」


 なんだ、冷やかしかと。それが本気であろうがなかろうがどうでもいい。やっぱりこの手の向けられる感情は嫌いだ。というより、この夜会自体、始まってから視線がちらついて仕方ない。気持ちが悪い。早く終わってくれ。そして終わったらヴェレーアを殴る。


「貴女が聖女になるなんて、喜ばしいが残念です。是非とも我が国へ迎えたかった」


 手を取られ甲にキスを落とされる。

 ここで振り払ってこいつを呪わなかった自分を褒めたいくらいだ。触れる体温が気持ち悪くして仕方ない。


「一目惚れの様です。やはり、私は貴女を諦めきれない。どうしたら、私ときてくれますか」


 歪められ向けられたその眼で、私の我慢は限界だった。


「私と貴方様を隔てる一切全てが滅却された時、ですかね……なんて、戯言です」


 八つ当たりのようにそう言い放って、あの教会で信徒を呪ったときの様に綺麗に笑って見せた。


 ♦︎


 あの後、何とかあれを引き離しバルコニーに避難することに成功した。

 もう疲れた。

 男にも人間にも、自分の魔性にも。

 全てが嫌いなのは子供の時から変わらない。嫌いなものに散々振り回されて、もう1人になりたかった。

 聖女になんてなりたくない。ここになんていたくない。もう誰にも感情を向けられたくない。誰にも触れられたくない。

 幼児の様な駄々をこねて、膝を抱えて泣きそうだった。


「可哀想になぁ。あぁ、実に可哀想だ」


 上から突然降ってきた声に、体が固まる。だってここは3階のバルコニーで、私は今1人で。


「泣きたいだろう。今まで散々な目に遭ってきたんだものなぁ。そして、これからもお前は散々な目に遭うだろう」


 予言めいたことを言う声を追って顔を上げれば、そこには逆さまに浮いた顔があった。

 びっくりして身を引いてよく見れば、それは浮かんだまま胡座をかいて上下逆さまになっている男性の顔だった。

 いや、まず浮いていることが異常だ。

 また後ずさろうとすると、男性はくるりと上下を元に戻し浮いていた体をバルコニーの手摺りに預けた。


「待て待て。怖がんな。大丈夫。何もしやしない。本当だ。俺は嘘がつけないんだよ、性質的に」


 片目を隠した黒髪から覗く赤い目が、こいつが悪魔だと言うことを示していた。黒と赤の外套が風でひらめく。

 でもここは教会の本部なのに、通常なら上位の怪異でも近づけないはずのここにどうして。


「んんー?俺様は特別なんでな。何たって、悪魔様だからなぁ」

「やっぱり悪魔なの」

「悪魔様だって、言ってるだろう?」


 ただの悪魔だろうが悪魔様だろうが知ったことではない。教会の本部に近づけるだけの強力な個体だ。私なんてすぐさま逃げないと。


「ここから、逃がしてやろうか」


 踵を返しかけたところに、今さっき望んでいた願いを言われまた固まる。

 いや、悪魔はそう言うものだ。人心を乱して人の願いを引きずり出してそれを穿って叶える怪異。話を聞くだけでもこちらが不利になる。だから離れないと。


「俺様から逃げてどうするんだぁ?あの聖女の元へ行くのか。そっちの方が逃げられないと思うがなぁ。それとも何か?お前はこのまま自身の不遇に振り回されるのがお好みか?薄幸の美女とは美味そうだが、俺様相手ならあと数百年後に出直してこいよ」


 ヴェレーアを引き合いに出されるとそちらにも引けなくなる。なにしろあっちは私を聖女にしようとしているのだ。あの女にはどうも本能的に抗えない。また、母の時の様に逃げられなくなる。

 それは嫌だった。もう、自身に振り回されて流されて嫌なままでいるのなんてたくさんだった。

 ここから、逃げられるのなら。自分から逃げられるのなら逃げてしまいたい。

 動きを止めて悪魔の正面で立ちすくむ私を見て、悪魔様を名乗る男性はうっそりと笑う。


「そうか。ここから逃げたいか。良いだろう。契約だ」


 悪魔と取引するとすれば契約として何かを差し出す必要がある。それが魂なのかそれ以上のものなのかはその個体によるというが、これは子供の頃のケット・シーとの取引とは訳が違う。

 格段に危険な行為だ。けれど、私はもう。


「俺様はここからお前を好きなところに逃がしてやろう。その代わりに、お前から最も価値があるものを貰い受けよう」

「私は価値があるものなんて持ってない」


 富豪でもないし、名誉もない。

 私が持ち合わせているのは、この不快感と嫌悪と憎悪だけ。これだけが私のもの。

 渡せるものなんて、それこそ魂くらいしか。


「そうか?その魔性は中々のものだと俺様は思うがな」

「私の魔性」

「お前のその魔性を少々頂こう。何、ただの移動の請負だ。そんな大層なものは取らん。ただ、これでお前の苦労も少しはマシになるかもな。心配するな、お前は何も変わらない。周りがお前の捉え方を変えるだけだ」

「そんなもので、いいの」

「十分だな」

「わかった。契約よ」


 悪魔がどこからともなく契約書を取り出し、それに迷わずサインする。


「よし、契約成立だな。じゃあ、お手をどうぞ?小娘。どこに行きたい?」

「なるべくここから遠くへ。誰も私を知らないところへ」

「承った」


 取った手は冷たくて、何故かそれに泣きたくなるほど安堵した。


 ♦︎


「この辺りでいいか?」

 

 手を取った瞬間に巻き上がった風に眼を閉じて、次に開けた時には全く別の場所にいた。 

 そこは閑散とした街の一角で、見渡すと向こうに大きな街の明かりも見えたが、それは聖都ではないものだった。聖都の目印であるあの白い巨塔は霞んで見えるほど遠くにあった。

 そのことにようやく一息つけた様な心地になった。


「よーし、小娘。着いてこい」


 他に行く当てもないので悪魔の後を大人しく着いていくと、一軒の家に辿り着いた。古いがよく手入れされ整えられた家だと一目でわかる。

 その家のドアを悪魔は躊躇なく開けた。


「ギンカー。いるか?」


 そう呼びかけるとひょこりと、扉の奥から金髪を二つに結えた空色の目をした少女が飛び出てきた。にこりと笑って悪魔に手を振り、随分と懐いている様に見える。


「小娘、お前しばらくここにいろ。ギンカ、この餓鬼の面倒見てやれ」

「え、なんで……」

「今、お前に必要なのは休養だよ」


 なんて悪魔らしくないことを言うのだろうこいつは。

 しかし自分で頼んだとはいえ、どこかに連れて行かれると言うこと自体がもはやトラウマである。母親にしろヴェレーアにしろ、良かった試しがない。

 でも、あの悪魔の目は他のとは違った。私を見てもまるであの友人の様な、凪いだ眼をしていた。強力な悪魔は嘘をつけない性質があることはよく知られていることで、だとするとこの悪魔は少なくとも母や聖女よりかは信用できそうだった。


「ここにいて、いいの」

「お前が出て行きたいと思うまでな」

「あの子は」

「ギンカかぁ?あいつは俺様に懐いてるだけの餓鬼だ。一応戦闘向きの聖職ではあるが、お前のことを教会に告げ口する様な奴じゃない。俺様の影響下にあるから、お前のことも不必要な眼では見ないだろう」


 それと、と言ってトンと私の額を指でこづく。


「お前の魔性を通行料で貰い受けたが、それだけじゃあ、まぁ完全な只人とはまだ言えない。本当に少しだしな。ただ、これで多少は意図的にそれがコントロールできる様になるはずだ。誰彼構わずといった事故は減るだろう。それでも言い募ってくるやつは、こう、銃でもぶっ放してやれ。銃の扱いはギンカに聞くといい」


 そういうと、じゃあなと悪魔はさっさと扉から出て行こうとする。ギンカと呼ばれた少女も手を振って見送っている。

 

「ねえ、待って」

「んー?」


 くるりと振り返り首を傾げる悪魔。


「どうして、ここまでしてくれるの。だって貴方」

「悪魔様、な」

「あ、悪魔様は私に当てられてないのでしょう。ならどうして」


 助けてくれるの。

 今まで誰も助けてくれなかった。助けも求めなかった。

 私に近づいたやつはあの友人を除いて全員、欲の目をしていたから。

 でもこの悪魔は違う。

 魔性を少しでもコントロールできるところまで請け負ってくれたことも、聖女から逃がしてくれたことも、行く宛のない私に場所を示してくれたことも、全て私に取って得でしかない。

 契約ではここまでやってなんて言ってない。完全に契約外だ。

 どうして。

 俯いて無理やり着せられたドレスの裾をぎゅっと掴む。そうでもしないと本当に泣いてしまいそうで。


「そうだなぁ。お前は小娘のくせによく頑張ったよ。だから、少しは報われてもいいだろう」


 そのままわしわしと頭を撫でられる。人に触れられるのが嫌なはずなのに、その時は嫌悪感も不快感も感じなかった。

 だから、やめて。本当に泣いてしまう。

 いよいよ顔を両手で覆った私を見て、悪魔様は。


「泣いとけ。俺様からしたらまだ、子供なんだから」


 そう言ってしゃくりあげる私をあやし続けてくれた。


 ♦︎


 私を泣き止ませた後、悪魔様はギンカと仲良くなと言ってやっぱり出て行った。

 泣いたのなんていつぶりだろう。子供の頃から泣いた記憶なんて思い出せないほど遠くなのに。しかも人前で。人じゃなくて悪魔だけど。

 ギンカと呼ばれた子は私の二つ年下の14歳の少女だった。泣き腫らしてぐずぐずしている私に、水を持ってきたり濡らした布をあてがったりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。しかも、悪魔様が言っていた通り今までの様な劣情を孕んだ眼で見られることはなかった。純粋な善意なのだとわかり、また泣いてしまいそうになる。

 私はこんなだっただろうか。


 ギンカという少女の家に住まわせてもらって数週間。気づいたことがある。

 まず、この少女は怪異との戦闘で喉に怪我を負ったらしく声が出ない。コミュニケーションは専ら筆談と身振り手振りだ。けれどこの子はよく笑う子だった。音もなくとも表情は賑やかに。コロコロと屈託なく変わる表情は、普段仏頂面の私と対照的で新鮮だった。

 何より、この子が本当に善人であることがよくわかった。今まで歪んだ奴らとしか接してこなかったせいか、こういう相手にどう接したらいいかわからなくて困惑もした。けれど、それでもギンカは私に合わせて対話をしてくれた。覚えた方が対話しやすいと手話も教えてくれた。このおかげで、数ヶ月経つころには通常の会話と同じくらい、ギンカと対話ができる様になった。

 

 聖都から離れても家からは中々出ることがなかった私だが、夜の間は外に出る様になった。

 星が見える夜になるたびに友人を思い出して、窓の外を眺める私を見かねてギンカが散歩に誘ってくれたのだ。昼間の人の目はまだ無理でも、夜ならばと。それにギンカの戦闘能力はかなり高いらしく、夜でも自分が一緒に行けば大丈夫だと共に外に出てくれた。

 実際夜に会った暴漢や怪異なんかは、ギンカが何故かスカートから取り出したライフルをぶっ放しているうちに始末されていた。

 軍人の家系なのに銃を撃ったこともない、私に銃火器の扱いも教えてくれた。

 つい気になって、どうして悪魔様と一緒にいるのか尋ねたことがある。

 ギンカは元々戦争孤児だったらしい。魔女との戦線で被害に遭った集落の子で、そこを教会に拾われ幼い頃から戦闘訓練を積んで戦争に出ていた様だった。しかしある時、魔女との戦線で首を斬られ死を悟ったそうだ。その時に悪魔様が現れて、ギンカの声と引き換えに命を長らえたのだそう。

 あの悪魔様は子供に優しいのだと、少女は笑っていた。

 そして、またこっそりと教えてくれたのだが、悪魔様は先代の神様だとそう言った。

 巨塔でのことを思い出し、突然の話に固まる私をよそにくすくすと笑うギンカ。

 悪魔は元々が、神の使いで神と共に堕天し助けを求める人の前に現れ、その願いを魂の救済とともに叶えるらしい。悪魔が現れるのはすでにどうしようもなく手遅れになった人ばかりで、悪魔が気を触れさせたのではなくもうその人間がどうにもならないほど困窮した人であったと言うだけ。

 私とギンカは魂とられてないけど、と聞くとまだ子供だから、と答えられる。

 どうして先代の神様だとわかったかと言うと、ギンカの命を救った際にギンカが悪魔様のことを神様と表したらしい。嘘がつけない悪魔はそれに否と答えることができず、それを突き詰めて尋ねると先代の神堕ちした悪魔だったと知ったのだそうだ。

 だからギンカは今の神様ではなく、あの悪魔様を信仰していると。

 そうか、本物の神様だったのか。

 今まで施された救いにすとんと納得がいった。先代の神は人を救うために神を辞めたとヴェレーアは言っていた。本当にそうだったから助けてくれたのか。

 ギンカを含め、あの友人以外に恩人が他にもできるとは思わなかった。

 私の抱え続けた憎悪と嫌悪と不快感が少し解けていく様な気がした。



「小娘どもー、いるかぁ?」


 悪魔様は時たまふらりと現れて、土産と言って氷菓やらお菓子やらを持ってきた。


「ギンカー、マカロン食う?」


 こくこくと頷くギンカの口にポイとマカロンを放る悪魔様。


「孫に餌付けしてるおじいちゃん……」

「お前も似た様なものだろぉ?」


 確かに、今まで食事は熱くなければいいと流し込んでいて、そもそも食事が嫌いだったが、悪魔様が持ってきてくれたアイスは冷たくて軽くて食べやすく感じた。

 そんな私を見ていたのか、悪魔様はアイスを毎回持ってきてくれる様になった。


「それは食えるのな。ろくに食事もしないくせして」

「おじいちゃん。うるさい」


 戻ってきた悪魔様のやることといえば、ギンカと私が喧嘩していないか、うまくやっているかと、それこそ孫たちの心配をするおじいちゃんの様だった。

 実際、歳は1000歳を超えているらしい。


「お前ら喧嘩してねぇ?仲良くしろよ」

「してないよ、ギンカが良い子だから。私と違って」


 けらけらと笑うギンカに追加でマカロンを突っ込む悪魔様を眺める。

 そうだ、聞きたいことがあったのだ。


「悪魔様が先代の神様だったって本当?」

「お前……ギンカ!」


 マカロンで口をむぐむくさせながら、そっぽを向くギンカを呆れた様に見る元神様。


「ねえ」

「……」

「悪魔様」

「……そうだよ。ったく……お前らなぁ」


 やれやれと頬杖をついて、ぷくりとしたギンカの頬をつつきだす。

 ギンカはというと、咀嚼したものを飲み込んだのか、次のお菓子に手を伸ばしていた。こちらの会話に入る気はない様だ。


「お前は、あれを見たのだろう?」

「あれって」

「紛い物だよ」


 それは紛れもなくあの偽物の神のことだろう。つぎはぎだらけのキメラの様な、怪異と化した。


「見た……」

「まぁ、よく耐えたな」

「ねえ、神様」

「悪魔様だろって」

「悪魔様、私を助けてくれたのは私が次の聖女になるってことも知ってたから?」

「そうだ」


 まるで仕方のない子供に教え込む様な眼で見られる。


「あまりにも今のお前には荷が重すぎる。それに、あんなに傷ついて疲れ切っている子供にさせる様なことじゃないだろう」


 そう言って、私に新しいアイスをよこした。


「……ありがとうございます」

「ただの契約だろうが」


 ただもう悪魔との契約はやめとけよ、と釘を刺される。本当にこの神様は優しすぎる。

 口に運んで、自身の体温に溶けていくアイスの味をちゃんと味わえた気がした。


「もう一度、神様をする気はないの」

「ない」

 

 相変わらずギンカの頬を突きながらもきっぱりと言い放つ。


「あそこでは見えるものも、見えなくなる」



 ギンカと稀に現れる悪魔様との暮らしはとても静かで、普段は手話で会話するために肉声はほぼなく嫌いな欲を孕んだ男もいない。変に感情を向けてくる奴もいない。

 悪魔様に言われた通りに私はきちんと休養期間を得ることができた。2人には感謝してもしきれない。そんな生活が3年続いた頃だった。

 私の元へ、一通の手紙が届いた。差出人は聖女からだった。


 ♦︎


 どこでバレたのだろうか。半ばパニックになった私はちょうど戻ってきた悪魔様に泣きついた。


「……これは、まぁ、時間の問題ではあったろうなぁ」


 そう歯切れ悪く言う悪魔様。自分でもなんとなくは察しはつく。

 私だってこの3年間、家に引きこもり続けていたわけではない。いくら昼を避けていたって外で人に出会わないわけがない。

 外で人に出会うと言うことは、私が人に見られると言うこと。つまりは、いくら悪魔様が抑えてくれたとしても魔性は健在で私の話が伝聞でヴェレーアまで伝わっていったのだろう。

 確かにこれは時間の問題で、またしても私自身が原因だった。

 

「場所を変えるか?」


 悪魔様は心配そうにこちらを見るが、もうこうなってしまってはどこにいたってじきににバレることは明白だった。

 またしても逃げ場はなかった。

 けれど、あの友人の様に悪魔様とギンカは私に猶予をくれた。休息をくれた。

 ならばもう、腹はくくれた。


「大丈夫。もう自分で立てるから」


 ♦︎


 ヴェレーアからの手紙の内容はこうだ。

 あの後、私が行方不明になり大変なことになったらしい。手を尽くして探して、ようやく見つけた、すぐに会いたいと言っていた。

 そして、私を口説いていたあの王族だがあの夜会の次の日には教会に対して挙兵し、尽く国民からの反発と教会の制圧に遭い、さらにその隙にと他国に攻め入れられ数日のうちにその国は滅びたらしい。

 その挙兵の理由が私を探し出して捕えるためだと言う。

 確かに教会と聖女の役目という障壁がなくなれば、なんてことは暗に言った気はするが、そんな戯言をまともを受けて戦争を仕掛けてくるなんて愚か者にも程がある。

 貴女の存在一つで国が滅んで、これで名実共に貴女は傾国ね、と手紙は締めくくられていた。

 舌打ちと共に手紙はすぐさま燃やして、聖都へ再び戻る準備を始めた。


 最初は1人で戻ろうとしていたが、手紙には時たま街の周囲に出る怪異の討伐や地方教会からの任にあたっていたギンカの本部への招集もかけられており、ギンカも一緒に聖都へ行くことになった。

 これは正直ありがたかった。

 道中の危険度もあるが、なにより聖女に対して腹が立ちすぎて自分が何かしでかしやしないか止めてくれる人物が欲しかったのだ。下手をしたら声をかけられたら人間を片っ端から呪おうとするかもしれない。流石にそれはやめろと悪魔様にも言われた。

 悪魔様は私たち2人の出発にずいぶん気を揉んでいた様だったが、当事者2人がすでに腹を括っているので仕方なしと送り出してくれた。


「流石に俺様が一緒に行くわけにはいかねぇなぁ。まあ、無理はするなよ」

「いつか恩は返します」

「契約以上は受けとらねぇよ。……息災でな」


 ギンカは胸の前で手を組み悪魔様に祈る様に目を閉じていた。

 そして悪魔様は最後まで心配性で優しすぎる神様だった。

 

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