第27話 あの日の夢
なんだろう、何故だか視点がとても低い。
私の体の全てがとても小さく、両脇にいる人がとても大きく感じる。
──ああ、そうか。
目の前の風景に、これは夢であることに気づいた。何故なら、いつも見る私の夢だから。
それはあの日以来よく見る夢で、いい夢ではない。
幼い日に起きた、忘れたくても忘れられない私の過去。
夢はいつも、ある二人の大人にそれぞれ右手と左手を引かれている所から始まる。
彼らの腰ほどの高さの視線から、私は二人を見上げるのだ。
強くて頼もしい父と、そして美人で優しい母。
その二人の間に入って、自分の小さな手を取って貰い一緒に歩いている。
これから、家族三人でどこかに出かけようとしていた……と思う。母から聞いていたはずなのに、どこに行くのかを全く覚えてはいない。しかし、前日からすごく楽しみにしていて眠れなかった事だけは微かにだが憶えている。
そうして、里を出ようとしたところで、何か大きな音がして三人で振り返った。
私はその光景に驚き、真っ白な光に目が眩んだ。
流星でも落ちて来たのかと見紛うほどに、空から数えきれないほどの光の線が、里全体に降り注いでいる。
その光が直撃した里の家々からは、轟々と火の手が上がり始め、瞬く間に赤い炎に包まれていった。
辺りにはいくつもの悲鳴が響き渡り、大慌てで逃げ惑う里の人々。
そんな阿鼻叫喚の中にありながら、父と母はとても落ち着いた様子だった。
それは、この日が来ることをずっと前から予見していたかのように。
父のゴツゴツとした大きな手が私の頭を優しく撫でる。
『カイリ、父さんから決して離れてはいけないぞ。何も怖い事はないからな』
隣にいた母も、私と目線を合わせる為に屈んで話しかけてくる。
『あなたはとっても強い子よ。何が合っても泣かないって約束出来るわね?』
私は頷く、父を信頼しているし、泣かないって母とも約束出来るから。
そう約束した、次の瞬間。
私の目の前に居た二人は、糸の切れた操り人形の様に地面へと崩れ落ちた。
何が起こったのか分からずに、呆然とする私へと真っ赤な鮮血が降りかかる。
そして、唖然とする私の視線の先には、細身の何者かが立っていた。
白く輝く光を携えて、こちらをずっと見つめている。
助けを求めようと、私は倒れた父を揺さぶって起こそうとする。しかし、倒れた父は一切なんの反応も示さなかった。私は大声で『お母さん!』と何度も泣き叫ぶ。しかし、倒れたままの母はピクリとも動く事はなかった。
いくつもの光を携えた奴は、私へとゆっくりと近づいてくる。
周りには泣き叫ぶ私を助けてくれる様な人はいない。皆、自分の命を守るのに必死で、一目散に里の外へと逃げていく。
何も出来ずに、ただただ泣き叫ぶ私の目の前で奴は立ち止まった。
『我の行く手を阻む者よ、これより先を生きること、許すまじ』
──そして、左手を勢いよく振り下ろして容赦なく私の首を切り落とした。
◇◆◇◆
「うわぁ!」
慌てて起き上がった私の目の前には、静まり返った闇が広がっていた。
そうして、どこにいるのかをゆっくりと確認する様に見渡す。
「そっか、民家の縁側か……」
私の横で静かに寝息を立てるジンタの姿を見て、大きく息を吐いた。
「はぁ……また、あの夢か。心がちょっとでも揺らぐと、すぐにあの夢を見ちゃうんだから」
川で水浴びなどを済ませた後、仮眠のつもりで座って寝ていたのだが、いつの間にか縁側で眠るジンタの隣で横になってしまった様だ。
連日の疲れが、余程に溜まっていたとみえる。
彼を起こさない様に縁側の縁へと移動して腰を降ろした。
そして、私は首に伝った寝汗を手で拭いながら、確かめる様に自分の首元を擦る。
──そりゃ、夢だから繋がってるでしょ、首。
現実ではなく夢だった事に安堵しながら、ゆっくりと深呼吸する。
いつも見る両親を失ったあの日の夢。
しかし、なぜあの夢は、私があの日に経験した出来事とは最後が全く違うのだろうか。
私はあの時、里に滞在していた陰祓師によって命を救われるのだが、夢で見る出来事は全く異なっている。
あの日、村を襲った異形に容赦なく首を切り落とされてしまう。
記憶と夢は途中までは同じなのに、どうして両親が殺された後からが違うのか。
ただの夢……それとも、もっと別の意味があるとでも言うのだろうか。
その答えを、私はあの日からずっと出せないままでいた。
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