第18話 幼馴染
「えっと……村に着いた後、まずは村長に挨拶を済ませて、すぐに情報収集を開始たわ。警察からの情報と言えば、子供が十数人いなくなったぐらいしかなかったから、少しでも多くの情報を集めなきゃって思って。それで、手あたり次第に村人に話を聞いて回ったの」
静まり返った空洞には、透き通る様な千里の声だけが反響している。姉とも慕っている彼女の声を聞きながら、私は軽く相槌を打って見せる。
「村の人から得られた情報は、およそ一か月半程前から幼い女の子たちばかりが昼間遊んでいる内に姿を消し始めたって事と、それを警戒した村人たちが子供を外に出さなくなったって事なんだけど……」
「でも次は、夜中の間に子供たちが居なくなり始めたのね?」
「その通り」
千里は軽く頷く。その話は、私も太右衛門から聞いていたので知っていた。やはり、最近は夜中にいなくなっていたようだ。
「それでその日の夜から、私は幼い女の子がいる家を見回る事にしたの。すると、ある家から子供が出て行く姿が見えて……慌てて後を追ったわ」
「真夜中に、子供が家から一人で出て来たの?」
「うん。それでその子の背中をよく見るとね、なにやら人の頭ほどの蜘蛛がくっついていて、糸みたいなものでその子を操っている様だったわ」
「え、操り人形みたいに?」
「そうなの、だから最初見た時は私も驚いたわ。明かりも無く、夜中で暗かったから見間違いかとも思って、何度も確かめたもの」
──なるほど、目撃証言が少ないのはそのせいだったんだ。
恐らくだが、最初はおチエが子供たちに近づいて攫っていたのだろうと思う。良く知っている人物だから、子供たちも警戒しなかったのだろう。
そして、誘拐を警戒した村人たちが子供を外に出さなくなってからは、夜中に蜘蛛を使って攫い始めていたと。
あまりの情報の少なさに、警察も対策機関も厄災の可能性を疑っていたが、実際は異形がコソコソと人の目を盗んで凶行に及んでいた……と言うのが事の真相だ。
まぁ、面倒な『厄災』ではなかっただけ、マシだったかな。
「それでね、すぐにその子の後を追いかけたんだけど……」
突然、千里は私の手当をしたまま俯いてしまった。
「ち、千里?」
下を向いた千里の目には、うっすらと涙が滲んでいた。
「暗かったのもあるけど、その子が林道に入ったところで見失ってしまって……それで慌てて探している内に、あの蜘蛛の異形と遭遇して戦闘になったわ。でも、私では奴には全然敵わなかった……迂闊にも相手の痺れ毒にやられて、あっという間に追い詰められてしまった私は、フラつく体で何とか逃げのびたの……」
彼女が泣くのを堪えようする度に、その声は徐々に震えていく。
「でも、すぐに力尽きてそのまま気を失ったみたい。それで、ようやく目を覚ましたのが二日前……その後はずっと気配を殺してこの辺りで奴の動向を探っていたわ」
そこまで話すと、千里は込み上げて来た感情を抑えきれなくなったのか、我慢していた涙が
「もし……もしも、あの子が犠牲になってしまったのだとしたら、私は助ける事が出来なかった。あんなにも幼い子を……」
包帯を巻く手を止めた千里の足元に、次々と頬を伝って大粒の涙が落ちていく。鼻を啜り、嗚咽しながらも、彼女は声を絞り出す様に話を続けた。
「何も出来ずに、おめおめと自分ひとりだけ逃げ出して、ホント、情けない……自分の命惜しさに、なんて……なんて情けないのよ! あの子の代わりに私が死ねば良かったんだわ!」
ここ数日溜めていた想いを全て吐き出すかの様に、千里は語気を強めながら言葉を連ねていく。自分が情けないと、責め続ける。
「カイリにばかり面倒かけたくないとか偉そうな事を言っておいて! 実力も無いのにしゃしゃり出て! なにが、一級陰祓師よ! なにが、
「……ダメだよ、千里」
自暴自棄になっている彼女の言葉を、私は強い口調で遮った。
「だって! だって、カイリ! 私、幼い子を助けられずに……!」
千里は肩を震わせながら、涙で溢れる瞳で私と視線を合わせる。泣き腫らして、彼女のとっても美しい顔が台無しだった。
今の千里は、自分が取った行動によって子供を助けられなかったと言う後悔の念に駆られている。このままでは、彼女の純粋で繊細な心が壊れかねない。
だから、日輪国、いや世界中の人間が彼女を責めたとしても、私だけは彼女を許してあげよう……そう思った。
「いい? 千里。確かに、人々を助けるのが私たちの一番優先すべきことだよ。だけどね、救えなかった命を自分のせいにして、責めては絶対にダメ。それだけは、しちゃいけない」
「でも、あの子を助ける事は出来たはず! もっと早く、あの子に追いついて助けてさえいれば……あの異形を倒してさえいれば……」
自分の未熟さを責める千里の涙は、天井から差し込んでくる陽光に反射してキラキラと輝いていた。それは、彼女の優しい心そのものだった。
「千里、人間は完璧じゃない。悲しいけど、とても辛いけれど、全ての命を助けるだなんて、そんなの神様以外には無理な話なんだよ。それに私たちがいなくなったら、誰が他の苦しむ人々を助ける事が出来るの? そうでしょ?」
「うぅ……でも……」
「私たちはどんなに辛い想いも後悔も全てを背負って、生きている限りは立ち止まらずに、何が何でも前へと進まないといけない。私たちは、絶対に立ち止まることが許されないんだよ」
私の話を黙って聞いていた千里が、ゆっくりと息を吸い深呼吸した。そうして、震えた声のままで言葉を紡いでいく。
「うん……立ち止まってはいられない。まだ死ねないの。私には絶対にやらなくちゃいけない事があるから……絶対にやり遂げないといけない事があるの」
落ち着きを取り戻し始めた千里を見て、私は安堵する。
「そっか、千里にもやらなくちゃいけない事があるなら、余計に俯いてなんかいられないね」
「ええ。これからもあなたの言う通り、生きている限りは前へと進みたい」
「そうだね。私たちの出来る範囲で、一人でも多くの人を助けていこ」
私は手当をしてくれた千里の瘡蓋だらけの手を、軽くポンポンと叩いた。
「……カイリは優しくて、厳しいね」
「ふふっ、まぁね。人に対する厳しさには、すっごく自信があるよ。だって、師匠があの陰湿で、ぶっきらぼうで、意地悪な
泣き顔の千里に、私は師匠のしかめっ面をモノマネして見せた。そんな私の顔を見て、彼女はクスっと笑う。
「似てる、幻影様にそっくり。ふふっ……ふふふ」
そうして千里は、自分の指で涙を拭うと大きく息を吐いた。涙の跡を残しながらも、彼女の顔にはすでに笑顔が戻っていた。
「カイリ、あなたが来てくれて本当によかった。だって、私ではあの蜘蛛の異形には絶対に敵わなかったから」
「そんなこと、ないと思う。絶対に千里でも倒せたよ」
「ううん、そんなことある。ありがとう、カイリ。あなたのおかげで、心も命も助けられたわ。さすがは里一番の二つ名、匣のカイリ様よね。私の自慢の親友だよ」
「ち、千里こそ、美人で、優しくて、私の自慢の親友なの。だから、ホントに無事でよかった……本当に、よかった」
涙で歪んで見える、大好きな幼馴染の姿。
今、千里と会話をしている幸せを、私はじっくりと噛みしめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます