第3節間話『東京駅構内にて②』

 10秒の殲滅劇だった。およそ30体ほどの尸人たちは、セバスチャンの斧槍によって例外なく蹂躙された。あまりにも俊敏で、機械のように整った動きであった。無駄のない完成された攻撃。シガレットは一瞬だけ魅了さた。しかし、この程度では彼は満足しない。獣の如き眼光を放ち、セバスチャンはシガレットを睨みつける。


(オレ様の見立て通りだな。教会長スノウ・ホワイトリリィの側近、セバスチャン。その術式の名は——)


 思考するシガレットの首へと斧槍の一閃が飛ぶ。


「“鏡”」


 セバスチャンの一撃がシガレットの首を捉えることはない。斧槍は彼の首近くで静止している。


「“束”」

  

 シガレットは一言だけ呟く。その一言がトリガーとなって、地面からセバスチャンに向かって『糸』が飛んでいく。


(なに——!?)


 不本意に敵の懐に入ったことを後悔するセバスチャン。彼には距離を確保する魔術がない。瞬間的に、糸がセバスチャンへと絡んでいき、ボンレスハムのような縛り上げる。


「セバスチャン!!」


 陰からセバスチャンの戦闘を見守っていたスノウが叫ぶ。その叫びに気づき、シガレットが視線を彼女の方へと向ける。シガレットはセバスチャンから興味を失い、スノウのいる場所へと歩みを進めていく。


(“非魔術師”。斧槍でしか戦うことのできない人間は、オレ様が警戒するに値しない。オレ様の『束』を喰らって動ける人間はいない。オレ様がやるべきことは、スノウの殺害だ)


 シガレットは事前に術師車庫に目を通していた。国が随一の信頼性を謳う『術師データベース』。そこには教会長スノウ・ホワイトリリィの側近は『非魔術師』と記録されていた。


(傲慢は、ない)


 シガレットはセバスチャンの攻撃を防いだ『鏡』を展開し、スノウへと近づく。


(尋常じゃない魔力放出量……誰か知らないけど、セバスチャンを傷つけたなら、私の敵!)


 スノウは全力で魔力を解放する。これからの戦闘に備えて、絶技と秘術の準備を進める。それに気づいたシガレットはスタ、と立ち止まる。


「そうか——よい。オレ様が遊んでやろう」


 シガレットの宣戦布告。スノウは臆することなく、続けて思考回路を回す。


(結界の展開? 私の魔術は展開に時間がかかる。展開されたらほぼ詰み。その前に私の魔術で——)


「耐えろよ」


 シガレットのその言葉と同時。彼の背面から炎の腕が躍り出る。1500度に到達する超高温の攻撃。


「『擬態』、解放」


 スノウは小さく、己が魔術の名を紡ぐ。瞬間、彼女の姿が消失する。シガレットでさえ、『いなくなった』としか認識できない。彼の放った『炎の腕』は予定通り、スノウが消えた場所へと着弾する。だが、命を絶った実感はない。シガレットは眉間に皺を寄せる。


(バンクでみたスノウの術式は『蟲操魔術』……虫を操る魔術だと思っていたが、姿を消す魔術も持っていたか。オレ様の見当違いか——)


 セバスチャンは振り返り、右手に炎を纏わせる。


「みろよ、ミスター・セバスチャン。お前のご主人様は尻尾巻いて逃げたぜ」


 だがそのシガレットの余裕を、セバスチャンは笑う。黒子の帽子が捲れ上がり、その鋭い眼光が顕になる。


「……何がおかしい?」


「貴方は、お嬢様を舐め腐っている。ただで逃げるような人ではありませんよ」


「敗者のざれご—ッ」


 言葉を紡ぐシガレットの顔が歪む。その理由が何か、セバスチャンはよく知っている。


(——第二装填開帳、『鋏』)


 クワガタの頭のような——巨大な鋏が、シガレットの腹を突き破らんとしている。


(クワガタ! ってことは、奴は消えたわけではなかったのか!)


 シガレットは忌々しげに、背後の伏兵へと視線を向ける。白い衣に身を包んだ可憐な死神。スノウ・リリィホワイトの姿がそこにはあった。


「私の術式は虫を操ることじゃない。私の魔術は『虫の固有能力を操る魔術』!」


 スノウの宣言と共に、シガレットを押し潰そうとする『鋏』の力が強まる。だというのに、シガレットの身体には傷一つもついていない。


「……貴方、『祈子の護』も使えるのね」


 祈子の情。それは中堅レベル以上の魔術師しか習得できないとされる防御術式。シガレットが『鋏』をくらって五体満足でいられるのは、それのおかげだ。


「……ミスターS。お前の魔術は、『昆虫』を操ることではなく——」


「その能力を、操ることか——!!」


 シガレットは叫ぶ。彼は激痛に耐えながら後悔する。己の見立ての甘さを。混乱するシガレットの視線が、己が魔術を展開しようとしているセバスチャンの姿を捉える。


 それはあまりにも眩い光だった。

スノウの『鋏』の衝撃で、彼を拘束していた糸へ魔力を流すのを失念していた。


「——、——」


 眩む視界。ついぞ魔術の詠唱すら忘れた。セバスチャンが術式解放に至るには、その時間で十分だった。


「聖伐術式裏5番——縮小指定」


 スノウはみる。シガレットの首の上に生成された斬首の刃を。聖伐術式。現代の奇蹟。消費の体現——それが、今シガレットの首へと落ちる。


「光源凝縮変換刃、ルクス・イレ!」


 セバスチャンの叫びと共に、確殺の凶刃がシガレットの首へと落ちる——

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