普段、使っていない部屋!

崔 梨遙(再)

1話完結:1700字

 気ままな1人旅で、某県に行ったときの話。その街は各停しか停まらない静かな街だった。僕は、居酒屋の女将さんと話が盛り上がって終電を逃してしまった。実は、今夜は女将さんの家に泊まりたいと思って盛り上げていたのだが、最後に旦那が出て来たのだ。これでは、“今晩、泊めてくれませんか?”とは言えない。大きな駅まで行くには、タクシーだと結構お金がかかりそうだった。それで、ビジネスホテルに泊まることにした。ビジネスホテルは、駅前に1つしかなかった。


「シングル、お願いします」


 僕が唯一のビジネスホテルで言うと、


「あいにく今日は満室です」

「え! こんなに静かな街なのに?」

「明日、この近くでスポーツの大会があるんです」

「でも、ここじゃないんでしょう?」

「会場の近くのホテルは全て満室です。会場の近くに泊まれなかったお客様方がこちらにいらっしゃっているのです。それで、当ホテルも珍しく満室なんです。こんな日は珍しいのですけれど」


 カウンターのお姉さんに、笑顔で断られた。

 

「そこを何とか」

「なりません」


 僕は、野宿を考えた。外はそんなに寒くはない季節。だが、虫がいる。蚊に刺されるかと思うと、それも憂鬱だった。仕方ない、大きな駅までタクシーに乗ろうか。


「大きな駅の近くのホテルも満室だと思いますよ」

「わかりました、大きな街のネットカフェにでも泊まります」


 そこで支配人の男性が出て来た。


「普段、使っていない部屋でもいいですか?」

「勿論です! その部屋でいいです!」


 僕は宿泊手続きをした。鍵を持って、部屋に入る。クローゼットの中など、不審なものが無いか部屋中を探した。異常は無かった。気にし過ぎだったかもしれない。


 僕はシャワーを浴びてから、浴衣に着替えてベッドに寝転んだ。電灯はつけたままにしておいた。すぐに眠りにつくことが出来た。


 目が覚めた。


 時計を見ようとしたが、身体が動かない。金縛りにあったみたいだ。以前、同じような体験をしていたから、嫌な予感がした。金縛りの経験は何度もあるが、ビジネスホテルで金縛りというのは過去に気持ちの良くない経験がある。

 

 眼球しか動かない。下半身がスースーする。僕は眼球だけ動かして見た。白い着物をはだけた半裸の女性が上に乗っている。

 

 僕は眼球だけ動かして、女性の顔を見ようとしたが、見えそうで見えない。


 俯いているので、長い髪が邪魔して顔は見れない。だが、顔は見たい! 大体、幽霊は美人のイメージだ。だったら、このお姉さんもきっと美人だ。幽霊かどうかはわからないけれど、僕は、お姉さんの顔が見たくて仕方がなかった。

 

 その時は来た! 一瞬だけ、女性が髪をかき上げたので顔を見ることが出来たのだ。さて、その顔は……残念ー! 微妙-! 残念な顔だった。“おいおい、幽霊って、みんな美人とちゃうんかい?”。


 僕は、そこで気を失った。



 起きたら、身体に異常は無かった。なのに、長い黒い髪が何本も落ちていた。


 カウンターで、支配人らしき男に訊かれた。


「昨夜はグッスリ眠れましたか?」

「夜中に、金縛りで目が覚めました」

「もしかして、女性が出て来ましたか?」

「ええ、まあ。旅の思い出にしますけど」

「宿泊料金は、返金しておきますね。その代わり、秘密にしてください」

「いいんですか?」

「はい。実は、私もその女性を見たことがあるのですが、顔が見えなかったのです」

「そうだったんですか?」

「お客さんから、その女性の話を聞くことが多くて、試しに私も泊まってみたことがあるんですよ」

「その女性、スタイルは抜群に良かったですけど顔は微妙というか残念でしたよ」

「そうなんですか? それは本当に残念ですね」

「じゃあ、失礼します」

 


 僕は、ホテルを後にした。あの女性は、男性を慰める天使か女神かもしれない。と、歩きながら思ったものの、他人が聞いたらただの夢や幻として扱われるだろう。けれど、何故か僕の気分は良かった。その日の空が、スカッと晴れていたからだろうか? 夢でも現実でも、それは不愉快な思い出ではなかった。







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普段、使っていない部屋! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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