第2話 少女の救出
「お
「どうでしょうか? 彼女の父親の話によれば、二日前の夜に攫われていますから、恐らくはもうすでに死んでいるかと思われます」
私の独り言に、匣は淡々と冷たい口調で返事を返してくれる。ちなみに話す内容も、見た目通りの無機質ぶりで中々に冷たい。
「まだ、わかんないよ。この目で確かめた訳じゃないし。他の人は助けられなかったワケだけど、せめてお香ちゃんだけでも……」
そう、この事件は異形と呼ばれる存在によってすでに四人もの犠牲者が出ており、皆一様に見るも無残な姿で発見された。
私がもう少し早く到着していれば……と、いくら悔やんだところで、亡くなった人達の命は帰ってはこない。
だから、せめて未だ発見されていないお香と言う少女だけでも、生きていると信じていたいのだ。
「ですが、異形に食料目的で攫われたとしたのなら、生存している確率は
「だから、決めつけないでって言ってるでしょ……それに、
「カイリ。わたくしは、あなたの前向きな意見も考慮して
そこまで言った匣は、ふと、何かを思い出した様だった。
「あぁ、そうでしたね。あなたの兄弟子の名前は
「それ以上は言わないで。ヤな奴の顔を思い出しちゃうでしょ」
私は大嫌いな人間の顔を思い出した事に苛立ち、腰の匣を手にして睨みつける。
しかし、匣からはなんの反応も返ってはこず、ただ静かに沈黙だけが流れた。
「ねぇ、なんか言ったら?」
「はて、それ以上は言うなと言ったのはカイリですよ? わたくしはそれに従って黙っていただけなのですが」
匣の返しに、私は『確かにそうだ』と納得してしまう。
「もういいよ。あんたとやり合うだけ、時間の無駄ってものよね」
「建設的な意見には、全面的に賛成です」
相変わらずな返事を返す匣から手を放して、私は乱れた黒髪を手櫛で整える。
「それで、異形の匂いは続いてる?」
「はい、かなり薄くなってはいますが、追えない程ではありません」
髪を結んでいたヒモを口に咥えて、振りほどいた髪を再び後ろに纏め上げた。
「そっか。後はその匂いの先にお香ちゃんがいるかどうか、だけど?」
私の問いかけに、匣はしばし沈黙する。
竹林の何とも言えない奇妙な静けさが、耳鳴りとして響いていた。
「先ほど倒した異形とは少し違った匂いが、微かにします」
「……気配はしなかったけど」
私は急いで髪を結び終えると、懐に手を入れて鉄製のクナイに触れる。
「前方二十メートル」
匣の助言を元に、私は眼前に広がる竹林を見渡す。すると、正面奥の竹で一瞬、何かが動いた様に見えた。
私は間髪入れずに、妖力を込めたクナイを竹へと投げつける。
──カコォン!
「ギュルォォォォォォォォ」
気持ちの悪い断末魔が、辺り一帯に響き渡る。
私が投げつけたクナイは、竹を割るのと同時に小さな蜥蜴も切り裂いていた。
「距離ピッタリね、ハコち」
「お見事です。カイリ」
私に『ハコち』と呼ばれた匣は、穏やかな声で今しがたの手際を褒めてくれる。
……まぁ、悪い気はしないかな。
「今のアレって、普通の
「恐らくは。ですが、本体が死んだことで、かなり弱っている様子ではありましたね。大方、攫った子供の見張りでもしていたのでしょう」
「……と、言うことは?」
「ええ。この辺りを調べてみましょう、カイリ」
もしかしたら、この近くに探している子がいるかもしれない。そんな期待を胸に、私は静まり返った竹林の奥へと再び歩を進めた。
そうしてしばらく進むと、私の目の前にボロボロに崩れた小屋が姿を現した。
いつ建てられたかわからない木造のその小屋は、屋根や壁は崩れ、コケや草木があちらこちらから生えまくって朽ち果てている。その様相から、すでに数十年は誰も住んでいなかっただろうことを容易に想像出来た。
「カイリ、匂いはここで終わっています。あと……」
「ええ、わかってる」
私が中の様子を窺おうと近づくと、小屋の中から幼い女の子の声が聞こえて来た。
「だ、だれ? 父ちゃん!? それとも、トカゲの化け物!? うぅ……」
余程の恐ろしい目にあったのだろう。彼女の声は震えており、とても怯えている様子だった。
「お香ちゃん、だよね? どこかケガとかしてないかな?」
「え? お、女の人?」
「うん。あなたのお父さんに頼まれて、助けに来たの」
そう返事を返すと、五歳ぐらいの女の子が、恐る恐る小屋の出入り口から愛らしい顔を覗かせた。
「ほ、ほんとに、父ちゃんに頼まれたの? お化けじゃない?」
「ええ、本当よ。怖いお化けは私が倒したから、もう安心していいよ」
私の言った事が信じられないとばかりに、お香は目を丸くして驚いている。
「お、お姉ちゃんが、トカゲのお化けを? ひ、一人で?」
「ん~、正確には二人だけど……まぁ、楽勝だったよ」
彼女を安心させようと、私は少しばかりお道化た感じでピースして見せる。
「あ、あんな怖そうな化け物を、お姉ちゃんが……」
「ともかく、お香ちゃんが無事で安心したわ。よく、ひとりで頑張ったね」
私がそう言って笑顔を向けると、彼女はその場で崩れる様にペタッと座り込んだ。
「う、う、うあぁぁぁぁぁぁ! 怖かった、怖かったよぉ! 食べられるかと思った! もう、父ちゃんにも母ちゃんにも、会えないかと思ったぁぁぁぁ!」
極度の緊張から解放されたお香は、安堵の涙をボロボロと零しながら号泣していた。生きていることを噛みしめるかの様に、彼女は大声で泣き叫ぶ。
私はそんなお香にゆっくりと近づいて、落ち着かせる為に頭を撫でてあげた。
「お父さんとお母さんが、あなたの帰りを首を長くして待ってるよ」
「うぅぅぅ、ひっぐ、う、うん、うぐ、ひっく。帰る、わたし、家に帰りたい」
お香はボロボロになった袖で、自分の涙を必死に拭きながら私を見上げる。
「お、お姉ちゃんは、一体誰なの?」
私は涙目の彼女を立たせてあげて、着物に着いた汚れを手で払ってあげた。
「私? 私はね、藤棚の里の
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