第19話 閉鎖的な村

 蜘蛛のねぐらでの生存者の確認作業は、非常に残念な結果に終わった。


 生存者はおろか、被害者とおぼしき遺体などは見当たらず、誰の、どこの部分かもわからない小さな骨だけが散乱している状態だった。とりあえず、それらを一か所に集めて、簡単にではあるが弔って供養した。


 そうして、眠るジンタを千里が背負い、私はその場にあった犠牲者の形見の品と思われるかんざしくしを袋に詰めて廃坑を後にした。


「うわぁ、太陽が眩しいぃ。睡眠不足の目に刺さるぅ」


 暗がりの廃坑内から外に出ると、私の瞼に容赦なく日差しが襲い掛かってくる。


「ふふ、大忙しだったもんね、カイリ。村に戻ったら、休ませて貰おうよ」


「う~ん、そうだね。私が村人達にされたらね」


「?」


 そんな風に、千里と軽く会話を交わしながら村へと戻って来ると、何やら沢山の村人たちが集まって大騒ぎとなっていた。


「なんの騒ぎかな?」


「さぁ?」


 二人して怪訝な表情のまま村人たちに近づいて行くと、彼らは千里の姿を見つけるなり、こちらへと慌てて駆け寄ってきた。


「ああ、陰祓師様! ご無事だったのですね!」

 

「何日も姿を見らんもんですから、どうしたもんかと心配しておりました」


「おやまぁ、こんなにもボロボロになってぇ、綺麗なお顔が台無しだぁ……」


 村人たちはあっと言う間に私たちの前へと集まって来て、千里の無事を確かめる様に、口々に声をかけてきた。そんな彼らに対して、千里は太陽にも負けない眩しい笑顔で対応する。


「皆様、ご心配をおかけしたようで大変申し訳ありません。ですが、ご安心ください。村を苦しめていた異形は、問題なく討伐して参りました」


 『おお!』と、驚きと歓喜の声が上がると、ある者は微笑み、ある者は涙を流し、千里から伝えられた異形討伐の報せを喜んでいた。


「もう、訳も分からずに、怯えて過ごさなくていいのか。これでようやく、心穏やかに畑仕事に精が出せるってもんだ」


「我が子が攫われるか心配で、田植えが遅れてしまっとる家もあるでな。すぐにでも手伝ってやらにゃな」


「良かったなぁ、ようやく以前の様に静かに暮らせる。流石は陰祓師様だぁ」


「おタエ……陰祓師様が、仇をとってくだされたよぉ……うぅぅぅ」


 彼らは思い思いの言葉を紡いで、千里を英雄かの様に褒め称える。


 そんな喜ばしい空気と雰囲気も束の間。


 騒ぐだけ騒いで落ち着きを取り戻した村人たちは、彼女がおぶっている子供と、私の存在に気が付き始めた。


 そして、いつしか歓喜の声は、疑心と戸惑いの声へと変わってた。


「え、えっとぉ、陰祓師様。その……そちらの異国のお方は?」


 年老いた男性の発した言葉に、千里は一瞬キョトンとする。


「異国の、お方?」


 しかし、彼女は横にいる私の顔を見るなり『ああ』と、納得して頷いていた。


「こちらは、藤棚ふじだなの里が誇る二つ名様。匣のカイリ様です。このお方のおかげで、無事に恐ろしい異形を討ち果たす事が出来ました」


「……そ、そうなのですね。これは大変失礼いたしました」


 そう謝りながらも、男性は些か納得はできないと言った表情をしていた。彼の周りにいる村人たちも一様に同じ表情をしている。


 そんな彼らを見て、私はこの村の排外的な考えは相当な物だと感じていた。


 初めて太右衛門と会った時も、彼は私の目の色を指摘してきたし……自分たちと違うモノを恐れるあまり、受け入れず、拒み、そして傷つけてきたのだろう。


 この何とも言えない陰湿な空気からして、おチエやジンタも酷く辛い思いをした事は容易に想像できる。とても閉鎖的な村なんだなって思った。


 しかし、だからといって、私はおチエのした事を許す気はなかった。


 いくら酷い仕打ちを受けていたのだとしても、何の罪もない幼い命を奪っていい理由には、一切ならないから。


 そう思うのだけれど……でも、私の心の中はモヤモヤとした霧がかかったみたいだった。


「あの、とりあえず色々と今回の報告や事後処理などがありますので、代表の方は前に出て来て頂けますか?」


 千里がそう言うと、村人たちはそれぞれの顔を窺いながら、何やらボソボソと話し始めた。


「えっと、陰祓師様。その事なんですが……」


 と、無精髭を蓄えた男性がザワつく村人を押しのけながら前へと出てきた。その彼に対して、千里が笑顔を向ける。


「はい、なんでしょうか?」


「そ、その、実はですね、今朝から村長である太右衛門の姿がどこにも見当たらないのです。それで、今もこうして皆で集まっていた訳でして……」


「じいちゃんは、死んだよ」


 突然、千里の背中から声がした。


 どうやら、先程まで眠っていたジンタが起きたらしく、驚いた千里は確認する様に背中へと首を向ける。


「ジンタくん? 起きてたの?」


「うん、さっき起きた……お姉ちゃん、ありがとう。オラを降ろして欲しい」


「わ、わかった。ちょっと待ってね」


 そう言って千里は屈むと、ジンタが落ちない様にしていた紐を外し、彼をゆっくりと降ろした。そうして、ジンタは無精髭の男の前へと向かう。


「佐吉さん。じいちゃんは、もういないよ。異形に……食べられた」


 ジンタの報告に、佐吉を含め、村人全員が息を飲んで静まり返った。誰一人として言葉を発せずに、辺りに沈黙が訪れる。


 そんな凍り付いた空気の中、村人の一人が青ざめた表情でジンタに問いかけた。


「……ジンタ、おチエはどうしたんじゃ?」


「お、おっかあは……」


 ジンタはその後の言葉を続ける事が出来ず、そのまま黙って俯いてしまった。彼のその態度を見た村人たちは『やはりな』といった様子で、次々と口を開き始める。


「予想通り、異形の正体はおチエだったんだな」


「ああ、最近様子がおかしいと思っとたら」


「恐ろしや……まさか人喰いになっとったとはなぁ、恐ろしや」


「昔っからあの女は気に入らなんだ、村長の娘って事を鼻にかけて偉そうに」


「んだんだ。駆け落ちしたかと思えば、そいつに捨てられて戻ってきよるし、ほんに勝手なもんじゃて」


「誰にでもええ顔してよう、あれは嘘つきの顔だったんだわ」


「怖い怖い、人を騙して裏でほくそ笑んでおったのか。根性の悪い……」


 そのヒソヒソ話は村人の間で徐々に広がり、そしてざわつきへと変わっていく。


「……」


 私がジンタの様子を窺うと、彼は村人から放たれる言葉を耐え忍ぶかの様に、その小さな体を震わせていた。


 途切れ途切れに聞こえてくる、彼らの心無い言葉の数々。同じ人間であることを否定したい程の醜悪さに、私は怒りを覚える。


「んだば、ジンタも……ではないか? あの女の子供だぞ?」


「ああ、そうじゃのう。それがええ。ああなる前に教育せねばな」


「……だな。二度とこったら事にならん様に、もっと清めねばならん」


「恐ろしいのぉ、あのアバズレから生まれた息子も、ロクなもんじゃなかろうて」


 年端もいかないこんな幼子を前に、大勢でよってたかって……いや、わかっていた事だ、おチエから聞いていて分かっていた事だった。


 しかし、実際にその光景を目の当たりにした事で、私は想像以上の嫌悪感と抑えきれない怒りに体が震えていた。

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