第13話 <回想>おチエ(おチエ視点)
ジンタの父親である宗太郎さんと出会ったのは、21歳の夏の日だった。
皆川村のすぐ近くにある川のほとりで、衣服がボロボロの状態で倒れていた彼を私が介抱したのが始まり。
皆川村の住人は排他的な考えを持つ者が多く、唯でさえ他所者に厳しい人たちばかりである。だから、異国の人なんて見たら……
「何をされるか、わからないわ」
彼の事をそのまま放置する事が出来なかった私は、骸山近くにある誰も住んでいない小屋で彼を匿う事にした。どうして匿ったのか自分でも分からないけれど、その時の私は運命的な何かを感じていた。
死んだように眠っていた彼が目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。
見た目とは違い、とても流暢にこの国の言葉を話す彼は、自分の名前が宗太郎であることを教えてくれたが、それ以外のことは何も覚えていなかった。
世間一般で言われる記憶喪失、と言う奴だろうか。
ともかく、彼の記憶が戻るまで私が面倒を見ることを決めると、次の日から人目を忍んで毎日その小屋へと通い、彼の食事と身の回りの世話をした。
──それから数ケ月の時が経ち、寒さの厳しくなる冬が来ても、宗太郎さんの記憶が戻ることはなかった。
だが、宗太郎さんと日々を一緒に過ごすうちに、私は優しい彼に段々と想いを寄せる様になっていった。そしていつしか……恋に落ちていた。
私は皆川村で生まれて、皆川村で育った。
外の世界を知らない私には、金色の髪と青い瞳を持つ宗太郎さんがとても魅力的な男性に見えたのだ。
どちらからだったとかは覚えていない。お互いに、いつの間にか惹かれ合い、そして時間が許す限り愛を語りあった。
──それから更に月日が流れ、春を迎えようとしていたある日のこと。
宗太郎さんとの秘密の生活は突然に終わりを告げる事となる。
それは、私の体調の変化……そう、つわりによって父にバレてしまったのだ。
「どこの馬の骨ともしれない奴の子供なんか、すぐに降ろせ!」
そう猛反対する父を振り切って、私は宗太郎さんと駆け落ちする事を決意した。
逃れるように西へ、西へと向かい、そして大阪の町へと辿り着いた。
何の当ても無い私たちは、苦労しながらも二人で生活の基盤を築いて行った。
見た目がどうであろうと、大阪の町にはそんな事を気にする人は無く、お金が全てだと言った風潮で、私たちにはピッタリの住処となった。
それからジンタを出産して、私たちは親子三人で貧乏ながら幸せに暮らしていた。そんな穏やかな日々が、いつまでも続くと思っていた。
──ジンタが六歳になった年のこと。
なんの前触れもなく、宗太郎さんは私たちの前から忽然と姿を消した。
あまりに突然のことで、一体何が原因でいなくなったのか全然分からなかった。
仲が悪かった訳ではなかったと思う。
私は宗太郎さんとケンカなんてしたことは無かったし、何より彼はとても穏やかで、優しい人だったから。
じゃあ、他に好きな人でも出来たのだろうか。
残念だけど、それを否定するだけの答えを私は持ち合わせていなかった。
もしかしたら、ふらっと帰って来るかもしれない。
だから、ここから動かずに彼が帰って来るのをひたすら待つしかなかった。
「おっかあ、おっとうはどこに行ったの?」
「……ごめんね、お母さんにも分からないの。でもね、待っていれば、いつか必ず帰って来てくれるわ」
そうジンタには言って諭したものの、どれだけ待っても、彼が私たちの元へと帰って来ることはなかった。
そうこうしている内に時だけが過ぎていき、僅かな蓄えも底を尽き始めた。そして生活が立ち行かなくなると、すぐに借家も追い出されてしまった。
私一人では、まともな職に就いてジンタと生活するだけのお金を稼ぐなんて出来なかった。稼ぎが良くて、女で出来る仕事と言えば……
悩みぬいた挙句、どうしてもこの身を堕とす覚悟が出来なかった私は、父親の太右衛門を頼って皆川村へと帰るしかなかった。
ジンタを連れておめおめと帰ってきた私に、父は「どの面下げて帰って来たんだ」と怒鳴り散らした。予想通り、それは想像に難くなかった。
だけど、それも束の間。すぐに私たち母子を抱き寄せると、涙を流しながらこう言ってくれた。
「……もう、どこにも行かないでおくれ』と。
最初は皆川村に戻るのがとても不安であった。なにせ、猛反対する父を押し切って駆け落ちした挙句に、金色の髪と青い瞳を持つ子供を連れて帰ってきたのだから。
もしも、父が私たち母子を受け入れてくれなかったらどうしようと、考えない日はなかった。しかし、そんな不安を他所に、父は受け入れてくれた。それどころか、余計な詮索もしてこなかった。
私たちが今までどうしていたとか、宗太郎さんの事とか、何一つ聞いてくることはなくて、ただただ毎日、仕事の合間に孫であるジンタの面倒を見てくれていた。
髪の色だ、瞳の色だとか差別せずに、血の繋がった孫を愛でる父の姿に、私は目頭が熱くなるのを感じた。
宗太郎さんが居なくなった事はとても辛い事ではあったけれど、父とジンタが仲良く遊ぶ幸せな光景のおかげで、幾分か救われた思いだった。
だが、その事が逆に私を油断させる事となっていた。
家族として父がどれだけ私たちを受け入れてくれようとも、排他的な考えを持つ皆川村の人々は違ったのだ……
──村に帰って来てから半年。
父になるべく迷惑かけない様にと、私とジンタは母屋ではなく人目に触れ難い離れ座敷で一日の殆どを過ごしていた。
ただ、幼いジンタは遊び盛りなので、晴れている日は村の子供たちと一緒に外で遊ぶことが多かった。
そうして、平穏な日々が続いていたある日のこと。
外に遊びに出かけていたジンタが、頭に大きなコブを作って帰って来た。
「ジンタ。どうしたの、その大きなコブ……」
「転んだ」
私が何度訊いても、ジンタは転んだの一点張り。
別に本当に転んだだけなら、それでいいのだ。いや、痛そうなコブを作っているから良くはないのだけれど。
でも転んでケガをすると、ジンタはいつも私を心配させまいと笑いながら元気に報告してくれる。
でも、その日は笑顔も無く終始俯いていたから、それが少し気になったのだ。
そうしてその後も、ジンタは口を噤んだまま頑なに話をしようとはしなかった。
──それから数日後。
次は伸ばしていた綺麗な金色の髪を、ざんばら頭にして帰って来た。
これはもう、明らかだった……誰かにやられたのだ。
転んだ時と同じ様に、私はジンタにどうしたのかと何度も問いかけたが、ジンタはずっとダンマリだった。
何一つ、私に話してはくれなかった。
どうして何も言ってくれないの? 何か、私には言えない理由があるの?
先日と同様に、変わらずダンマリを通すジンタ。
このままにもしておけないし、とりあえず私は座敷へと上がると、裁縫箱に入ったハサミを取り出した。
「……こっちにおいで、ジンタ。髪の毛、綺麗にしてあげるから」
なんの法則性もなく、バラバラに切られた髪を整える為に、私はジンタの髪をハサミを使って坊主頭にしていく。
母子二人だけの静かな離れ座敷に、髪を切るハサミの音だけが響いていた。
しばらくの間、そうやって髪を整えてあげていると、ずっとダンマリだったジンタが呟くように尋ねて来た。
「……ね、ねぇ、おっかあ?」
「ん? 何かしら」
「……」
ジンタは何か言おうとしたのだが、また黙ってしまった。
でも、今声をかけて来たと言う事は、話す意思があると言う事だ。だから、私はジンタが話しやすい様に優しく問いかけてあげる。
「なに? ジンタ。お母さんに何か訊きたいことでもあるの?」
そうして僅かな沈黙の後、ジンタはゆっくりと口を開いた。
「……オラの血って、穢れているの?」
我が子の口から発せられた言葉に、私は思わず息を飲んだ。
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