VOL2第4話『大怪獣バトル(比喩)』
×黒い嵐×
シュヴァリエ=ハイヌウェレはその顕現時から黒い嵐で惑星の一部を侵略した。鉄骨のマンションすらも薙いでしまいそうな、圧倒的風圧の大嵐。それは木星の立ち入りを禁ずる大赤斑のような——形容し難い魔力の暴力である。聖教会・副教会長、スノウ・リリィホワイトでさえも、シュヴァリエ=ハイヌウェレの暴風嵐は突破不可能と結論づけかけたものだ。
——そんな人類未達の秘境に立ち入る不遜な輩が現れる。『ここが自分の領域だ』と言わんばかりにズカズカと『黒い嵐』に立ち入ってきたスーツの男を、シュヴァリエ=ハイヌウェレは強く睨む。
——敵か?
——いや、あいつは、確か……。
反転した最強は思い出す。今目の前に現れた男が、自分にとってどういう存在か。
「聖教会の魔術師……名は確か布施真澄だったか。貴様の施した結界、なかなかに厄介であった。私が『シュヴァリエ』の力を借りていなければ封殺されていた」
それはシュヴァリエ=ハイヌウェレ心からの賛辞であり、再確認でもあった。聖教会の魔術師……布施真澄の施した『御堂』は彼女をかなり手こずらせた。
“御堂が存在している限り、半永久的に領域内の術師の魔術を封印する”
『宇宙』を操る彼女……いや、『シュヴァリエ』の能力を扱うハイヌウェレでさえ、『ルール』には抗えない。物理的作用である魔術に、概念を破壊する力はない。
故に彼女は“厄介”と感じたのだ。
だが……ある人物の協力を経て、彼女は『御堂』を打開した。
布施も正直これには驚いている。“魔術を封印する”という性質上、シュヴァリエ=ハイヌウェレは脱出手段を失い、『御堂』に囚われるはず……というのが彼の見立てだった。
「……」
とはいえ、それに動揺している余裕はない。布施は即座に思考回路を切り替え、脳内で魔術の詠唱を行う。布施の攻撃の予兆を察知したシュヴァリエ=ハイヌウェレは左手を腰に当てて、右手を大きく振り上げる。
——『御堂』は2回連続では使えない。彼女……シュヴァリエの攻撃で最も注意すべきなのは『ブラックホール』だ。なら、まずはそれを封印する!
布施の戦闘方針は決定している。シュヴァリエ=ハイヌウェレが展開する
『
一方、ハイヌウェレに逡巡はなかった。
『光なき陥穽』を展開するだけで敵を亡き者にできるのだから、戦闘に対し考え込む必要はないと彼女は断じた。
そして、それが大きな驕りだと気づくのにそう時間はかからなかった。
数秒後。
「結界縮小開帳、『聖堰牢架』!」
「光なき陥穽に、堕ちよ——」
シュヴァリエ=ハイヌウェレと布施真澄の魔術の発動は同じタイマング。黒と白の眩い煌めきの渦が、彼らを結ぶ中心点で衝突し、さらに大きな光を生む。
結界の縮小開帳。本来であれば世界の法則すら書き換えるほどのポテンシャルを有する魔術である『結界』。その発動範囲を大きく縮小し、引き伸ばし、自身の肌と密着させて展開することで防御手段とする技術。
布施は聖教会に雇われ、見習いとして訓練している中でこれを習得した。
『聖堰牢架』は彼の鬼札のひとつだ。結界と現実を隔絶することで、外界からの干渉の一切を無効化する。それを『縮小展開』すれば——
シュヴァリエに取り憑いたハイヌウェレが、醜悪なモノでもみたように、目つきを歪める。
「……私の『光なき陥穽』を受けて直立できるとは。結界術とは、もはや反則の域だな」
「君が言うな」と言わんばかりに布施は笑みを浮かべて、シュヴァリエ・ハイヌウェレとの距離を詰める。
『光なき陥穽』は全てを飲み込む。この『黒い嵐』の中でしかその効力を及ぼさないとはいえ、威力は現行宇宙のものと相違ない。だというのに、布施はそれを防いで見せた。無傷で、自身に迫らんとしている。想定外の展開に、ハイヌウェレは考える。
——『外界との隔絶』。厄介だが、限界はあるはずだ。些か粗暴だが、こちらも『切り札』を使う必要がありそうだ。
布施から、二閃の剛拳が放たれる。魔術でエンチャントされた必死の連撃。その連撃は正確に彼女の腹へと直撃する。さらに布施はそこから蹴撃へと繋げる。その衝撃で、ハイヌウェレの身体は空へと打ち上がる。
——仕上げです!
布施が仕上げの一撃を放とうと、独特の構えをとった時——彼は気づく。ハイヌウェレの口元が、つりあがっていることに。
布施はハイヌウェレが何をしようとしているか瞬時に判断し、防御術式を展開しようとする。しかし。
「“連星”はすでにその貌を表している。ひとつ遅かったな」
星が躍る。黒い「最強」が惑星規模の凶弾を装填する。布施には理解できる。それを喰らえばおそらくは即死であり——肉ひとつも残ることはないだろう、と。
彼が凡庸な一般人ならば、それが条理だろう。しかし、彼は魔術師だ。布施真澄という人間は、こういうとき、どう対処するか——
いいや、もう布施には解が浮かんでいる。
「連星、捌!」
ハイヌウェレのその叫びと共に、小惑星程度の大きさの凶弾が放たれる。それに対し、布施は、
「結界、開帳!」
「……!」
布施を中心として、同心円状に結界が広がっていく。ハイヌウェレには、その意図は汲み取れる。
——結界による法則の上書き。結界同士の衝突であれば拮抗が発生する。
——しかし、私の『連星』は結界から放たれたもの。結界の要素でないものは、結界に取り込まれる。
——忌々しい。
その感情を示すように、シュヴァリエ=ハイヌウェレは目を細める。そして彼女の読み通り、輝く連星は瞬く間に結界へと取り込まれる。
——結界で自分の行動範囲をし、攻撃の機会を増やす。そして、その機会は、今!
シュヴァリエの『星』は意味をなさなくなった。布施が頭から、こちらに突っ込んでくる。その拳に宿るは、勝利の信念。必ず同胞を助けようという、強い意志。
「——ハイヌウェレとやら、シュヴァリエは、返してもらいます!」
聖拳が、ハイヌウェレ……シュヴァリエの鳩尾を捉える。脳が揺らぐかのような衝撃。シュヴァリエは衝撃で、地面へと緩やかに落下していく。
——シュヴァリエなら、きっと落下に対して何かしらの策はとっているはず。
布施の読み通り、シュヴァリエの落下の様子は物理法則に反している。加速度は停滞し——地面に近づくにつれて……むしろ減速している。
「……あとは」
シュヴァリエから、ハイヌウェレを分離させるだけ。布施は切れかけの魔力で、この戦闘最後の魔術の詠唱を始める。
*
地に堕ちた仮初の『最強』は、空を仰ぎ、自らの末路を悟る。
——ああ、悍ましい人間ども。エゴの極み、その衆合ども。
——私という呪いは終わらない。お前たちがその罪を自覚するまで……。
天上に浮かぶ星を見て、ハイヌウェレは恨み言を紡ぐ。シュヴァリエ……『最強』の一角たる魔術師の肉体を使おうと、聖教会の魔術師には叶わなかった。『ブラックホール』は結界縮小開帳で、『連星』は結界の実直な開帳で防がれた。
自分が慣れない肉体を利用した故か。
『最強』という異名に甘えた故か。
しかし、敗北という結果は変わらない。
その結果を受け入れ、彼女はゆっくりと瞳を閉じて——
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